第5話
40分後。
「そろそろ行くか…」
●●●は30分後と言ったが
風呂上りのアイツとバッタリ風呂場で出くわしても、洒落になんねー。
そう思い、10分の余裕を持たせた。
飲みかけのコーヒーカップをすすぎ、火元を再度、確かめる。
誰も居ないキッチンを見渡し、ようやくそこをあとにした。
風呂を覗くと、人はおらず。
けど。…わずかに残る温もりと、ゆうべよりあったけー湯船に
ついさっきまで、アイツがここに居たと分かる。
「は………」
湯船に浸かり、天を仰ぐ。
目に浮かぶのは、泣きそうな顔で笑った、●●●。
「明日には船長も…帰ってくるしな…」
そうすりゃアイツも―…
アイツは……
「…………」
胸のどっかが締め付けられて、おれは湯船に顔を沈めた。
風呂を済ませベットに転がり、頭の下で腕を組む。
(アイツちゃんと寝ただろうか…)
(また、泣いてンじゃねーだろうな…)
(そういやー昨日切った指。…あそこは今日、どうだった?)
揺りかごのように揺れる船。
天井のシミを、ぼぉ―っと眺めて、そんな事ばかりが、頭をよぎる。
…………。
「(…って、…どんだけアイツに惚れてんだよ///)」
女々しい自分に呆れ返って、ごろっと身体の向きを変えた。
寝ようと目を瞑ってみるも、目蓋の裏にアイツの顔が貼り付いて離れねェ。
(…大丈夫、つって、言ったんだ……)
きっと寝た。奴は寝た。嗚呼そうに違いねえ――
頑なに目を、ぎゅーーと閉じた。
「―――――。」
けどダメだ。 全然眠れねーじゃねーかよ。
闇に佇み涙を流す、アイツの顔が離れねえ。
「は………」
短く吐息し、起き上がって
眠れない原因を排除するべく、おれは部屋をあとにした。
甲板に出て船長室を仰ぎ見る。
そこには灯りがついていて、起きてんだか寝てんだか、どっちなんだか分かんねーけど。
とにかくそこに居るんだろうと、ようやくオレはほっとした。
「(…こんで文句はねーだろ?)」
納得して、戻ろうとして……けど、と思う。
―― 確かめるだけ。 それだけだ
ゆうべ●●●が居た場所に向け、足を進めた。
†
「やっぱ、いねーな…」
胸騒ぎとは裏腹に、そこに人の影はなく。
波の音が聞こえるだけ。
「アイツちゃんと寝たんだな、」
胸のつかえもようやく取れ、そこで俺は踵を返した。
カツッ、カツッ…
静まり返る甲板に、足音だけがやけに響く。
そんな音を聞きながら、数歩歩いたその時だ。
(…ゴトッ…)
こことは違う方角から、鈍い音が微かに聞こえた。
「……、(うそだろ?)」
身体が強張り、じ、と耳をそばだてる。
直感だが、アイツが居ると思った。
しかし音は、それから2度と聞こえてこねえ…
(…どこだよ。 どこに居んだよ…)
夜目はきくが甲板は広い。
音がなけりゃ、どこを探していいんだか、見当がつかねえ…
そこに、ふと目に付いた街の灯り。
―― 居るなら街が見える方だ。
闇の中、おれは右舷を探し回った。
「――― っ、」
そして見つけた。
木箱の隙間にカラダを割りいれ、穏やかな顔で眠る●●●を。
そして足元に転がるのは、ゆうべと同じ、1本の酒瓶。
「結局おれにも…頼れねーってことかよ」
虚しくなるのを、ぐっとこらえ、その向かいにしゃがみ込む。
濡れる頬を指で拭いて、眠る●●●を抱き上げた。
けど――
船長室のドアを開けて、そういうことかと、思った。
ゆうべは暗くて気づかなかったが……
「寝られるわけ。……ねえよな…」
ガランと広い、冷えた部屋。
温もりのない、どデカいベット。
掛け布が僅かに捲れあがって、コイツが寝ようとしたのが分かる。
ありがとう。
そう言った●●●は、嘘じゃなかった。
「けど。…寝れなかったんだよな…」
それなら、オレんとこにくればいいだろ。……そう思いつつ
それが出来ないのが、コイツなんだと思う。
「…おれに気ぃなんか使ってんじゃねえよ…」
寝息をたてる●●●を寝かせ、上から掛布を掛けてやる。
すぐに●●●はモゾリと動き、ベットの端に身を寄せた。
広い広いベッドの隅。カラダを丸め、縮こまる。
「……ゆっくり寝ろ……」
切なくなるも、おれの役目はここまでだ、と。
奴に背を向け、歩き出す。
ツ……と後ろに引っ張られた。
「……ん?」
振り返れば、眠ったままの●●●の手が
シャツの裾を掴んでいて。
船長を思って握っているのか、おれを引き止めたくて握っているのか。
単にそこにあったから、握っただけかもしんねーけど…
頭の横に腰を下ろし、眠る顔を見下ろした。
「なんだ。行くな、ってことかよ…」
耳に髪を掛けてやるも、穏やかな寝顔はそのままだ。
長いまつげに影を落とし、すぅすぅと穏やかな寝息を立てている。
そんな●●●は、本当に綺麗で――
好きだよ、お前が、
誰より、何より……
「こんなんじゃ、ダメなのにな…」
一方通行のおれの恋。
ホントは忘れなきゃダメなんだ。
コイツの為にも、おれの為にも……
けど、ぎゅ、と握られた小せえ手と。
柔らかな笑みを浮かべる●●●をこの目で見て。
それは無理だと、悟った。
ただ純粋に、コイツを愛しいと思う気持ちを。
いまさら無かった事にするなんて、そんなの到底無理だ。
そう思った瞬間、おれの口に、ふっと笑みが浮かんだ。
†
「●●●……」
手を伸ばして柔らかい髪を指で梳く。
名前を呼んでも、返事は返ってこねーけど
「居てやるよ、…おれがここに、居てやる…」
あと何度。
こんな夜を迎えるのか、分からねーけど。
お前が。深い眠りにつけるまで……
そしたら俺が浚いにいくから
夢ン中で待ってろ
濡れる目尻にキスを落とすと
少しだけ笑んだ、気がした――
受け止めるよ、何度でも
おわり
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