第1話








「ねえ、ハヤテってばァー…落ちちゃうからこれ持ってよぉー!!」
「あ?んなもんトワに持たせりゃいいだろ?!」
「え、ええーー! 僕、これ以上は無理ですよぉー」
「…もうっ!…ハヤテのけーち、」
「うっせえ、ばーか」

ふんっ!
ぷーっと膨れて、●●●は、くるっとハヤテに背を向けた。
つか、買出しの時くらい、黙ってらんねーのかよコイツらは。
いつもと変わらない光景を見て、俺は短く吐息した。


「ほら、」
「……っあ!」
「これはおれが持つ。これで文句はねーだろ?」

●●●が抱える荷物の中から、落ちそうな包みをヒョイと奪う。
●●●は、一瞬すまなさそうな顔をして。
直後ニコッと、笑いかけた。

「ふふ……ありがとうございますナギさん!」
「………っ!」

それだけでおれの心臓は、ドキンと脈打つ。

「いや……。落としてからじゃ…おせーからな…」
「あ……そうですね。でも、助かりました」
「―――。」

また●●●が、クスッと笑う。
――だから、そんな顔で笑うな馬鹿。
…とは言える筈もなく。
目を横に逸らす俺は、いつ頃からか
彼女に好意を寄せていた。

それは密かに。

誰にも知られず。

当然そんなことを知る由もない●●●は、くるっとおれに背を向けて。

「やっぱりナギさんは優しいんだから……ハヤテとは大違い!」
「は?お……俺だってなァ…お前がきっちり頭を下げりゃー…」
「ふん!もう、いいですよ! けちんぼハヤテ!」
「!」

べっ、と赤い舌を出して、●●●は俺たちの1歩先を歩きだす。
息を巻いて歩く背中に、俺は小さく吹き出した。

これが俺たちの、港に着いた時のやり取りだ。

 ―― そう、いつもと変わらない






それから買って来た物をキッチンに運ばせ、晩メシの仕込みに取り掛かる。
包丁を動かす俺の後ろで、●●●は野菜の皮を剥く。
背後から聞こえる、定期的に響く包丁の音。
いつの間にかこの音に、すっかり慣れた自分が居る。

他人を厨房に入れるとか。
考えられなかったこのおれが……


「……っ、いた!」

背中越しに聞こえる、心地いい音にしばらく耳を傾けていると。
不意に小さな悲鳴が聞こえた。
反射的に振り向けば、●●●の左手人差し指から、ツーと血が流れていた。

「ば…っ!気をつけろっていつも言ってンだろ!」
「すいま…」

咄嗟におれは手首を掴み、素早く指を口に含む。
血の味が広がると同時に指を咥える俺の顔を
●●●がきょとんと、見ている事に気づいた。


「わ……わりぃ」

慌ててそれを引き抜く。
すると●●●は「いえ」っと、ちょっと驚いた顔をして。
その顔を見ていられず、慌ててシンクへと促すおれは、流れる水に指を浸した。


「…い…っ!」
「我慢しろ。つか…お前が指切るなんて最近じゃ珍しいな?」
「はぁ……」

●●●が鈍い奴で良かった。
挙動不審であろう、おれの事を気にする様子も見せず、浸す指をじっと見ている。

「ちょっとぼぉーとしちゃってて。……疲れてるのかなぁ…」

●●●はどこか気まずそうに笑う。
その顔を、ちらっと横目で盗み見た。

疲れてる?

そう言われれば、そうかもしれねえ。

なんせ朝から、掃除、洗濯、甲板掃除。
おまけに久しぶりの上陸で、買出しもして、結構な距離を歩いた。
だから、疲れてるのも当然だ。

 ―― けど

見えた横顔は、それだけじゃ、ない気がした。




「大丈夫か、おまえ」

ついかけたおれの言葉に、●●●はきょとんと、首を傾げる。

「これくらい平気ですよ?ちょっと切っただけですから…」
「……傷じゃねえ」
「ん?」

じ、と顔を見つめられ、続く言葉が見つからない。

 ―― 思い過ごしか?


「いや…気のせいなら別にいい…」
「はあ……」
「それより……ドクターのとこに行って来い」
「でもこれくらいなら…」
「2、3日で出航する。海の上で化膿しても困るだろ?」

ほら、行け…と、半ば強制的に肩を押すと、●●●は一瞬迷ってから
「すいません」と頭を下げて、どこかトボトボと出て行った。

その背中が気になって、おれはいつまでも閉まったドアを見つめていた。




しかし、俺のモヤモヤとは裏腹に
その後の●●●はケタケタ笑って、キッチン中を動き回る。
晩メシの時も、ハヤテとくだらねー喧嘩をして、シンに一喝されていた。

 ――やっぱ気のせいか

普段と変わらねえ光景に
いつしか俺は、胸のつかえも忘れていた。









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