第3話
白い石畳の坂道をナギと並んで歩いていると、坂の上からオレンジが3つ。
コロコロと足元に転がってきた。
「待ってぇ〜!待ってよぉ〜!」
その向こうから身なりの良い少年が、こっちへ向かって駆けてくる。
「リチャード様!リチャード様!!そんなに駆けたらお怪我をなさいますよ!!」
その後ろからは初老の執事らしき男が少年を追いかけ、叫び声をあげている。
●●●は足元のオレンジを拾い上げた。
「お姉ちゃん、どうもありがとう!」
2人の前まで駆けて来た少年は、ニコリと笑って顔をあげた。
途端、●●●の胸がドキッとする。
目の前に立つ少年は、太陽の光に金髪が透ける、本当に可愛い男の子だった。
「どう致しまして」
それでも笑って、オレンジを渡す。
しかしそれを受けとってもなお少年は、じ、と顔を見つめ続ける。
どうしたの?そう聞くより先。オレンジが足元に転がった。
「……っえ?!」
「ねぇキミ…可愛いねっ!」
●●●は、きょとんと腰を見下ろした。
そこには、しがみつく少年がニコリと笑って見上げている。
どうしたものかとナギと、顔を見合わせた。
「おいガキ。離れろ!」
見かねたナギが荷物を置き、肩を掴んで剥がしに掛かる。
しかし少年は。
「やだよぉ〜!」
回した手に力を込めて、腰に顔を埋めてくる。
「おいガキ!!」
2人が格闘をしているとそこに。
はぁーはぁーと息を切らせた執事らしき男が、3人の元にやって来た。
「あの…っ、どこのどなたか存じませんが、申し訳ございません! 」
男は荒ぐ息のまま、2人に深く頭を下げた。
それから困った顔を、少年に向ける。
「リチャード様。皆さんお困りのようですよ?さあ、お離し下さいませ」
ナギに代わって、男が剥がそうとするのだが。
「やーーだ!やだよぉ〜!」
少年はしがみつく腕に力を込めて、びくともしない。
それどころか剥がされまいと、さらにキツくしがみつく。
「あはは……」
●●●は、どうしたものかと苦笑いを浮かべた。
…と、少年が腰から顔をあげた。
「ねぇキミ……名前、何て言うの?」
上目使いで尋ねる少年。
「わたし?…わたしは●●●です」
ニコリと笑って答える。
すると少年は、大きな目を輝かせた。
「へぇ〜〜●●●かぁ〜。可愛い名前だねっ♪」
そう言ったかと思うと。
「そうだ!ね、今から城に遊びに来てよ!」
「は?」
ナギと●●●が、素っ頓狂な声をあげた。
「「しっ……城っ?!」」
そして互いの顔を見合わせる。
「うん!兄様にも会わせたいし。…ねぇレスター…良いでしょ?!お願い〜っ!」
少年は驚く2人を歯牙にも掛けず、後ろの男を振り返る。
男は首の汗をハンカチで拭き、姿勢を正した。
「これは申し遅れました。わたくし王家に仕える執事で、名をレスターと申します」
「は、あ…」
ビシッと腰を折る男の姿に、2人はきょとんと目を剥く。
男は2人を見遣ってから、足元の少年に視線を落とした。
「そしてこちらは次期国王になられる、エドワード殿下の弟ぎみ…… 」
「ぼくリチャードっていうの♪よろしくねっ!」
はにかんで笑う、リチャード。
執事は困った顔をリチャードに向け、再び2人に視線を戻した。
「あの…大変申し訳ございませんが。お2人は旅のお方で?」
「まあ…そんなとこだ」
歯切れ悪く、答えるナギ。
それでも執事の質問は続く。
「では、暫くここにご滞在で?」
「……まあ、な」
答えると、再度男は姿勢を正した。
「では、●●●様を、当家にご招待したいのですが宜しいでしょうか?」
「?……ああン?」
ナギが言葉に詰まると、腰からリチャードが顔を上げた。
「ねぇ、●●●〜〜!城に来てよォー!お願いーっ!」
大きな目に涙を溜め、彼はジッと顔を見つめる。
その横顔を、ナギは、じと、とした目で見遣った。
(―― コイツぜってー…嘘泣きだろ。んな手に引っかかるかよ!)
そう思うナギをよそに…
「リチャードさん……」
●●●は、一緒なって目を潤ませる。
「ナギさん、ちょっとぐらい行っちゃ駄目ですか?」
「は?」
ナギはさらに言葉に詰まった。
(そういやァ、引っかかる馬鹿がここに居たんだ…)
そう思いつつ、ナギもまた。●●●のこの瞳に弱いのだ。
は……と息を吐き出して、それから男と向き合った。
「今すぐと言われても、俺達にも仲間が居るんで、聞いてみないと返事はできないっすよ」
「そうですか。では、のちほど港に迎えの者をよこしますが、宜しいでしょうか?」
「ああ……それならな」
答えると執事は、リチャードの足元にしゃがみ込み、肩に手を添え、目を合わせた。
「リチャード様、これで宜しいですか?」
「やったあ―…!絶対来てね?!約束だよっ!」
ようやくリチャードは手を離し、満面の笑みを2人に向けた。
その後ナギと執事は場所などを話し合い、4人はそこで別れた。
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