第9話







「おはようございます、●●●さま」


翌朝、ノック音で目を覚ますと、おもむろにドアが開き、侍女が2人、入ってきた。
寝ぼける●●●は、掛け布の中にもぐりこむ。


「おはようございます、●●●さま?」


2人は声を掛けながら、ゆさゆさと肩を揺すぶる。


「んー……●●●、さま?」
「はい。お着替えのお手伝いに参りました」
「……?!……お着替え?!」


ガバ、っと●●●は飛び起きた。
どうやら寝坊をしたらしく、慌てて掛布を手繰り寄せる。


「お……お着替えって!…わたし自分でできますから!」
「いえ、殿下のご命令ですので、お気になさらず」
「……お気に……っ、て…」


慌てふためく間も、侍女は「失礼します」とベッドの中から引っ張り出して
ドレッサーの前に座らせる。
可もなく不可もなく、ドスンと椅子に座った。


「少々お待ちくださいませ」


爽やかな笑顔でそう言われ、反論できず、頷く。
それから2人は、手際よく髪をとかし始め、化粧をして、持ってきた豪華なドレスを、ベッドの上に広げた。

それから右へ左へと向きを変えられ、上を向け、下を向けとなすがままの●●●は
しまいにはコルセットを、2人がかりで締めつけられた。


「はい。できあがりです」


そして最後に腰の後ろで、きゅっとリボンが結ばれると、2人は前に回りこんで、胸の前で手を合わせた。


「まあ♪…ホントに可愛らしいこと☆」
「さすがエドワード様のお見立てですわ!」


いい加減、くたくたの●●●は、はやし立てる2人前で、突っ立ったまま。


「あ、そうでしたね。失礼しました。どうぞ、ご覧くださいませ♪」


そんな様子に気づいた侍女が、肩を掴んで、くるん、と、鏡の方に向かせた。
途端、●●●は、ぱちくりと目をしばたく。


「……、うそ……」


鏡の中には絵本で見た、お姫様が着るドレスを纏う、自分の姿が映っている。
夢かもしれないと、ペタペタと頬を触ってみる。


「いかがです?」


鏡越しに侍女と目が合う。


「え、っと…」
「とてもお似合いですよ?」


ニコリと笑われ、なんと答えていいか分からない。
戸惑う背中に手が添えられた。


「さ、お食事の支度が出来ております」
「皆さん。お待ちの頃でしょう」


参りましょうと促され、●●●はダイニングへと向かった。






「おはようございます」


ドアを開け中を覗くと、すでに皆はテーブルに着き、雑談している。


「遅くなりました」


申し訳なさげに声を掛けると、振り返った途端。しんと辺りが静まり返った。

そりゃそうだ、と●●●は思った。


「で……ですよね?こんな素敵なドレス、私には、おかしいですよね?」


顔を赤くさせたまま奥に座るエドワードを、恨みがましく睨んでみせる。
すると彼はクスッと笑った。


「おかしいか?おれは似合ってると思うが?」
「もう!……そうやってまた、私をからう…」
「からかってなどいない。なァ、お前達もそう思わないか?」


エドワードに問われ、クルー達がハッとする。
リュウガの笑い声がダイニングに響いた。


「おー…見違えたぜ、●●●!」
「ふふ……あんまり綺麗で見とれてしまったよ♪」
「船長にソウシ先生も……」
「ま、……なんとかにも衣装だな…」


シンも口元で笑っている。
ハヤテやトワ。ナギの顔は、ポッと赤く染まっていた。


「●●●っ〜〜〜!」


そこへリチャードが駆けてきて、ぎゅっと腰にしがみつく。


「ホント、すっごく可愛いよ!!」
「リチャードさんまで…」
「ぼく。黄色のドレスが似合う、って言ったんだけど。さすが兄様!こっちの方がずっと似合うよ!!」


満面の笑みを向けられ、つられて●●●も微笑み返す。

それから2人がテーブルにつくと、昨夜同様。にぎやかな食事が始まった。



     *



朝食が終わるとエドワードの計らいで、シンは海軍に。
ソウシは最新医療設備のある病院へ。

ナギは宮殿の厨房に。
ハヤテとトワは剣の稽古をするため、エドワードと庭へ向かう。

リュウガは侍女を相手に酒を呑み、リチャードは帝王学のお勉強。
その間●●●は、庭の散策をする事にした。



・:*:・゚'★,。・:*:・゚'☆・:




「うわ……ホントに素敵☆」


胸の前で指を組んで、思わず目を瞠ってしまう。
間近で見た庭園は本当に綺麗で、沢山の花が咲き誇り、手入が隅々まで行き届いている。

●●●は景色と匂いに酔いしれた。



「あ…」


見れば、ハヤテとトワが声を上げ、剣の稽古をしているのが見える。

それを横目に暫く歩くと、木の根元に腰をおろした。


「ホントに素敵なところ……」


見上げれば木漏れ日が輝き、風に乗って花の匂が漂ってくる。

暖かい日差しの中、ぼーっと景色を眺めているうち
いつしか●●●は、ウトウトと眠ってしまった。





「ん」


どれくらい経っただろう。
ふと唇に、何かが触れた感触がして、目を開けた。


「起こしてしまったな」
「……?!」

そして目を、瞬(しばた)く。
唇が、触れるか触れないか、そんな距離に
エドワードの顔があったから。


「ご、……ごめんなさい。気持ち良くて、つい!」


真っ赤な顔で、パッと身を引く●●●を見て、エドワードはクスリと笑う。


「……おれもだ、」
「へ?」

「可愛かったから。……つい、な?」
「?………、つ、い?!」


つい、何をされたかなんて、想像するに容易いこと。
恥ずかしくて身を引こうとするも、彼に手首を掴まれた。


「エ、エド……っ!!」
「だが、もう少し、見ていれば良かったな?」
「…っ!」


彼の顔が間近に近づき、互いの視線が絡み合う。

永遠かと思える数秒がすぎたのち
赤い顔で黙りこくる●●●の隣に、エドワードは腰を下ろした。


「綺麗なとこだろ?」
「き……きれい?」


心臓のドキドキが止まらない。
おどおどしながら隣を見遣れば、彼は何ごとも無かったみたいに遠くの景色をじっと見ている。
優しい眼差しを見ていると、さっきの事を問い詰める気持ちなど、とうに失せてしまった。


「ええ。本当に…」


エドワードはチラリと見遣り。それから2人で美しい庭園をしばし眺めた。


穏やかな時間が流れていく。


「そうだ!」


不意にエドワードが立ち上がり、手を掴んだ。


「●●●、馬に乗らないか?」
「う、……馬ですか?」
「ああ、とても気持ちがいいもんだぞ?さあ、行こう!」
「でもわたしっ!…乗った事がなくて…」


戸惑いの表情を向けるものの、エドワードは大丈夫だと、掴んだ手を、ぐいと引く。


「あ……っ」


 ―― そう思った時には横向きに彼に抱き上げられ、思わず首にしがみつく。
構わずエドワードは歩き出した。

厩舎に着くと1頭の馬をひいて●●●の元へ戻ってくる。


「どうだ?美しい馬だろ?」
「ええ、とても…」
「私の大事な友人だ…」


そう言って、愛おしそうに鬣を撫でるその馬は、昨日見た馬だろう。
近くで見ると、とても大きく、素人目にも美しい。


「では行こうか…」


エドワードは颯爽と馬にまたがると、右手を●●●に差し伸べた。


「さぁ、来いっ!」
「え、と……」


戸惑いながらも伸ばされた手を、そっと掴む。


「きゃっ!」


…と、フワリとカラダが宙を浮き、同時に硬く目を瞑る。
直後笑い声が耳に届いて、恐る恐る目を開けた。


「あ、」


そこはとても高い世界。
見える景色は、いつもよりずっと遠くの方まで見えていて
少し怖くて、彼の胸にしがみつく。


「恐いか?」
「はい、……少し」


顔を上げた●●●にエドワードは微笑みかけると。


「――しっかり掴まっていろ!」


強く抱き寄せ、コンッと馬の胴を蹴ると、馬はゆっくりと走り出した。








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