願わくばこの一瞬を… | ナノ
第3話 








「ねえ……こんな時間に出てきちゃったら…」
「大丈夫だ。たいした時間も、かからねーだろうしな、」

深夜の街は田舎だからか、歩いてるヤツもほとんどいねー
そんなんだからか灯りがともる店は1軒も無い。

「寒くないか?」

思いつきで連れてきたから上着の事まで考えてなかった。
昼間はかなり暖かいが、夜ともなればいくらか冷える。
歩きながら横を見れば、隣で花音が鼻を啜った。

「うん、歩いてるから平気。…それに……」
「?」

ほら、と繋いだ手を持ち上げクスリと笑う。

「ナギが手、繋いでくれてるから温かいよ?」

照れたような仕草に、こっちにまで照れが、伝染してくる。
ガラでもない、そう思うが。

「何があるかわかんねーから、手ェ離すな、」
「…うん」

こんな田舎で何かあるなんて思っちゃいない。

けど掴んだ手に力を込めると、花音も同じく握り返す。
その手が温かくて、少しだけ手の平に、汗が滲んだ。


「……で、いったいこれからどこ行くの?」
「島の名所だ。買い出しン時、聞いたんだ、」

名所?
首を傾げて不安そうに俺を見る。
俺は5日前聞いたオヤジの話しを思い出していた。


「たしかこの通りを右に曲がって……」

角を曲がれば小さい街はそこで途絶え。
あとは建物も無い、暗い1本道が続いているだけ。

「……恐いよ!」

いつの間にか繋いでいた手は俺の腕を、ぎゅっと掴んで、花音は視線を泳がせる。
大丈夫だと、暫く歩くと。

「お、これだ…」

目印にと教えられた古い小屋が見えてきた。
目の前には、勾配のある坂。

ここを登りきればと確信した時、微かな灯りが見えてきた。


「ナギ、見てッッ?!!」
「ああ、間違いねー」

足を速め、息を切らせて、2人で坂を登っていく。
登りきるとそこには
こじんまりとした原っぱが広がっていた。

「……っ、」
「…!」

そして思わず息を呑む。
その中央には、たった1本のしだれ桜がライトアップされ、佇んでいて。

ふとオヤジの顔が頭を過ぎった。


島の名所。

ああ、そうだろう。

幹の太さというか、大きさというか。

いったい何年かけたらこんな大木に成長するのかという、そのしだれ桜は
ピンクの花を存分に湛え。
威厳と迫力を持って君臨するよう佇んでいる。

「……すごい…」

魅入られて動けないとはこの事だ。
しばらく茫然と立ち尽くしてから、それでも桜に呼ばれるように
2人してゆっくりと、近づいた。


      *


「少し遅かったみたいだな、」

枝の下は落ちた花で、まるでピンクの絨毯だ。
すでに満開の時期を終え、あとは散るだけの花びらがヒラリヒラりと舞い落ちてくる。

「うん、でもわたし。散る時の桜。好きよ?」

闇夜に浮かぶ花を見上げて、花音が静かに呟く。
その目が潤んで見えるのは、感動からか…
それとも花粉症でか――。


「ああ。散る桜も悪くねえな」

花びらに両手を伸ばす花音の肩を、俺は片手で抱き寄せた。

その時――

サァァァァ・・・・・

辺りに吹いた弱い風が、周りの草木を少し揺らした。


「うわ、見てッッ?!」

垂れる枝が風になびいて、ピンクの花が宙を舞う。

「……凄く……きれい…」

闇に向かって飛んでいく花びら。
幻想的な景色を見つめて、花音が静かに呟く。

「ああ。…すげー綺麗だ…」

俺はそれを見つめる花音の横顔をじっと見つめて
無意識のうちに呟いていた。
…と、髪を抑える花音の頭上に、1枚の花びらが着地した。

「……じっとしてろ、」
「ん?」

向かいに立って、指で摘んだ花びらを花音の前に持っていく。

「ほら、」
「あ、ありがとう・・」

ニコリと笑って、花音は指からそれを受け取り、手のひらにある何枚かの花びらといっしょに、ゆったり握った。

「これ、持って帰ろうと思って」

嬉しそうに笑う顔に、俺の心臓がドクッと高鳴る。

俺は片手で花音の顎を持ち上げ、その唇に口づけた。

「……ん、」

深いキスをする俺に、戸惑う花音もそれに応える。
何度も深く重ねては、1度離して、また口付ける。
静かなそこに聞こえてくるのは、甘い吐息と水音だけ。

「くしゃみ、でねーな、」

しばらく合わせた唇を少し離して視線を合わせた。
花音は恥ずかしそうに目を伏せる。

「うん。ここに来れたのもナギのおかげ。ありがとう…」

花音はつま先立ちで背伸びをすると、
俺の首に腕を巻きつけ互いの顔を見合わせた。

「今年最初で最後のサクラだ。しかり見とかねーとな、」
「ん」

次の港につく頃には
木々はピンクから緑に、色を変えているだろう。

それは陸に長くとどまらない
俺たちの宿命――。

けど、そう言いながらも、また、どちらからともなく、口づける。
腰を抱き、深いキスを交わしていると、ひときわ強く吹いた風が俺たちの間を吹き抜けた。

「ん、……」

キスをする俺たちの頭上にピンクの花が降り注ぐ。
しがみつく花音の手のひらが、ゆったり開いて
そこから数枚の花びらが、闇の中へと舞って行った。



願わくば、この一瞬を・・・



来年も。

こんなサクラが見れるといいな。

もちろん2人で。



ああその前に

お前の花粉症予防を、数ヶ月前から始めねえとな



もう初夏はすぐそこ








おわり

 
   






[戻る]


- ナノ -