願わくばこの一瞬を… | ナノ
第1話 






船の修理も兼ね、たまたま停泊した島が、
緑芽吹く。そんな島で良かったと思ったのは
俺だけじゃ、ないはず。

なのに

コイツときたらどうだ。





「おい、花音ッッ!」

島に着いた途端『ナギ、ゴメンッ!』なんつって
いきなりキッチンを飛び出してった花音。

それっきり。
待てど暮らせど戻らねーアイツを部屋へ呼びに戻ってみれば
ドアを開けたその向こう。
膝を抱えベッドに座る花音がいた。


「お前……具合でも悪いのか?」

そんな素振りこれっぽっちも無かったが…
しかし、それでもそうなら、ドクターに診て貰え。
そう言おうと1歩足を踏み入れたところで。

「ナギ、ダメええええええぇぇ!!」

顔を上げた花音が、体当たりで突進してきた。

「は?!」
「入ってきちゃ、ダメッッッ!!」
「……って、オイ!!」

買Kンンンッッッッッ
目の前で閉められたドアを前にして、いったいなんだったのかと茫然とする。

しかし、あんだけ元気がありゃァー病気じゃねえな。
そう思っていればドアの向こうから、小さな声が聞こえてきた。


「ナギ……ごめん」
「いや。…それより入るなって、どういことだ?」
「うん、それが……」

躊躇ってるのか、花音はなかなか言い出さない。
少しして蚊の鳴くような声がした。

「実はわたし…」
「ん」
「わたしね?」
「ああ……」

「……花粉症なの…」


……………。


ほんの一瞬、間が空いた。


「……?カフンショウ、か?」
「そ、…だからバンダナを取って、シャツとズボンを払ってから、入ってきて欲しいの…」


―― 初耳だ。
けど、そう言う間もドアの向こうから、ズズッと
鼻を啜る音がする。
直後花音が、ドアから離れる気配がした。


「……ああ、分かった」

今まで花粉症のヤツなんかいねーからよくわかんねえけど。
切実なんだろう。
言われた通り、取ったバンダナをポケットに入れ、ズボンを払い
脱いだシャツを払ってから、ドアの隙間から頭を入れた。


「こんでいいか?」
「あ、うん……たぶん平気…」

花音はベットに腰掛けたまま、コクンと頷く。
それを確認してから、部屋に入った。


「……で、ヒドいのか?」

シャツを放り投げ、隣に座る。
うんと頷く花音の顔は、泣いたような顔。
港について、たいした時間もたってねーのに、右手で目をこすり続ける。

「あんま掻くな。真っ赤じゃねーかよ」
「ん、…そうしたいけど……」

そういう間も、鼻を啜って、子供みてーに目を掻く花音は
なんつーか。
……ちょっとかわいい。

まだ掻き続ける右手を掴んで、俺は花音に身を寄せた。


「……ナギ?!!」
「黙ってろ」

カラダを捩って逃げる花音の唇に、おれは顔を寄せていく。
唇同士が、軽く触れたその時だ。


「……ヘッ、クシュンッッ!!」
「……っ、」

顔の真ん前で、飛びきりデカい、くしゃみをされた。

「う、…ごめん、…」
「……いや。…つか、やっぱヒドいな…」

カラダを離せば、こっぱずかしい空気が、2人の間に流れる。

しかしだからといって、どうしてやることもできず。
手を離せば花音はまた、右手で目を掻き始める。

「だから掻くな、って言ったろ、」
「あ、うん。分かってる、」

ようやく花音は手を離し、それでも痒いのか、目をパチパチとさせている。
その頭に手を置いた。

「……んじゃ、買い出しにも行けねーな、」
「うん、ごめん。…次は一緒に行くから」

天気もいいから散歩がてら、とも思ったが。
しょぼんと俯く花音はまた、くしゃみをかまして鼻を啜る。

可哀想だと思いながらもその頭をくしゃりと撫でて。
仕方がねーなと、おれは部屋をあとにした。


それから医務室に立ち寄り、ドクターに状況を話してみる。

ドクター曰わく花粉症にはテンチャとかいう、葉っぱが効くとか。
あと食い物の事とかも聞いてから
ようやく船を後にした。



     *



「いらっしゃい、いらっしゃーーい」

降りた街は小さい街だが、緑の漂う、悪くないとこ。
1人春らしい風を受けながら何軒かの店を回っていると、
店主のオヤジが声をかけた。

「お兄さん、旅の人かい?」
「まあな」

足を止め店を覗けば、欲しかったモノが並んでいる。
ちょうど良かったと注文すれば、詰め込むオヤジがニコリと笑った

「お兄さんは、もう見たかい?」
「? 何のことだ?」

聞けば愛想のいいオヤジは、島の話を自慢げに話し始めた。

別に時間がないワケじゃねえ。

そのまましばらく立ち話をして、ようやく帰路へとついたのだった。




「ナギさん、コレ運びますね?」
「ああ頼む、」

戻ってからも花音は部屋に籠ったままで。
晩メシをトワに運ばせていると、マスクをつけた花音が、ようやくキッチンに顔を出した。


「ごめんねトワ君。今、てつだ……は、っくしゅん……」
「あわわっ、花音さん。大丈夫ですか?」
「ズズッ……花粉症なだけだから……へいき、くしゅん!」

マスクをしててもダメなのか、花音はくしゃみを連発する。

「いいからお前は座ってろ、」
「……でも…」

見上げた目はさらに真っ赤で、見ちゃいられない。
背中を押して促すと、漸く花音は席に着いた。







 
   






[戻る]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -