危うい天使 | ナノ
第5話 







「しっかり脚、抑えてろッ!!挿れらんねえだろーがッ!」
「っく……分かってるけどさァー、この姉ちゃん。…すげえ暴れンだよッ!」
「・・・ッッ!…いやあっッッ!!」

岩場まで来たクルー達の耳に、男の声に混じって、●●●の声が聞こえてくる。



「見ろッッ!!あそこだッッ!」

誰かの声で見上げたそこに、男に挟まれ襲われている、●●●の姿が見えた。

背後の男に羽交い締めにされ、それでも抵抗する●●●は、怪我をしているんだろう。
引き裂かれたシャツが風に揺れ、赤く染まっているのが見える。

「 く、」

息を呑むクルー達は勢いよく駆け出した。



     *



バァァンンッッッ!

1発の銃声が波間に響く。


『ああン?』

その音に隆起した自身を手にする男が、血に染まる顔で振り返る。――とそこに


「てめッッソイツに、なにやってんだよッッッ!!!」

走ってきた勢いのまま、男の顔面と脇腹に向け、ハヤテが跳び蹴りを炸裂させた。

「狽ネ!!…ガッッ……!!!」

瞬間、男のカラダが宙を舞い、叩きつけられた岩場を勢いよく転がっていく。


「てめッッ!!!」

そこに駆けつけたナギが、唸り声をあげ、うずくまる男に馬乗りになって、上から男を殴りつけた。


「は?なんなんだよ…」

いきなりの出来事に、羽交い締めにしたまま茫然と立ち尽くす男の背後にソウシが影のように回り込む。
そして耳に唇を寄せ、囁く。


「手加減はしませんよ?」
「……は?」

ボキッッ!

「ぐあッッッ!!!」

振り向く間もなく骨が鳴り、男が膝から崩れていく。

「肩の関節を外しましたから…暫く痛みが続くでしょう」

本当は、折ってしまいたいところですが――
男を見下ろすソウシの目は、見たことがないほど冷たい。

そこに男の手が離れ、ガクッと崩れる●●●の身体を、シンが脱いだ上着ごと両手でぎゅっと抱き止めた。


「…ぅ…っ、・・・シン・・・さ・・・ん・・・」
「何やってんだッお前はッ!!!」

怒りを露わに自分を見つめるシンに向かって
ごめんなさい……
●●●は血だらけの顔でそう言って

そこで意識を

手放した



      *






「く……!何でこんなことになってんだッッ!!!いったいコイツに何があった、」

けたたましい足音と共に、勢いよく医務室に駆け込んできたリュウガは、すぐにベットに視線を投げた。

そこには治療を終え、ベッドに横たわる●●●の姿。

柔らかく目を閉じ、穏やかに上下するシーツとは裏腹に
閉じた唇の端は真っ青で。
左の頬は見る影もないほどに、腫れている。

大きな右手が頬を包み、指が唇をなぞった。


「………リュウガ……」

隣に来たソウシの手には、ハサミで切った●●●のシャツ。
受け取ったそれは血だらけで。
握り締めるリュウガの肩にソウシはそっと手を置いて、事の顛末を話し始めた。



      *



「……それでヤツらは…」
「ええ。命までは。…けど、暫く立てないと思う。…ハヤテ達に相当殴られてたからね…」
「……そうか、」

それだけ言って黙り込むリュウガの隣で、ソウシが深い息をつく。


「…にしても…お前らが居た所から…そんなに離れてなかったんだろ?」

暫く沈黙したのち、●●●の顔を見つめたまま、険しい顔でリュウガが呟く。


「まあ……」
「なら、何でコイツは……1人で、ンなとこに行ったんだ?女には危ねえ島だって、散々言ってあったろ、」

振り返ればソウシは●●●をじっと見てる。
切なく眉が、ハの字を描いた。

「だから●●●ちゃんは、1人で行ったのかもしれない…」
「…?…どういうことだ、」

リュウガの顔が険しくなる。

「恐らくだけど。…さらわれた女性は売られる。そう聞いていたから、余計に慌てた●●●ちゃんは、引きずる足では間に合わないと思ったんだろう……」
「だが…少し戻ってお前らを呼べば、なんとかなったろッッ!!!」

ソウシは目を閉じ、首を振る。


「それはそうなんだけど。……それが出来ないのが●●●ちゃんなんだろ?」

ソウシに目を見つめられ、リュウガは、ツ…と息を呑む。
身体の力を、フッと抜いた。


「ああ、そうだったな――
コイツの正義感と無鉄砲さが…裏目にでたか…」

悔しそうに、リュウガは拳をぎゅーっと握った。


コイツのそういうところは嫌いじゃねえ――

正義感に満ち溢れた所も。
権力に媚びないところも……

だが。コイツは自分を知らなさすぎる。
それはいつか……命とりにもなりかねねえ


今度はリュウガが、深い息を吐き出した。


「で……傷の具合は」

掛け布の中から、包帯の巻かれた細腕を取る。
ソウシもそれを見つめた。

「手足からの出血は多かったけど……骨に異常なかったよ……」
「そうか……」
「顔の腫れも…じきに引くと思う。…傷痕も残らないだろう。……今はショックで眠ってるから…目が覚めたら部屋に帰すよ、」

 ―― ああ、頼む

それだけ言ってリュウガは額にキスを落とす

眠る顔を見つめると

黙って医務室を出て行った。








 
   






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