福寿草 | ナノ
第11話 








「それは、なに?」

静寂を破って尋ねる。
リュウガの鋭い眼差しは、目の奥の、さらに奥を覗く眼差し。
逡巡してから「お前は」と言った。


「わたしが……なに?」

さっきの続きだと思った。
聞き返すと、ようやくリュウガは口を開く。

「もし俺が……海賊王でも船長でもなく……ただの男だったとしたら……
お前は俺を嫌いになるか?」
「……?」

思ってもみない問いかけに、思わずポカンとしてしまう。
こんな事を聞いてくる彼の意図が分からない。
けど、答えなんて決まってる。

「……せんちょ?」

手を伸ばして頬に触れた。

「わたしは船長が、海賊王じゃなくったって。もちろん船長じゃなくったって……
船長を好きな気持ちは変わりませんよ?……だってわたしは、このままの船長自身が好きなんですから…」

クスッと笑って頬をなぞる。
リュウガが息をつくのが分かった。
そしてさっきの箱を差し出した。

「ならこれをやる。開けてみろ」

いいの?
目で合図をしてから箱を手に取る。
リボンを解き、蓋を開けて、今度はこちらが息を呑む。

「えっと……」

中にあったのは、1本のシルバーのネックレス。
だけどトップの部分に首を傾げた。

だってそれはなんというか
古くて錆びた鍵だったから。

見つめていればリュウガの指が、それを摘んで持ち上げる。


「これは…俺の部屋にある、箱の鍵だ」

ゆらりと揺れる小さなカギ。
大きさから、すぐにどの箱かピントきた。


「船長…その箱、また見てたの?」

そう声をかければ

彼はどこか寂しそうに笑う




「それって…福寿草の花がレリーフしてある箱のこと?」
「ああそうだ」

リュウガは笑って、鍵を手のひらの上に乗せた。
そしてそれをじっと眺める。

「あの箱にはな?……弟リュウガの思い出と……
本当の俺が詰まってんだ」
「………」

 ―…部屋の中が、一瞬、静まり返った気がした。


「……、…本当の、…お、れ…」
「ああ。リュウガじゃない、本当のオレ…」

もう名前も忘れちまったがな?
自嘲じみた笑みが向いて、息が止まった。

「…その箱の……カ、ギ?」
「ああそうだ」

彼はそこまで言って、指で鍵をツー…となぞる。
その顔は……
みたことがないほどに、切ない。

「オレは時々、己が何者なのか…分からなくなる」

本物のリュウガでもない。
己自身でもない。

そんな俺が、己の道に迷った時。
おれはあの箱の蓋を開ける。

そして弟リュウガの思い出と。
俺が生きた証しを眺めて
己の役割を思い出す。

「そして蓋を閉じた瞬間、俺はまた、…海賊王リュウガとして生きていくんだ」
「―――」


掛ける言葉も無かった。

誰にも知られず他人の人生を生きていく。
それは並たいていの事ではない。
ましてや突然、海賊王という責務を背負ったのだから
なおさら。

「……情けねえだろ?」

SAKURAは首を横に振って、見下ろす髪に指で触れた。


「ねえ船長?」
「ん?」
「わたし船長の、本当の名前が知りたい…」

リュウガじゃなく。この世から消えてしまった船長自身の本当の名前。
それを知りたいと思った。

だけど彼は首を振る。

「人にはな?知らなくていい事が、この世にはある」
「どういう意味?…ね、誰にも言ったりしないから!お願い、知っておきたいの!」

例えその名で呼べなくっても、知っててあげたい!
腕にすがるとリュウガの指が、頬に触れた。

「お前の気持ちはありがたいが……それでもダメだ」
「…っ……なん、で?」

彼が、ふっと息を吐く。

「それはな?……もしそれを知っちまったら、いつかお前は言いたくなる」
「言わない!絶対に言ったりしない!…だから、ね?」

だけどリュウガは首を振る。


「ならもし俺が…海軍に捕まったら?」
「え………」

腕を掴む手が、思わず緩んだ。

「そしてもし、断頭台にあがったら?」
「―…っ」
「お前は俺を守るために、その名前を言いたくなる。
海賊王リュウガはニセモノだ!本当の名前はこれだ、ってな?」
「……それはっ!」
「けど。俺はそれを望んじゃいねー…
例えそれで助かったとしてもだ…」
「―――」

SAKURAはぐっとうつむいた。
だって知ってしまったら
きっと自分は言ってしまう。

そんなことをすれば、弟さんとお姫様の事も。
リュウガが守ってきたものも。
全部明るみに出てしまう。


「言ってる意味、分かるな?」

SAKURAはコクンとうなずいた。
その頬を大きな手が、優しく包む。

「だから俺はその時がきたら……
海賊王リュウガとして、死んでいくつもりだ」
「……も、…死ぬとか簡単に言わないでよッッ!」

ボロっと涙が零れ落ちた。
ぎゅっと胸に抱きつくと、リュウガもふわりと抱きしめ返す。
カタカタ震えるSAKURAの背中を大きな手が優しく撫でた。

「ほら泣くな。俺が簡単に死なねーことくらい、お前が1番知ってんだろ」
「ううう……」

顔を埋めてコクコク頷く。
その肩をリュウガは掴んで、彼女の顔を上げさせた。

「俺は簡単に死んだりしない。…けど、いつ死ぬかは、分からねー…
明日馬に蹴られて、死んじまうかもしれねーしな?」

スンと鼻を啜りあげると、指が目尻を優しく撫でた。

「そこでお前に頼みがある」

濡れた目を合わせると、リュウガの目が真っ直ぐ射抜く。
指が頬をなぞった。

「もし俺が…お前より先に死んだなら。……箱の中身を、全部灰にして欲しい」
「く」
「誰にも見られたくねーんだ。…だから、頼める奴はお前しかいない…」

それでもお前は、受け取ってくれるか?
リュウガはチェーンを指で摘んで、顔の前まで持ち上げる。
ゆらりと揺れる、小さなカギ。

「せん、ちょう…」

一瞬黙り込んでから、震える声で呼び掛けた。

「本当に、死なない?」
「ああ、死んだりしねー」
「ホントにホント?嘘じゃない?」
「ああ嘘じゃねー…。俺は簡単に死んだりしない。だからこれからも、何度だって、箱を開けるつもりだ…
けど…このカギが無かったら……2度と箱は開けらんねー…
つまりこの鍵を受け取ったら最後。…おれが死ぬまで、離れられねー…ってそういうことだ」

それでもお前は受け取れるか?

「……………」

揺れるカギを見つめてから、リュウガの目の、奥を覗く。
それから手にひらを、カギの下に差し出した。

「ホントに死んだら怒るからね?」
「ああ、分かった」

シュルシュルと落ちてくる銀の鎖。
カギをなぞって、ぎゅっと手の中に握った。

「ありがとな」

強く抱きしめる胸の中で、SAKURAはボロボロと泣きじゃくった。



     *


「さ…湿っぽい話はここまでだ」

少しして、ようやくSAKURAが落ち着いた頃、肩を掴んでカラダを離す。
大きな手が差し出された。

「んじゃ…つけてやるから貸してみろ」
「…はい」

カギを渡して背中を向ける。
首の後ろに指が触れると、しゅるっ、とカギが胸で揺れた。

「見せてみろ」

振り返れば、胸の谷間に落ち着くカギ。

「―― 白い肌に錆びたカギか。……わるくねえ…」

リュウガは足元にひざまずき、胸の膨らみに唇を寄せる。
何度もそこに口付けながら、肩紐に指を引っ掛けた。

するっと落ちる真っ赤なドレス。
慌てて胸を両手で隠すと、リュウガもシャツを脱ぎ捨てた。

「………きゃっ!」

そのままヒョイと抱き上げられる。

「んじゃ…プレゼントも渡したことだし…あとは恋人の時間だな?」
「…へ?」
「これから朝まで、ってことだ」
「っ、」

ベットの上に放りなげられ、小さなカギがチャリっと揺れる。
最後の布を、足からするりと抜き去ると、リュウガも全ての服を脱ぎ捨てた。


「ね、…ねえ、朝までって、本気?」
「ああ、もちろんだ」
「まだ宵の時間なのに?」

恐らく時刻は、午前零時。

「お前なァ〜〜おれは嘘はつかねーってさっきも言ったろ。……朝までくらい、まだヤれるぜ?」

その間も、鼻やら、頬やら、首筋やらに、ちゅっちゅとキスが降ってくる。
SAKURAの頬が、ヒクッと揺れた。

「ね?今夜は寝なきゃダメなんだよ?」

頬を掴んで、のしかかる彼の顔を上げさせる。

「なんでだ?」
「だって、サンタさんが入ってきちゃう!」

咄嗟についたでまかせに、リュウガの口に、にやっと不適な笑みが浮かんだ。


「…っ。…なにがおかしいの?」
「なァー、もしサンタのじじいが入ってきたら…」
「………きたら?」

恐る恐る問うた耳に
彼は唇を寄せ囁いた。



「そしたら俺らが繋がってるとこを見せつけてやるか?」

 ―― ぱ、とリュウガの顔を見た。
そのタイミングで彼が中に入ってくる。
「あ」と仰け反る背中の下に、彼は素早く腕をいれ、さらに奥まで捻込んだ。


「、、ん、ん、〜〜」
「俺に抱かれるお前を見りゃー…あのシワッシワのジジイだって…
おそらく20は若返るだろうよ…」

 ―― だから、な?


リュウガの手が掛布を掴んで、2人で中に潜り込む。

抱き合う2人の窓の向こう

トナカイの引く鈴の音が

しゃんしゃんと聞こえた

気がした




     †




聖夜の夜に託したものは


俺の過去と


俺の未来


全部お前にくれてやるから


どうか死ぬまで


俺のそばにいて欲しい



福寿草の花言葉


【幸福】【幸せを招く】

【永久の幸福】

【回想】【思い出】

【悲しき思い出】






おわり


 
   


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