福寿草 | ナノ
第9話
エントランスまで戻ってみれば、街は一面の雪景色。
「うわ、いつの間に……うう……さむっ!」
コートの前を両手で合わせて、SAKURAがツイと、上を見る。
リュウガも上着の襟を立てて、ブルッとカラダを震わせる。
「こりゃ〜結構積もるかもな?」
暗い空から未だしんしんと降り続く雪。
「明日はみんなで雪かきですね?」
「そういうことだ」
2人でクスッと笑い合う。
リュウガの手が、ぐ、と肩を抱き寄せた。
「んじゃ、いくか?」
「はい」
こうして2人は会場をあとにして、雪の降る暗い夜道を並んで歩き始めた。
冷たい空気が頬を撫でて、火照った肌に心地いい。
「クリスマス会。…未だやってますかね?」
宴ならまだ宵の時刻――
ナギお手製の料理を食べて、大きなケーキをみんなで食べて、騒ぐ姿が目に浮かんでくるのだから
ついクスッと笑ってしまう。
「いや……クリスマスの宴は明日なんじゃねーのか?」
「そうなの?」
「おそらく、な?…お前と俺が居ないんじゃー…酒でもかっくらって寝てんだろ」
「そうなんだ…そういうもんなんだ……」
せっかく早く出て来たから、ちょっと残念。
…と、そこまで言って黙ってしまえば、あとはサクッサクッという足音しか聞こえない。
「――なんだか静か」
不意に聞こえた小さな声に、リュウガは視線を横に落とす。
SAKURAは真っ直ぐ前を見ていた。
「雪が音を吸ってるからだろ?」
「ん……そうだけど…それだけじゃなくて」
「?」
その目が不思議そうに周りを見る。
つられてリュウガも視線をあげた。
「みんなお店、閉まってる…」
まだ時刻は8時過ぎ。
おまけに今日はクリスマスだというのに
カップルどころか、人もほとんど歩いてない。
店は軒並み灯りを落として【close】の札が掛かっている。
「クリスマスなのに……」
横を向けば、リュウガは、ふっと笑った。
「それは、この島のほとんどの奴らが、クリスチャンだからだ」
「……クリスチャン、だから?」
「ああそうだ」
肩を抱く手を頭に添えると、SAKURAの頭が、こてんと寄り添う格好になる。
リュウガはそのまま歩き続けた。
「俺は神なんか信じちゃいないが――
キリストを信じる奴らにとっちゃー…今日は神聖な日だろ?」
「うん」
「だから今夜はとっとと帰って、愛する人と静かに過ごす。…それがこの島の習わしだ」
「………愛する人と…」
「ああ。恋人だったり家族だったり。…今頃家でケーキでも囲んで、酒でも呑んでんじゃねーのか?」
顔を上げると視線がかち合う。
ドキッと胸が高鳴った。
「そっか。それは素敵な習慣ですね?」
「まーな」
その言葉を最後に2人はまた、黙って歩く。
SAKURAは横目でリュウガの顔を盗み見た。
愛する人と静かに過ごす。
きっとみんなと過ごすクリスマスも楽しいのだろうけれど。
彼とこうして一緒に居られる。
それがとても幸せな事なんだと、改めてSAKURAは感じた。
「あれ?」
しばらく歩いて、不意にSAKURAが足を止めた。
「船長……船はこっちですよ?」
港までは1本道。
なのに曲がろうとするからリュウガの腕をクイと引く。
「コッチでイイ」
「……でも、お店、閉まってるし…」
「今日は宿が取ってある。…なんせ、愛する人と過ごす日だろ?」
「愛すッ…ッッッ?!」
途端にSAKURAは下を向く。
見える耳までもが真っ赤に染まって、リュウガは口元だけで笑った。
「さ、凍える前に急ぐぞ?」
「………はい」
それから2人は足を早めて
目的の宿に向かった。
*
着いた宿は高台に建つ高級そうなコテージ。
肩の雪を払っていれば、リュウガが鍵を手に戻ってくる。
部屋のドアを開けて貰って、思わず目を瞠った。
「うわっ!すてきッッ!」
広い部屋の暖炉には既に火が入っていて、パチパチと炎をあげている。
ベットの脇には、大きなツリー。
窓際にあるテーブルには、ケーキとシャンパンが置いてある。
「ふわあああ…」
コートを脱ぎ捨て窓際へ駈けていく後ろ姿に、リュウガも羽織る上着を脱ぎながら笑みを漏らした。
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