福寿草 | ナノ
第8話 








ほどなくして会場の灯りが暗転し
壇上だけがスポットライトで照らされる。

リュウガのスピーチが聞こえてくるけど、椅子に座るSAKURAからは、彼の姿は見えない。
それでも耳を傾けていると。

「…うぷ……」

気分が悪くなってきた。

「どうしよう……」

咄嗟に口に手をあてる。
すし詰めの会場内は、ただでさえ酸素が足りないっていうのに
化粧のにおいと香水のにおい。
そこに体臭と酒のにおいが混ざり合って、息苦しさを感じる。

「……廊下に、出たい」

新鮮な酸素を求めて周りをキョロキョロ伺うけれど。
知らない場所で暗転していては、出入り口さえわからない。
座っていられず立ち上がって、壁に手をつき寄りかかった。

「(……早く、終わって…)」


少しすると、笑いと喝采と大きな拍手で彼のスピーチは終わったけれど
どこかで捕まっているのだろう。
戻る様子はまったくない。
ハアハアと、なんとかそこに立っていると。

「SAKURAか?」

振り返ると、ロイが驚いた顔で立っていた。

「……ッッロイ、船長…っ!」

倒れるように抱きつくSAKURAを、ロイが両手で抱き止める。

「お……おいどうした?気分が悪いのか?」
「……ッッ廊下に、出たいの…」

焦りながらも顔を覗けば、彼女の額には大粒の汗。
尋常ではない様子に、ロイは背中に手を添えた。

「待ってろ。今、出してやるからな?」
「………ッッすいません」

暗闇の中、人垣を掻き分け出口に向かって歩いていく。
ドアを開けると外の眩しさで、目眩がした。



      *



その頃リュウガは、男たちに囲まれて。


「近頃、東の海域に海軍船が出没するらしいですよリュウガ船長」
「それより今はどんなお宝を狙ってンだ?」
「それはだなァ〜〜〜」

早く戻ってやらねーと。そう思うが。
相手も海賊船の船長。
無下にもできず適当にあしらい切り抜ける。
しかし…直ぐに足止めを食らっていた。



「……SAKURA?!」

それでもようやく戻ってみれば、暗闇に椅子がポツンとあるだけ。
慌てて周りを伺うが
彼女の姿はどこにもない。

「おい、SAKURAッッ!」

騒がしい場内を、恥も外聞もなく、人垣を掻き分け、名前を呼ぶ。
しかし振り向く者はどこにもおらず、だんだん足を早めながら、あっちこっちと歩き回る。
…が、どこにもいない――


「おいおい…どこいった?」

SAKURAが言いつけを破って、ひとりで出てったとは思えない。


「俺の連れ見てねーか?」
「は?あのカワイ子ちゃんか?」

談笑する男を振り向かせ尋ねるが
誰もが首を横に振る。

ここはオオカミの巣窟。
しかし、無理やり連れていかれたのなら、アイツは声をあげるハズ。


「トイレでも行ってんじゃねーのか?」

リュウガは踵を返し人垣を掻き分け、急いで入口に向かった。




ダンッッッ!!!
ドアを開けると、正面のスツールに座るSAKURAが、顔をあげた。

「……せん、ちょ…」

その声に背中をさするロイが振り返り、険しい顔で詰め寄る。

「おいリュウガ!貴様いくらスピーチがあるからといって、こんなSAKURAをひとりにするとは――」
「……違うんです!」
「……………」

リュウガは無言でロイの胸を片手で押しやり、SAKURAの前に膝をつく。
その息はハアハアと乱れていた。

「…大丈夫か?」
「勝手に出てきてごめんなさい。…急に気分が悪くなったから、ロイ船長に連れてきてもらったんです」
「そうか」

腕を掴む手が汗ばんでいて、凄く捜したんだと思う。
申し訳なくて、うつむく頬に、大きな手が添えられた。

「長いこと、ひとりにさせて悪かったな?」

しおらしい顔に、SAKURAが慌てて首を振る。

「…で、具合はどうだ?」
「外の空気を吸ったから……もう平気です」
「そうか」

リュウガが安堵の息を吐く。
それから後ろに振り向いた。

「悪かったな、ロイ、」
「……は?」
「この借りは、必ず返す」

いつになく素直なリュウガに、ロイの方が面喰らう。
よほど心配していたのだろう。
ロイはコホンと咳払いをした。

「いや、…俺も慌てていたんでな。…誰かに言付けておけば良かったが――」

スマン。
ロイが小声で付け足すと、3人はクスッと笑った。

それからリュウガは立ち上がり、SAKURAの腕をくいと引く。

「……んじゃ、スピーチも終わったことだし…帰るか?」
「え、でも……これから思う存分、呑めますよ?わたしならもう平気ですから」

だけどリュウガは首を振る。

「酒なら戻って呑めばイイ。……さ、行くぞ」
「……でもっ!」

戸惑うSAKURAの肩を抱いて、出口に向かって歩き出す。

ふむふむと頷くロイは、慌てた。

「…って、おい!もう帰るのか?」
「おー…」

リュウガが軽く手を振る。

「な……なあリュウガ。…リュウガちゃ〜〜ん!ものは相談なんだが。……3人でクリスマスを過ごすってのはどうだ?愉しいぞォー」

慌ててロイが追いかけると、リュウガがくるりと振り向いた。

「あー…そうだな…」
「ん?」

「それは遠慮しておく。…じゃあな♪」
「ロイ船長、ありがとうございました!」

「…………………え」

掴まれた手を振りほどきヒラリ手を振って、歩き出す2人。

立ち尽くすロイは遠ざかる背中を

再び茫然と見送った。









 
   


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