会いに来ただけ、なんて言えないから。 | ナノ



ぺたぺた。
ぺたぺた。

裸足で歩く音が続く。大倶利伽羅は、一つだけ息をついてから進む足を止めた。突然止まるとは思ってなかったのだろう、背中に伝わる衝撃と共に「へぶ」と間抜けな声が聞こえた。

「ちょっと、いきなり止まるのは酷くない!?鼻が低くなったらどうするのさ」
「元から低いだろ」
「あれぇ〜?喧嘩売られた?軽く喧嘩売られたこれ??」

ぶつかったまま、審神者は大倶利伽羅の腰に腕を回しぐりぐりと額を押し付けてくる。再びため息。いつもの事だがこの主はやる事が突発的すぎる。

「…何の用だ」

上半身だけを捻って問いかければ、ぱっと顔が上げられてこちらを見る。大きい瞳が、へにょりと曲がって笑った。

「忘れちゃった!」
「……」
「お、怒んないでよ…たぶん私の事だから大倶利伽羅を見かけて走ってきただけだと思うんだ。恋人が走ってきたら嬉しいでしょ?」
「別段そうは思わないな」
「即答するなよ傷つくじゃんか」

審神者の言い方に、これは傷ついていないと勝手に判断し、腰に回された腕をそのままに、大倶利伽羅は足を進めた。当然、引っ付いたままの審神者は引きずられる形になるのだが、これでめげるほどこの審神者は弱くない。

「んああああ!今日は、随分と…!強いね!」
「変な声を出すな。離れろ」
「離れろと言われると離れたくなくなる病気」

そんな病があるなら早く治ってくれと切に願う。そもそも何故歩いていただけで後を付けられ、尚且つひっつかれるなどという頭のおかしい状況になっているのか。

「ねね、大倶利伽羅。今日のおやつ何がいい?私が作るの!」
「……どうでもいいな。おい、登るな」
「それが一番困るんだよ。何でもおいしく食べてくれるのは嬉しいんだけどさ。出来れば好きなものを作りたいじゃん」

気付くと審神者は俺の背に引っ付いて、首に腕を回していた。いわゆる、おんぶ状態。仕方ないので後ろに腕を回して落ちないようにする。

「大倶利伽羅君はぁー何が好きですかぁーーー」
「耳元で話すな」
「何が好きですかぁーーーーー」
「落ちるぞ」

おんぶしたまま突然仰け反りだした審神者に、一応一声かけるが、まぁ、意味無いだろう。足の力だけで大倶利伽羅の腰に巻きついているらしく、体をひきずる形になった。

「あぁ〜〜主虐待だぁ。信じられない」
「俺にはアンタの方が信じられない」
「あ!そうだ思いついた!」

ぐわっと勢いよく上半身を上げて、再び俺の首に腕を回す。どんな腹筋をしてるんだ、と思ったが毎朝山伏と共に朝練という名の訓練をしてるのを思い出して大倶利伽羅はげんなりした。この審神者の思考回路に追いつこうなどと考えてはいけない。

「お団子にしよ!」

どうやら審神者の中でもう考えが纏まったらしい。何度か頷くと、俺の背をぺしぺしと叩いた。

「降ります!お団子作りに行く」
「…」
「ちょっと聞いてます?降りるんだってば」
「……」

特に意味もなく降ろさないでいてやれば、諦めたのか俺の背中にぐりぐりと頭を押し付ける形で主張してきた。

「降ろさないと今日のおやつが無くなりますよー」
「どうでもいいな」
「あれ、団子嫌いだっけ?」

別に嫌いでも好きでもなかったが、それを告げるとまた面倒ごとの予感がして、口を噤んだ。 だが審神者は納得しなかったらしい、後ろでうんうんと唸り始める。

「そっか、好きじゃなかったかぁ。じゃあ今日のおやつ変えよっか。なにがいいかな」
「…団子でいい」
「あれ、いいの?」
「…小豆があれば」

淡々と答えただけだったが、審神者は何かが嬉しかったのか「ふふふ」と小さく笑った。振動と暖かさが背中に伝わり、今の距離を何となしに意識する。

「じゃあ大倶利伽羅、方向転換して厨に向かってください!」
「自分で行け」

ぱっ、と支えていた腕を離すが今度は審神者が降りない。腕と足の力で無理矢理くっ付いている。これは、大倶利伽羅が支えていた意味なかったのではないだろうか。

「連れていってくださいな」
「……」

ちらりと後ろを確認すると、ニッとした笑顔。

一つだけ息を吐いて、再び審神者の事をしっかりと固定するようにおんぶする。いくら意味が無いとはいえ、支えもせず連れていくことなど出来ない。 これら一連の行為で、大倶利伽羅が次に何をするかわかったらしい。審神者はまた小さく笑った。

「大倶利伽羅の背中は心地いいねぇ」
「降ろすぞ」
「えっ、なんで、今変なこと言ってなくない?驚くほどに理不尽」

話しながら方向転換をする。向かう先は、残念ながらやはり厨だ。

「ねね、大倶利伽羅」
「なんだ」
「お団子一緒に作らない?」
「断る」
「即答かい。まぁいいけどさ、そうだと思ってたし」
「…たが、」

審神者が背中越しに「ん?」と高めの声を上げる。きっと今はきょとんとした顔を見せているのだろう。

「出来たら一番に寄越せ」

ぴたりと背中の行動が止まったのがわかる。それからすぐにまた背中に頭を押し付ける感覚。大倶利伽羅の想い人であるコイツは、これが好きだ。

「も〜〜〜仕方ないなぁ。出来たらすぐに呼ぶね」
「いや後ろに控えている」
「じゃあ手伝ってよ!」
「気が向いたらな」

大倶利伽羅は考える。恐らくこの審神者、本当に大倶利伽羅を見かけたから走ってきただけなのだろう。途中でやっていた仕事を放ってまで。
胸にじわりと何かが溜まる感覚がして、しかもそれが悪い気がしないのだから、大倶利伽羅はもう恐らくダメなのだろう。そして、更にダメなのは、大倶利伽羅もこの審神者が歩いているのを見たらその背を追いかけるのだろうというのが、容易に想像できる事だ。

「ね、そのまんま夕餉も一緒に作らない?」
「……」

断ると言うと分かっていてなぜ聞くのか。再び後ろの顔を見て、すぐに後悔した。 そこにいたのは、何が楽しいのか、ニコニコと笑う審神者の顔。思わず口からため息が漏れる。

……―――大倶利伽羅は、審神者の笑顔に心底弱い。

「一緒に作ろ?」

常の大倶利伽羅ならばここで頷いていただろう。それほど、大倶利伽羅はこの顔に弱い。 だが、毎日やられるのも面白くない。

「舐めるのも大概にしろ」
「え、」

大倶利伽羅の顔のすぐそばまで来ていた相手の唇に、噛み付くように食いつく。 驚いたように見開かれる瞳と、唇に伝わる柔らかい感覚。それら全てが審神者の虚を付けた気がした。 可愛らしいリップ音を立てて離せば、事態を飲み込んだ審神者が一気に顔を赤くする。

「っ〜〜〜〜な、きゅう、に、おおくりから」

何事もなかったかのように歩き出せば、背中から呻くような声が聞こえてくる。

「ばか、ばか、あんぽんたん」
「年齢がバレるぞ」
「うっさい!」
「…嫌だったか?」

尋ねれば、ぐっと悔しそうに引く審神者が見えた。「わかってるくせに」と口を尖らせる顔は、まだ赤い。

「嫌なわけないでしょ、ばかくりから」

口付け一つでバカ呼ばわりとはなかなかなものだが、悪い気はしない。 大倶利伽羅が審神者に弱いように、この審神者も到底大倶利伽羅に甘いのだ。


:::


「んあ〜〜〜もう仕事やだ…」

ぽーん、と書類を投げ出してもそれを咎める刀は居ない。いや、決して重たい意味ではなくて、お茶を煎れにいってくれているのだ。適度な時間を見て審神者を甘やかしてくれる、優秀な近侍にもう私はどれほど頭を下げても足りない。

「…いい天気だなぁ」

開け放たれた襖から見えるのは、ここの庭だ。紅葉はほとんど終わってしまっているが、それでも美しい。皆で作った花壇に咲くコスモスが、暖かな風に揺れて、池を落ちた紅葉が赤く染めている。明日には池の中を綺麗にしなきゃなぁ、なんて思っているとトロトロと瞼が重たくなってきた。

「…だめだ、眠い」

書類は起きたらやろう、なんて自らフラグを立てながら。とぷんと落ちてゆく思考の中で、誰かが私の頬に触った気がした。


どれくらい寝ていたのか。ぱちりと目覚めた時、まず目に入ったのは白い壁。ぼやける思考の中で、それが誰かのシャツであり、隣で寝ているのだと気づくのに時間がかかった。

「………ん?」

シャツの所に梵字のペンダントが見えて、おやおや?と思いながら、視線を上に上げる。これを付けているのは、本丸ではただ一人だけだった気がしたのだけれど。

「…起きたか」
「お、大倶利伽羅?」

私の声に、大倶利伽羅は私の頭を優しく撫でる。あんまりにも唐突すぎて頭が追いつかない。なんだこれは、デレ期なのか、そうなのか。
そこでふと、私の体を覆うように掛けられる見慣れた赤い布を見た。そのまま大倶利伽羅の腰を見るが、いつもの布はかかってない。明らかに大倶利伽羅のものだとわかる。

「これありがとう。暖かかった」

渡しながら何となしに外を見ると、もう世界は赤く染まりかかっていてギョッとした。さっきまで昼過ぎたばかりじゃなかったっけ。まじか。書類終わってないのに。これは夜色んな意味で寝れないやつだ。いや自分が悪いんだけど。

「いつから居てくれたの?」
「…忘れたな」
「えーほんと?」
「少なくともアンタが寝てからだ」
「そりゃそうだろうけど」

大倶利伽羅が上半身を起こして、それに習うように私も体を起こす。夕日に染まった世界の中で、私達のいるこの部屋もまた赤くなっている。
隣にいる大倶利伽羅を見ると、彼もまた外を見ていた。黄金色の瞳が、赤を反射して滲んで見える。
つ、と大倶利伽羅の視線がこちらを向いた。

「…どうした」

まじまじと金の中にキラキラと瞬く赤を見つめる。まるで宝石のようだ。宝石の種類なんて、ダイヤモンド位しか知らないけれどきっと大倶利伽羅は何にも負けない綺麗な宝石なんだろう。

「大倶利伽羅の目が綺麗だなって。私、大倶利伽羅のこれ好き」

するりと掌で頬に触れると、すり寄せるようにして目を細めてくる。反射する赤が、眩しいくらいだ。

「あ、そういえば何か用事があったんじゃないの?一緒に寝ちゃってたけど…」

改めて向き合いながら尋ねれば、大倶利伽羅は何かを思い出すように視線を上に上げてから、すぐにまたこちらを向いた。
今度は大倶利伽羅の手のひらが私の頬に触れるも、その意図がわからず首を傾げる。

「どうし、」

たの、と続く言葉が大倶利伽羅によって食われる。食われる、とはその言葉のとおりで。あ、と口を開いた大倶利伽羅の顔が私に近づいて、ばくり。すぐに離された唇に、残念ながら私の頭はこの急展開に追いつかなかった。

「………え、」
「…今更この程度で照れるな」
「っ、こ、この程度とか言うな!私はいつも精一杯なの!」

逆に大倶利伽羅のこの余裕は何なんだ。ちくしょう。
ムカついたからポカポカと胸板を叩くけれど悲しいかな、全く効かない。結構強く叩いてるのになぁ。

「主君、よろしいですか?」

そんな事をしてる時にひょこりと顔を覗かせたのは今日の近侍の前田君だ。
許可すれば、整えられた所作で部屋に入ってくる。私も見習いたい。気持ちだけはある。有り余ってる。出来るかどうかはまた別問題。

「そろそろ夕餉のお時間が近づいております。よろしければ広間へと」
「あ、そっか。もうそんな時間か。今から行くね!」

夕日はもう沈みかけている。日に日に短くなる夕日の時間を見る度に、日が落ちるのが早くなったと実感する。
私が立ち上がると、大倶利伽羅もそれに続いた。前田君の後ろを歩きながら並べば、大倶利伽羅が視線だけをこちらに寄越す。

「さっき言ってた用事だかな」

それを聞いて、あぁさっきの質問か、と思い出す。そういえば大倶利伽羅は答えてない。

「なんか大事な用事だった?」
「あぁ、そうだな」

そこで大倶利伽羅はぴたりと足を止めた。釣られて足を止めた瞬間に、く、と顎を持ち上げられて大倶利伽羅の顔が近づいてくる。
あ、と思った瞬間には既に事は終えていた。ちゅ、とリップ音を立てて唇が離れていく。私はといえば、呆然として何も言えずに佇んでしまう。だというのに、大倶利伽羅はこちらを見下げて滅多に見せない小さな笑顔と共に、

「…忘れたな」

なんて。なんて、なんて!

「主君、主君?どうしました?」

少し先を歩いていた前田君が、その場に蹲って動けなくなった私を心配して近寄ってくれた。だというのに、大倶利伽羅は心配するなと告げる。

お、お前のせいだぞ!この、イケメン!ばか!好き!!!




以前に素敵な企画に参加させていただいた際に書かせていただきました!
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