祈りを手折る | ナノ

ほんの少しだけ注意です。読む人によっては不快感があるかもしれません。


メリークリスマス。メリークリスマス。
神様にお祝いをしよう。神様が生まれた日。神様が死んだ日。
メリークリスマス、メリークリスマス。





「…ここにいたのか」
「……大倶利伽羅?」

聞きなれた声が私の鼓膜を震わして、池の前にしゃがみ込んでいた私は、すぐに立ち上がって振り返った。声の主は思った通り大倶利伽羅で、私の隣に立ち慣れた様子で手を握る。冷たすぎる私の手とは違い、暖かい掌。私は彼の優しさを表しているようなこの手が好きだった。
ぽちゃんと、後ろの鯉が跳ねる音がして、池の方を向く。

「さっきご飯上げたんだけどね。足りなかったのかな」

懐からパンを取り出して鯉に上げれば、バシャバシャと水が跳ねて、私の裾を少し濡らす。きっと隣の大倶利伽羅も濡れただろう。あと少し、と再びパンを取り出そうとしたところで、袋ごと取り上げられた。

「あげすぎだ。最近また太った」
「いやぁ、でも鯉たちが食べたいって言うからさ」
「今日はもうダメだ」
「わかりましたよーだ」

べ、と舌を出して本丸の方へと足を向ける。最初は大倶利伽羅を引っ張るように歩いていたはずが、すぐにこちらが引っ張られるようになった。なんでだ、足の長さか。

「もう10月も終わるね…あっという間にクリスマスだ」
「…なんだそれは」
「あ、そっか、皆クリスマス初めてか。何て言ったらいいのかな。神様が生まれたのかな?よくわかんないけど、それをお祝いするんだよ」
「………」

だんまりすることから、わかってないなと思う。そうはいってもクリスマスをどう説明したらよいのだろう。そもそもきっと彼らに西洋の祭りがわかるのだろうか。ううん、と唸りつつも説明を続ける。

「でも日本ではもうカップルのイベントになってて、あんまり神様を意識してない…と思う。恋人同士とか友達でプレゼント…えぇと物をお互いにあげて交換したりするの」
「物々交換か」
「そ、そうとも言うけどなんだかそれは…」

歩きながら、大倶利伽羅が私の腕を引いて道端の医師に転ばないように歩かせる。私は犬か。審神者だバカ。

「好きな人に物をあげたりするんだよ。勿論大倶利伽羅にもあげる。何が欲しい?」
「…………」

まぁ、すぐには思いつかないかな。だんまりになった大倶利伽羅を置いて、空を見上げて歩く。空気はひんやりとして、もうすぐそこまで来ている冬を思わせる。きっと、今年は雪が降る。ずぼりと足が埋まるくらいに深く雪が積もるだろう。

「アンタは何か欲しいものはあるのか」
「…私?」

あんまりにも唐突で、一瞬呆けてしまった。
欲しいもの。欲しい物か…。
考えてもなかなか思いつかない。この小さな本丸と言う世界の中で、私は何が欲しいのだろう。
そこまで考えて、あ、と思いついた。足を止めると、大倶利伽羅も隣で足を止めた。

「雪が見たいな」
「…それでいいのか」
「うん。むしろそれしかない」

世界が銀世界に染まる白を見たい。きっととても綺麗だろう。音も無く落ちてきて、そこに存在するそれを見たい。小さな世界を全て銀に染めるその雪を、私は見たかった。

「いつか雪を見せてやる」
「本当?楽しみだなぁ」

きっと大倶利伽羅は本当にいつか見せてくれるのだろう。それを心待ちにしながら、私はつながった手を解かずに、空を仰いだ。
いつだろう、来世だろうか。来世だろうが何だろうが、大倶利伽羅とならなんだっていい。彼がいるならば、それでいい。

でも本当は、もう一つだけ。あと一つだけ望む物があるのだけれど。それを、口にする事は決して無い。それこそ、来世へのお楽しみにしたいのだ。
明日すらわからない世界の中で来世を望むのは、酷く滑稽だと思ったけれど、それくらい許してほしい。どうせ、この祈りすら蹂躙されるものなのだから。

「ねえ大倶利伽羅、今日は晴れてる?」

ぎゅっと、握られた手が強くなった気がして、隣の彼を見上げた。

「今日は、晴れだ」

言葉と共に、ふわりと頬に小さくて冷たいものが触れた気がしたけれど、それはすぐに溶けてしまって、私には正体がわからなかった。
頬に触れたそれが、雪だというものだと気付くことは、きっと私には一生ないのだろう。鯉が肥えてきてしまっているのか、今日が晴れなのかすら、私の目には映る事は無い。闇の世界の中で、大倶利伽羅と繋がれた手だけが彼との繋がりを私に伝えてくる。


ねぇ大倶利伽羅。一度でいいから雪を見てみたいな。



―――それから、貴方の顔も見てみたい。



何も見えない世界の中で、言葉に出さず小さく祈った。




素敵なイメージソングワンライにて書かせていただいたものです!もしもどの曲かわかったかたがいたら、あの、握手させてください……
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