胸糞な話 | ナノ

本当に胸糞です。読む人を選びます。お気をつけて。



ガタン。壁に手をついて、女はとうとう膝をついた。その肩は震え、額からは脂汗が滲むのがわかる。
はっはっはっ、と犬のような息を繰り返しながら頭の中で回り続ける一つの考えを必死に捨てる。だが、途端に競り上がるように来る嘔吐感に口を手で覆えば、捨てることすらままならない。酷い咳き込みと気持ち悪さの中で、ぎゅっと目を閉じてもえも知れぬ浮遊感は消えない。それが、この夢のような感覚を現実だと叩きつける。

「おい」

はっと息を止めて顔を上げた。後ろを振り向けば、そこに立っていたのは見知った顔。

「大倶利伽羅……」

正直、1番会いたくなかったと言っても過言ではない。とにかくこの場を去ろうと立ち上がるが、立ちくらみからか視界が揺れた。

「っ、」
「あ……」

倒れかけた肩を抱いたのは、正しくその大倶利伽羅だ。普通ならば感謝するべき行為、その優しさに頭を下げるべきだ。だが、女はそれが出来なかった。それどころか、抱かれた肩を弾きかえして大倶利伽羅と距離を置いた。息は、どんどん短くなっていっている。
1人分の距離を開けてすぐ、女はやってはならぬことをしたと気付いた。それでも大事なのは己である。とにかくこの場を離れる事を優先した。

「あ、あの、ごめんなさい。私、か、加州に、用事がある、から」

それだけ告げて去る。ここまでは確かに正解だった。

「待て」
「っ……」

間違えは、ここだ。呼ばれて、女は足を止めてしまったのである。ここで逃げて信頼のおける初期刀に助けを求めていれば、結果は違っていたかもしれない。……否、それすらも希望的観測だろう。神の執着とは、図り知れるものではない。

「何故逃げる」
「にげ、にげてなん、か」

声が上ずってうまく出ない。一刻も早くこの場から居なくなりたいというのに、目の前の刀はあろうことか女へと1歩近づいてくるではないか。相手が1歩進む事に女も1歩下がる。じりじりと、まるで永遠に続くかのように思えたこの時間は、しかし唐突に終わりをつげる。
1歩再び女が下がった時だった。廊下の端、もっと言えば縁側だ。当然壁などありはしない。廊下の端で無い地面を踏もうとして、足をふみ外したのだ。がくんと体はバランスを崩し、頭から地面に叩き付けられようとした。女は、咄嗟に瞳を閉じて、

「え?」

ふわりと浮いた体に目を瞬いた。腕をひかれる感覚、腰に回された腕、そして目の前にある顔。「ひ」と声から恐怖が漏れた。だが、まるでそれを嘲笑うかのように、近づいた顔は女の唇をぺろりと舐める。ぞぞぞと湧き上がる恐怖と嫌悪感に、首を回して舌から逃げる。それでも相手は満足したように、顔をゆっくりと離してからめったに見せない笑顔を口に湛えた。

「子供か」

一言が、心臓に突き刺さった。大倶利伽羅は呆然とする女を廊下に座らせると、自身も隣に座る。常ならばこんな距離有り得ない。女は頭が追いついてくれば今度は震えるだけだ。

「俺と、アンタの、子供だ」
「ちが、」
「違わない」

するりと、女の腹を撫でる。その手つきがあんまりにも、優しくて優しくて、女は無意識のうちにその手を叩いていた。

「や、やだ…!違う、子供なんか、」
「月経が来てないだろう」

息が、止まった。
目の前の刀は何を言っている?

「ここ数ヶ月血の匂いがしていない。…そういうことだろう」
「や…、…違う……」

現実を受け止めきれずに、女は弱々しく首を振るだけだ。普段から強気に振る舞い、平等すぎるまでの愛を持つこの女が、こちらを見て怯えと恐怖を滲ませている。ぞくり、と熱を持ち出す体に大倶利伽羅は舌を舐めた。

「アンタとその子を守ってやる」

するりと頬を撫でる。歯の付け根すら合わないようにガチガチと震わせる女は、昨夜の行為でも思い出しているのだろうか。いや、それとも初めて抱いた日か。どちらにせよ、大倶利伽羅の被虐心を煽るには充分だ。

「…な、何を、言ってるの……」

告げられた言葉に首をひねる。だが、女は目を見開いて震えたままだ。

「貴方は、刀でしょう…付喪神よ……子供なんて、…できるわけが無い……!」

まるでそれは言い聞かせているようだった。事実、女はこう言う事によって己の精神を折らぬように必死である。だが、それによって今にも噛み付きそうになってきた女の表情に、大倶利伽羅はゆっくりと頬を撫でるだけだ。

「そもそも貴方達に生殖行為なんてない…!私に子供なんていな、」

言葉が止まる。理由なんて簡単だ。首にひたりと添えられた刀。これだけで充分だろう。だが、大倶利伽羅は決して怒りをその表情に表してはいなかった。その瞳に湛えるものはひたすらに憐れなものを見るそれだ。

「…まだわからないか?」

首筋の皮がぷつりと切れた感覚がした。横目で、着物の肩が赤くなっていくのがわかる。この刀、本気で、切って、

「ならこの腹を裂いてみるか。餓鬼が出てくるんだろう」
「っ……!!」
「…アンタさっき生殖行為などないと言ったな」

刀を首から外す。だが視線はどこまでも女を射抜くだけだ。きっと、今逃げたら腹を一差しされて終わりだ。その現実を垣間見て足も指も、すべてが震えて止まらない。

「なら、この腹にいるのは、何なんだろうな」

ひくりと喉がなる。
そんな、そんなの、ばけも



:::




「えぇ、私も何よりも初めての事例ですので驚いております。そもそも刀剣男士の中身は空っぽです。違いますよ、骨と皮しかないという意味です。主様は人間ですが、人間が人間を作るのは生殖行為以外には不可能です。それは人間の摂理ですし変えうることの無い事実です。故に刀剣男士というものに臓器はありません。血が流れるのは中身をうまく腐らせないために必要なものだからですね。彼らには心臓も内蔵も肝臓も、もちろん男性器すらも存在しておりません。形ばかりはありますが機能するわけがありません。だからこそ、彼らに生理現象はありませんし、食事も本来ならば必要ありません。彼らが『空腹』を感じるのは彼ら自身が人間であろうとしているためです。食べる事で心を人間に近づけていくのです。…そうですね、洗脳に近いのではないでしょうか。とはいえ、大半の刀剣男士はそれを知らず気にもせず、ひたすらに主たる貴女の為に戦い続けます。それで本来ならばいいはずです。彼らは頑丈ですしね。己の腹の中に何も無いなど、早々気付くことも無いでしょうし、もしかすると気付いている刀剣もいるでしょう。そうです、それでよかったのです。今までは」

狐はひゅるりと目を細める。目の前には青ざめた女。部屋の外には刀。こんのすけは心底驚いた声をあげた。

「ですが!貴女の腹にはいますね。子供が。そう、刀剣男士大倶利伽羅との子供です。生殖機能を持たぬはずの刀剣男士と人の子供。これは、この戦において聞いたことのない前例です。いま現在、多くの機関が貴女の腹の中に巣食う子供に注目しています。もしかすると不可能と言われていた刀剣男士と人の子供の生殖は可能かもしれない。そうすると、人工的に審神者を作ることすらも可能になるかもしれない。これは、戦争のバランスを変えうる行為なのです」

震えて声の出ない女は、腹を摩りながらこんのすけを食い入るように見つめる。どこまでもこんのすけは政府側である。当然だった。

「まぁ、産まれる子供が人とは限りませんが」

女は、その場で嘔吐した。


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