冬、そして春 | ナノ





冬の空、夜。日曜日にいつも通り図書館へと通い、いつも通り勉強をする。ルーティンワーク。ただ、いつもと違うのは自分の中で何かがずっとぐちゃぐちゃとしている事だった。

「ほら、もうお帰り。明日は早いんだろう」
「うん。そうなんだよねぇ。わかっちゃいるんだけど」

光忠さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら一息つく。光忠さん、私、大倶利伽羅君の順で座ればもうソファーはいっぱいいっぱいだ。机の上には私と大倶利伽羅君の教科書、それからたくさんの消しカスが散乱していた。

「明日かぁ」
「明日だね」

明日、私は本命の受験がある。
大倶利伽羅君と同じ大学とはいえ学部が違うので彼とは当然受験の日も違う。私の方が先で、その一週間後に大倶利伽羅君の理系がある。まあ結局何をもやもやしているのかと言えば、恐らく緊張しているのだ。

「受験票忘れそう…」
「それはまずいね。ちゃんと今日中に確認しておくんだよ」
「うん。そうします」

そういえば、光忠さんも受験で大学に入ったって言ってたな。ちらりと隣を見る。同じように紅茶を優雅に飲む姿は相変わらず洗練されている。誰が見ても100点、パーフェクトな姿だろう。
光忠さんが私の視線に気づいて「どうかしたのかい?」と優しく尋ねる。

「光忠さんは受験の前日って何してたの?」
「僕かい。僕は何をしてたかなぁ。確かいつも通り勉強して寝たんじゃないかな」
「緊張とか…」
「そいつに聞いても意味ないぞ」
「あっ、ちょっと倶利伽羅」

何でも光忠さんはこういった事では緊張しないタイプらしい。なるほど全く参考にならない。でも、確かに光忠さんは緊張とは無縁の世界に住んでそうだもんなぁ、と一人で納得する。

「光忠さんって生まれてこの方緊張した事なさそうですもんね」
「そんな事ないよ。君が来る前日は緊張したさ」
「え、初耳ですよ」
「言ってないもの。倶利伽羅が女の子連れてくるっていうから。焦ったよ」
「はー、そんな事が影では行われていたと」

しみじみと思い出す。初めてここに来た日の事を。よくよく考えればまだ一年経っていない。この人たちとの関わりは、まだまだ薄いのだと実感させられる。

「でも私も緊張してましたよ。初めてここに来た時。大倶利伽羅君当たり前のようにスタッフオンリーの所に入っていくから」
「あぁ、そうだった。驚いた顔していたね」

二人そろって笑う。隣の大倶利伽羅君が片づけを始めたので私もそろそろと片づけを始める。光忠さんは相変わらず優雅にお茶を飲んでいる。まだ短すぎる付き合いだというのに、彼らは私の中でとても大切な立ち位置にいる。不思議だ。もしかすると、この人たちをずっとずっと昔から知っているのかもしれない。だから、こんなに懐かしく感じるのだ。それから、溢れるばかりのこの思いも。

「光忠さん、今度紅茶の淹れ方教えてください」
「いいけど…どうしたんだい。急に」
「んー、いつか私が淹れた美味しい紅茶を飲んでほしいなって」

ちらりと飲み干したマグカップを見る。そんな事でこの恩と思いが返せるとは思っていないけれど、少しでもそれを伝えたかった。光忠さんは優しく微笑む。

「嬉しいな。じゃあ、今度、ね」
「約束ですよ」
「はいはい」
「おい、帰るぞ」

大倶利伽羅君の声に返事をしながら部屋を出る。扉を超えた所で、光忠さんに呼び止められた。「手を出して」と言われて、載せられたのは小さな飴玉。イチゴ味、だろうか。

「お守り。明日、君が寝坊しないように」
「あ、そっちのお守りですか?やりますね光忠さん」

掌でコロンと転がる小さな飴。光忠さんはあぁ言ったけれど、私は溢れてくる嬉しさを隠せなかった。

「嬉しい。頑張ります。明日、本当に頑張ります」
「うん。大丈夫。やっておいで」

背中を押されて今度こそ廊下を進む。後ろ振り返っても、そこにもう光忠さんはいなかった。ついでに言うと、大倶利伽羅君もいなかった。もう外へ行ったのだろうか。少しだけ早足で廊下を進む。

「よっ、驚いたか?」
「おっ、どろいた…受験生の弱い心臓になんてことを」

もうすっかり暗くなった廊下で、突如角から現れた陰に、とてつもなくでかい声で驚かせれる。驚かない人間がいるだろうか、いやいない。反語。壁に手をついて息を吐き出す私をニヤニヤとした顔で見上げるのは、やはりというかなんというか鶴さんである。

「別に君の心臓は弱くないだろうに。こんな所で何してるんだ?」
「今から帰るんですよ!大倶利伽羅君が先に行っちゃったから追いかけてるんです」
「へぇ、もう帰るのか」
「明日早いですから。…まぁ、そうは言っても寝れなさそうだけど…」
「そういう時は無理やりにでも目を瞑っておけばいい。後はそうだな、ミルクココアでも飲むといいんじゃないか」

私の頭の上でぽんぽんと手を弾ませる。撫でてるつもりかこれ。背が縮むわ。

「経験談?」
「…いや、教わったのさ」

そう言って笑う鶴さんの瞳は、懐かしさと優しさが滲んでいた。あ、と思う。いつか聞いた、鶴さんが図書館司書を目指した理由。それを、話す時と似ている。いや、むしろ、同じ。

「…それじゃあ、私はそれを鶴さんから教わったって事で。代々受け継いで行けますね」
「……、…あぁ、そうだな」

ぽふっと私の頭の上に手を置いて、ゆっくりと笑った。ふるりと彼の瞼が揺れる。長く、白く、透明な睫毛。鶴さんはどこかゆっくりとした緩慢な動きで、こちらを見た。

「何だかなぁ。俺の方が緊張している気がするぜ」
「それは、なんというか、ありがとうございます?」
「あぁ、君の分の緊張まで貰ってやろう」

それは心強いなぁ。なんて、再び笑うと鶴さんは私の背を押した。光忠さんと同じ、暖かい掌。じんわりと心に何かがたまっていく感覚がして、いつかこの心に溜まったものをいつかこの人に返せたらと思う。

「鶴さん、さっきね、光忠さんに紅茶教えてくださいって言ったの」
「へぇ?そりゃあいいな」
「うん。だからね、美味しい紅茶が淹れられるようになったら、鶴さんにも飲んでほしいなぁ」

鶴さんの足が止まる。私の背を押すこの人は今、どんな表情をしているのだろうか。できればそれが笑っていてほしいと思う。初めて会った時から、この人は笑顔が似合うのだから。

「…あぁ、その時を楽しみに待っていよう。…、……だが、一つだけいいか?」
「うん?」

耳元に息が吹きかかる。だが、その吐息が震えているように感じて、私は気付かぬ間に息を止めた。私の息ですら、彼の言葉を吹き飛ばしてしまいそうに感じたから。

「…ぜひとも、緑茶も淹れてほしい」
「………緑茶?」
「あぁ、緑茶だ。それもとびきりうまい茶葉でな」

そう言って再び彼は足を進めた。今度は私の背を押さず、廊下の突き当りの扉を開ける形で。私を見る彼は、快活に笑っていた。

「待ってるぜ。君がまた笑ってここに来るのをな」
「うん。待ってて。絶対にまた来るから」

扉を出る時に、再び鶴さんは私の背に触れた。だが、それは一瞬で振り返った時にはもう、扉は閉まっていた。ここの人達は、人を励ますのが上手い。私のプレッシャーや感情を、何も言わずに包むのだ。いつか、とびきり美味しい緑茶と紅茶を、彼らにごちそうしたい。そして、溢れそうになっているこの気持ちを感謝と共に伝えたい。いつか。でも、必ず。
図書館を出ると、外の冷たい空気が私に纏わりついた。はぁ、と息を吐き出すとすぐに白く変わる。昨日降った雪は、まだ道路のあちこちに残っていた。

「おい」

首を横に向くと、マフラーでもこもこになって自転車を引く大倶利伽羅君が現れた。暖かそうだと、思わず吹き出す。

「お待たせ。帰ろっか」

ゆっくりと並んで歩く。風の冷たさが、冬なのだと思い出させる。鼻の先が寒くて痛い。

「ていうか大倶利伽羅君、よくここまで自転車でこれたね。雪、結構残ってたでしょ」
「問題ない」
「さすが」

そうは言っても歩道の大半は雪で埋まってるし、車道の端もまだまだ白い部分が残る。滑ったりしたら怖いなぁ、なんて洒落にもならない事を頭の中で思い浮かべた。
神社を超えて、バス停まで歩く。自転車でない日は、バスで帰らなくてはならない。こういう時に、しみじみと自転車の偉大さを知るのだ。
そこの角にバス停はある。時間的にもちょうどいい。そうしたら、こうして歩くのも、もう、最後、なのだろうか。

「……それは、やだなぁ………」

ぽそりと誰にも聞こえない声で呟く。あぁ、でもそれも明日次第、か。心臓の少し下がきゅう、となる。今頃どれ程の人数がこうして緊張と戦っているのだろう。そして、どれ程の人間がそれに打ち勝てるのだろう。受験の倍率よりも、その確率の方が気になってしまう。……本番は明日だというのに。

「あぁ、もうすぐバス停だね。いつもありが、」
「待っていろ」

続く言葉を遮られて、隣の彼を見上げる。意味が分からず首を捻るが、大倶利伽羅君はまっすぐにこちらを見上げて、私の瞳の奥底を覗こうとしているように思えた。はくりと、何も言えず口が閉じる。

「…全てが終わったら、図書室で待っていろ。迎えに行く」
「……いいの?」

尋ねると、大倶利伽羅君の目尻が優しくなる。片手で自転車を持ち、空いている手で私の頬に触れてこつんと額を合わせる。伏せられた瞳から、長い睫毛が見えた。

「あぁ」
「…でも、もしかすると、約束を、守れないかもしれない。私、まだまだ自信が無くて。こんなんじゃダメだってわかってるのに、できた事なんて限られた事しかなかった。全然足りない気がする。きっと、きっと私じゃ足りない。そんな私でも、大倶利伽羅君を待ってていいのかなぁ」

ぽろぽろと言葉と共に溢れてくるのは、本心を掠める溜まり続けた思いだ。彼の優しさが嬉しい。嬉しいのに、それに報えなかった時、自分で立てた目標すら叶わなかった時を考えると、もう、嫌になる。本当に、受験生の皆はどうやってこの思いを抱えながら勉強するのか教えてほしい。
重ねられた頬に、指先だけで触れる。彼の掌は、冷たかった。

「ごめんねぇ、大倶利伽羅君も同じ受験生だからこんなの言うべきじゃないのに。不安で不安で、堪らないんだ。明日には……、…もっと言うと来週には全部が終わってるなんて信じられなくて」

ぐるぐるとお腹の中で色々な事が渦巻く。夜、寝る前に「もっと出来ただろう」と責め立てる声が聞こえる。こんな勉強量じゃ足りないと叫ぶ声が聞こえる。どれほど勉強をしてもこの不安は消えないのかもしれない。

「認めてやる」

視線を上げる。間近にいる彼の視線が、ゆっくりと持ち上がって私を見ていた。

「俺が、アンタを認めてやる」

ぽつりと、頬に冷たい物が当たる。よく見れば、雪が降ってきていた。だが、私は彼からの視線を逸らせずにじっと見つめる。寒さなど、わかるはずもなかった。

「大倶利伽羅君は、すごいね…」
「…」
「私の欲しい言葉をくれるんだぁ……私、君に何も返せてない。こんなに、こんなに貰ってるのに」

認めてくれる人がいる。それだけでもう、頑張った理由がある。きっと、この努力はした甲斐があった。頑張ってよかった理由になる。結果は伴わないかもしれない。でも、結果じゃなくて過程を見てくれる人がいる。それは、何て、軌跡だろうか。あぁ、彼は本当に私に軌跡ばかりを起こしてくれる。

「…ありがとう、大倶利伽羅君…私、明日頑張る」
「あぁ、それでいい」

するりと彼が離れる。きっともう彼は何も言わないのだろう。それでよかった。彼の手の冷たさも、震える瞳も、全て明日に持っていこう。
バス停まで来ると、ちょうど向こうの方からバスが来るのが見えた。改めて大倶利伽羅君と向かい合う。

「送ってくれてありがとう。いつもいつもごめんね」
「気にするな」
「うん…、わかってる。でも、本当にありがとう」

音を立ててバスが近づく。眩しいライトに照らされて、向こうの顔が逆光になる。それをいいことに、彼の見えない顔に向かって笑った。

「私、大倶利伽羅君がいたからここまで頑張れたよ、ずっとずっと頑張れたの。だから…だから…!!」

あぁ、もうバスが来てしまう。でも、何て言ったらいいんだろう。この張り裂けんばかりの想いの丈をどうやってぶちまけたらいいんだろう。

「待ってる!あの図書室で!」

彼が選んでくれた本。ゆっくりと進む時計の針。静寂の中に聞こえてくる部活の声。ページを捲る音。その全てが、きらきらと輝いて見える。ほんの数か月前なのに、どうしてこんなにも懐かしいんだろう。でも、だからこそ待っていたい。あの図書室で。初めてであった、あの図書室で。

「…あぁ、待っていろ」

彼の顔は変わらず逆光で見えない。でも、きっと大倶利伽羅君は笑っている。優しく穏やかに笑っている。
バスの音が近づく。雪は、一層強くなっていた。


:::



ばたばたと走る音が近づいて、鶴丸と光忠は二人揃って顔を見合わせた。それから、タイミングを合わせたようにゆっくりと笑う。これでもこの二人、というか、大倶利伽羅も含めれば中々長い年月共にいるのだ。笑うタイミング位なら揃ってしまう。

「今日だもんね」
「あぁ、今日だな」

光忠の声に鶴丸も頷く。それからすぐに勢いよく開かれる図書館の部屋。本当に、最初に来た時とはえらい違いだと、鶴丸は笑ってしまった。
ソファーから振り返り扉の方を見れば、肩で息をする少女が一人で立っていた。顔は赤く、興奮していますというのがありありとわかる。何でも、家からここまで自転車を凄い勢いで飛ばしてきたらしい。それもまた、彼女らしくて鶴丸の笑いを誘う。光忠もまた、こらえきれない笑いを讃えていた。

鶴さん、光忠さん。
彼女が己らの名前を呼ぶ。あぁ。脳裏に再生するのは、もう少しだけ彼女が成長した姿だ。あぁ、きっと、この少女は美しくなる。見目の話だけでなく、内面の話だ。たくさんの経験と喜び、悲しみ、悩みを抱えて少女はゆっくりと、それでも確かに女性へと歩んでいっている。それが嬉しくもあり、少しだけ寂しくもあり。
はっきりとしていて聞きやすい声は、鶴丸の耳によく馴染む。きっとそれは光忠も同じだろう。

それじゃあ。と彼女は図書館を後にした。何でも、待たなくてはならない人がいるらしい。あれで隠してるつもりなのだろうか。いなくなった扉を眺めて、一つだけ息をついた。

「…鶴さん、よかったね」

それに辛うじて「あぁ」と返事をする。ソファーに寝転がって、手の甲で目元を覆う。ことりとテーブルの方で音がした。光忠が紅茶を淹れてくれたのかもしれない。

「よかったなぁ…」

しみじみと呟いた言葉は体に染み込んでいく。重荷が外れたような気持ちがした。

「あとはくりちゃんだね」
「アイツの事は全く心配してないぜ?する必要が無いだろう」

「それもそうだね」と光忠は笑う。起き上ってテーブルを見ると、やはり紅茶が置かれていた。光忠の淹れる茶は相変わらず美味い。

「さて…茶を淹れてくれるのはいつかな…」
「結構すぐかもしれないよ。読みたい本があるって言ってたから」
「はは、本当に本の虫だなぁ」

昔から変わらず、な。
窓の外はもう雪解けて、暖かな陽射しが部屋に入り込んでいた。



:::



冬が過ぎても、たまに寒い風が吹く。それでも、あの雪の降る悴む季節は終わり、暖かいと言える陽気が来ている事がわかった。
ぱたりと読んでいた本を閉じる。とうとうこのシリーズも読み終わってしまった。次は何を読もう。立ち上がり、本棚を物色しに行く。結局、三年間ではこの学校の本は読み切る事は出来なかった。でも、これからはあっちの図書館で、紅茶の淹れ方を学びながら本を読んでいきたい。やりたい事がたくさんある。でも、まずは卒業までにもう一冊くらいここの本を読んでおきたかった。三年間通って、楽しんだ思い出として、最後の一冊を読みたかった。
ふと、棚の上に見慣れた文字を見かけた。一度読んだ話もいいなぁ。でも、果たして届くだろうか。いや、きっと届くはずだ。受験を通じて2センチ伸びたかもしれない。私は、よし、と気合いを入れて腕を伸ばした。

「ふっ…ふん…!!!」

ぷるぷると伸びる腕と背伸びした足。だが届かない。当然である。それでも諦めきれずに腕を伸ばし続ける。不意に、隣に影を感じた。

「これか」
「え?」

ひょい。そんな音がぴったり合うほど簡単に本が取られる。
ゆるゆると腕を元に戻す。この人はタイミングが良いんだか悪いんだか。気恥ずかしさから、視線をうろうろとさせると、彼の手に今取った本とは別にもう一冊持っている事に気付いた。気付いて、少しだけ笑う。

「なんだか、初めて会った時みたい」

視線を上げる。彼の変わらぬ優しさを持った瞳と交差した。お互いにむずむずといたずらのような思いが沸き起こる。

「その手に持ってるやつ。…もう、読んだ?」
「…あぁ、もう読んだ」

取ってくれた本を渡される。それを胸元で強く抱いてから、再び顔を上げた。たった数週間会わなかっただけなのに、こんなにも懐かしいなんて。不思議だなぁ。

「大倶利伽羅君、私、第一志望受かったよ」
「あぁ」
「もしかして二人から聞いた?」
「いや。受かると思っていた」
「…あー、なるほど。ありがとうゴザイマス………」

じわじわと侵食していく気恥ずかしさと嬉しさに再び彼から視線を逸らした。頭の中では白旗を振っている。いつでもまっすぐに突き刺さる彼の事葉は、私の胸を容易く刺激する。

「それで、大倶利伽羅君は?」
「受かった」
「さすが!すごいね!!」

本来ならばもっと驚くべきところなのだろうけれど、余りにも淡々としている為かこちらもそうして受け止めてしまう。でも、私にとってこれは本当にすごい。
途端に会話が無くなる。どことなく、緊張した雰囲気。私だけかもしれないけれど、お互いに言葉を探している感じがした。それは初対面の気まずさでは無くて、図らずともお互いに思っている事がわかるからこその気恥ずかしさと緊張だった。

「あのね、大倶利伽羅君。聞いてほしいことがあるの」

心臓の音が途端に大きくなるのが分かる。私と呼応するここは、気持ちを一番表している。暖かな陽射しも、心地いい風も、本棚に隠れたここには届かない。まるで秘密基地の様だと思う。初めて大倶利伽羅君と会った日の事を思い出す。私の秘密基地に来た同い年の男の子。本を読む男の子。たくさんの出会いをくれて、たくさんの想いをくれた。
あぁ、ダメだ。早鐘のように鳴る体が熱い。何て言ったら彼に通じるだろうか。たくさん本を読んできたのに、どれもこれも違う気がする。

「私、貴方に会えてよかった。本当にそう思うの。だって、大倶利伽羅君がいなかったら絶対にここまで出来なかった。だから、ありがとう。それで…、…それで、ね」

一回息を吐き出す。落ち着けと三回唱えてから、勢いよく顔を上げた。

「私っ、大倶利伽羅君の事が好きです…!!好き、大好き!!」

言い切って俯く。大倶利伽羅君の顔が見れない。告白ってこんなにも緊張するものなんだ。知らなかった。ばくばくと鳴る心臓の音は彼の「おい」という声で止められる。ふっと顔を上げた。

「俺も、だ」

ぽたりと並々注がれたコップに、最後の一滴が落とされた。それを切っ掛けに、ぼとぼとと私のコップは溢れていく。零れた思いはどこに行くんだろう。どこに流れていくのだろう。未だにわからないけれど。でもきっと、この思いは昇華された。
穏やかで優しいこの人に掬ってもらえた。たった一滴でも、彼に届いたのだ。
ゆるりと両手が頬に添えられる。見上げて、ゆっくりと目を閉じた。彼の手は、どこまでも暖かかい。それが、冬はもう過ぎたのだと思わせた。

高校三年生の春。初めて出会った図書室で、私は彼に、恋をした。





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