そして雪解け、花開く | ナノ





高校三年生、春。
新学期の少しだけ緊張するクラス替えも終わり、私は一人図書室に籠っていた。理由は単純で、自分が図書委員であるのと同時に本が好きだからである。中学からずっと図書委員を続け、高校でもその流れで続けている。だが、それよりも何よりも。この学校の図書室はとても居心地がいいのだ。
もちろん友達のいる教室も、皆と遊ぶゲーセンも好きだけれど、図書室の落ち着きには勝てない。お陰で私は放課後になると図書室で過ごすことが日課になってしまった。そして今日もいつもと同じく図書室で過ごしている。新学期早々、ではあるがもう三年生。友人たちも慣れっこで、笑って送り出してくれた。今度は一緒にクレープを食べに行きたい。

ずらりと並ぶ本棚の前に立ち、次は何を読もうか悩む。今まで読んでいたシリーズは読み切ってしまった。何となく、すごく何となくだが長編物が読みたい気分。何巻と続く、素敵な物語が読みたい。そんな気持ちだ。とはいえ、本との出会いは一期一会。素敵な本と出会えるかは、良い師と出会うのと同じくらい低い確率だと、私は思っている。
ふと、上の方にある文庫本が目に留まった。一番端の一番上。ずらりと同じタイトルが並んでいる。少し、好奇心が疼いた。背伸びすれば届くだろうか。残念ながらここの図書館に脚立は無い。机の椅子を持ってくるにしても、少し遠い。私は、よし、と意気込んだ。

「ふっ…ふん……!!あと、ちょい…!!!」

ぷるぷると背伸びをして、腕を伸ばす。何気に奥の方に入っているようで本の背には触れるが、取るまでに至らない。くそう、あと5センチ、いや、せめて2センチあれば……!!!

「これか」
「え?」

ひょい。そんな音がぴったり合うほど簡単に本が取られた。
腕を伸ばしたまま、ぽかんと横を向けば見た事のある人が私の欲しい本を手に持って立っていた。

「これで合っているのか」
「え、あ、うん。あの、えっと、ありがとう」

ゆっくりと伸ばした腕を戻しながら本を受け取る。私の代わりに本を取ってくれたこの人、大倶利伽羅君。確か、今年同じクラス。それにしてもなぜ大倶利伽羅君が図書室に。図書室にいるイメージが無かった。というか、あの声聞かれてたのか。どうしよう、すごい恥ずかしい事をしていたのでは。
じわじわと溢れてくる羞恥に視線を下に彷徨わせれば、ふと彼の手にもう一冊本がある事に気付いた。

「それって『春によろしく』?」

唐突な私の声に、向こうの疑問の雰囲気が伝わってきて、慌てて言葉を付け足す。

「その手に持ってるやつ。私も好きなんだ。あ、ごめんこれから読むんだったりした?だったらまだ読んでないか」

って、何を一人でべらべらと。またもこみ上げてきた恥ずかしさを隠すために再び「ごめん」と笑う。だが、相手は酷く穏やかにこちらを見ていて、一瞬、その視線に魅入られた。金の瞳が、緩やかに日の光を反射する。

「いや、もう読んだ」

今から返す、と彼は静かに本棚にそれを戻した。そのためにここに来たのか。納得しながら、足元からじわりと喜びが体に染みてくる。自分の口角が上がるのがわかった。

「大倶利伽羅君も本読むんだね。嬉しいなぁ。ねね、その本の中でどれが一番好きだった?」

同じ年の知り合いの中に、本が好きと言う人は意外と少ない。だから何だ、という感じではあるのだが、同じ趣味を持つ人がいたら嬉しいと思うのが人間であろう。大倶利伽羅君は、唐突な質問に少しだけ本棚に視線を戻してからぽつりと答えてくれた。

「…『暖かな雪』」
「! いいよね!私も好き!主人公の優しさが滲み出てるというか…それだけじゃなくて、周りの皆も本当に暖かくて、読んでるとこっちまで穏やかになるよね。って、ごめん、また一人で喋って」

ちらりと彼を見上げれば、今度は彼の視線が私の手の中に行っていた。これ?と上げて示せば、ゆっくりと頷かれる。

「何となく長編が読みたくなって。ジャンルも知らないや…大倶利伽羅君読んだことある?」
「あぁ」
「へぇ。すごいなぁ」

綺麗な青空の表紙。タイトルは『青と春の間』。裏表紙の要約を見る限りだと、どうやら学園ものの青春ストーリーらしい。今までファンタジーばかり読んでいたから、あまり学園ものは読んだことが無かった。大倶利伽羅君は学園ものが好きなのだろうか。

「読んだ感想…えぇと、ネタバレにならない程度で…どうだった?」
「面白い、とは思う」
「! じゃあ読もうっと」

大倶利伽羅君が読んで面白いというこの本。新しい本に出合えた喜びと、同じ本を好きな彼に出会えた事。これだけで、今日の運は使い果たしたに違いない。
どうやら読む本を悩んでいるらしい彼の横顔を盗み見る。今更だが、大倶利伽羅君はとても端正な顔立ちをしている。いや、だから何だと言われればそれまでだが、まぁ、私も年頃の女の子なわけで。…ほんの少し。いや、嘘はやめよう。かなり緊張をしている。そもそもこんなイケメンと話す機会、私の様な地味子にはない。慣れていなくて当然と言えば当然。逆に、よく今まで噛まずに話せたものだ。
ふぅ、と大倶利伽羅君が取ってくれた本を見る。これでもたくさんの本を読んでいた自信があったけれど、まだまだ知らない本があるなぁ。目標は高校三年間の間にここにある本全部読むだったが、さすがに無謀だったか。

「おい」
「へ?」

あまりにも唐突な呼びかけで、取り繕う事すら出来ず変な声を上げた。見れば、隣の大倶利伽羅君が呆れた顔でこちらを見ている。

「何か、面白いものはあるか」
「あ、あ〜!そういう事ね!ちょっと待って」

変な声を上げた事を自分の中で流して、目の前の本棚に視線を向ける。右から二段目の本棚は大体読んだ。この中のおすすめは結構ある。せっかくだから面白いと思ってもらえるものを紹介したい。だが、当然好みもあるわけで。果たして彼はどんなものが好きなのだろうか。

「大倶利伽羅君って普段どんなの読む?」
「…さぁな」
「さぁな、て。ファンタジーとかどう?」
「嫌いじゃない」
「じゃあこれとか」

差し出したのはファンタジーだ。面白いのだけれど意外と知られていない。私のお気に入りの一冊。とはいえ、私自身もこれを中学校の時に先生に教えていただいたのだけれど。高校でこの本に再び出合った時は感動して、思わず読み返してしまった。

「他には…」
「いや、これでいい」

大倶利伽羅君は差し出した本を受け取るとぺらぺらと中身を確認してから、すぐに結論を出した。驚いたのは、どちらかというとこちらである。

「そんなあっさりでいいの?他にも面白いのあるよ?」
「…本との出会いは一期一会だろう」

あ。胸がじわりと何かで滲むのがわかった。あ、いいな。単純と言われてもおかしくない。それ程、一瞬の物。すとんと落ちた何かが「何」なのか。私は咄嗟にわからなかった。

「…それと、運もある」

まじまじと本の表紙を見ながら大倶利伽羅君は呟く。こうして見て初めて、彼は穏やかな表情をするのだとわかった。

「良い師との出会いの様に?」
「…あぁ」

二人で顔を見合わせる。誰もいない図書室で、お互いの手には素敵な本が一冊。足からじわりと伝ってくる緊張と喜びに、私は思わず破顔した。

これが、彼との出会い。高校三年生、春。桜の舞う、暖かな季節だった。



:::



「読み切った」
「は、早くない…!?」

本をお勧めしてから2日。放課後に彼はまたふらりと図書館に来た。長机で本を読む私の前に座り、読み切ったという本を机に置く。きっとここには本を戻しに来たのだろう。だが、私はどこかそわそわとした気持ちで何気に彼が来るのを待っていた。こんなに早いとは思っていなかったが。

「あ、あのさ。読んでみて、どうだった」

そう。それが気になっていた。私の面白いと思った本を、彼もまた面白いと思ってくれたら嬉しい。もしそうでなかったら、彼が面白いと思う本を探したい。そう思った。
彼は表情を変えないまま、一言「面白かった」と言った。その声があまりにも平坦でいつも通りだったから、私には一瞬よくわからなかった。

「え、面白かった?本当に?いいよ、お世辞とか」
「何でアンタにお世辞を言うんだ」
「た、確かに」

言葉をそのまま受け止めれば嬉しさがこみ上げてくる。それから安堵も。面白くない本を勧めていたのでは、と少し心配だったのだ。

「…アンタは」
「あ、これね。大倶利伽羅君がお勧めしてくれたやつ」

ちょうど読んでいたそれをちらりと見る。借りたのは一昨日だが、恐らく今日中には読み終わる。私も彼の事言えないな、と内心笑った。

「やばい。超面白い。学園物ってあんまり読んだことなかったんだけど。多分今日中には読み切っちゃうなぁ」
「…そうか」

ふ、と大倶利伽羅君が笑った――――気がした。
気のせいだったかもしれないし、もしかすると私の見間違いかもしれない。それでもその瞬間の彼の表情が、私には笑って見えた。彼も、心のどこかで私と同じように緊張していたのだろうか。もし、もしそうだったら。……、…じわりと、コップの中に何かが溜まっていく気がして、私は咄嗟に掌を強く握った。
彼が本を持って立ち上がる。本棚に返しに行くのかな、と思っているとじろりとこちらを見られた。

「他にもあるんだろう。面白い本」

それは言外に教えろ、という意味か。今回が良かったから次も教えてほしいと思ってくれた。そう思うのは、ポジティブというか、行きすぎだろうか。それでも即座に立ち上がる位に、私は彼に頼られた事を喜んでいた。

「次はどんなのが読みたいとかある?」

本棚の前に立ちながら本を物色する。だが、彼の視線が一つの本で止まったことに気付いた。

「その本?私結構好きだなぁ。長編なんだけど。ヒロインがとっても素敵でね」

つらつらと続けると、大倶利伽羅君が無言で本を取る。二年の時に読んだのだったか。一人の男性が、たった一人の女性を愛し続ける事を克明に描いたファンタジーものだ。一巻ずつ完結してはいるのだが、徐々に進んでいく話の大筋や世界の謎、女性の隠し続けた秘密など緻密に練られた話は、最後までページを捲る手を止めさせてはくれなかった。

「それにする?」

彼は「あぁ」と返事をすると席に戻っていく。その後をついて行きながら窓の外を見ると、青々とした空がゆったりとした顔をしていた。本を読み切る頃には、きっと赤に染まっているのだろう。前を歩く大倶利伽羅君が、足を止めた私を不思議そうに振り返って見ていた。慌てて首を振る。

「何でもない。いい天気だなぁって」
「…そうか」
「大倶利伽羅君は天気って何が好き?」

大倶利伽羅君が窓の方を見る。その横顔があんまりにも綺麗で、息が止まりかける。それを顔に出さないように、私もまた外に視線を向けた。

「…雨」
「へぇ!珍しい!いいねぇ。もうすぐ梅雨だから、大倶利伽羅君のテンション上がっちゃうね」
「それは無いが」
「えぇ、それは残念」

テンションの上がった大倶利伽羅君が少しだけ見てみたかった。ようやく机に座れば、大倶利伽羅君が視線をこちらに投げかけていた。

「アンタは?」
「天気の話?」
「そうだ」
「うーん…難しい。どんな天気も好きだからなぁ。強いて言えば、今は晴れが好き」

笑うと訝しげな視線が突き刺さる。それに笑って返しながら、机の端を見る。太陽の光が一部分に集中して当たって、そこだけがぽかぽかと明るくなっている。きっとあそこで読んだら、心地よくて寝てしまうのだろう。だけれど、今はこの日の当たらない、彼と向かい合うこの席が心地いい。

「でも明日は雨が良いって思ってるかもしれない。曇りがいいって思ってるかも。ううん、もしかすると晴れでいいや!ってなってる気もする」
「…」
「どんな天気でも好きなの。今は晴れが好き。こんないい天気に穏やかに本が読めるんだもの。きっと曇りじゃだめだった。晴れだからよかった。だから、今は晴れが好き」

大倶利伽羅君はただ一言「そうか」とだけ言ってぺらりと本を読みだした。この答えは、彼のお眼鏡にかなったのだろうか。私も彼を習って読みだせば、途端に図書室は静寂に包まれる。遠くから聞こえる運動部の声、吹奏楽部の練習の音。どれもこれも、逆にここの静けさを助長しているように感じた。
他人といる静けさと言うものは、どこか居心地の悪さを感じるものだと思う。何となく喋っていなくてはならないような、話題を振り続けなくてはならないような。そんな気疲れがある。だが、彼との静寂は何となく居心地がいい。お互いに本を読んでいるのもあるだろうが、彼自身があまり話さない事が大きいと思う。彼は”静”の中心にいる気がするのだ。

ちらりと本を読む大倶利伽羅君を盗み見る。
大倶利伽羅君は雨が好きだと言った。それを聞いた時、珍しいと思うと同時にどこか納得した。
雨は、振っている時は必ずいるのにわからない。余りにも自然に私たちの生活に馴染んで振ってくるから、気付かないのだ。穏やかな雨ならば、尚。静かな雨は、余りにも自然に私達の隣に寄り添ってくれている。まるで、彼のように。
そんな事を思っていたからだろうか。彼がふいに顔を上げた。

「なんだ」
「えっ!あ、いや、なんでもない、デス……」

ばちりと音がするほど絡んだ視線に、まさかばれてるとは思わず、恥ずかしさに顔を本で隠した。必死に文字を手繰るが、頭になんて入ってこない。しおしおと背中を丸めると、彼はまた本に視線を戻したようだ。完全に変人である。
少しだけ落ち着いた心で、改めて本を見る。そうそう、今、良い所なんだ。違う、決して恥ずかしい思いをしたことに対する現実逃避じゃない。違う。
この本は本当に、まさしく青春という感じなのだが、誰もが憧れる眩しい青春ではない。どこにでもいる高校生たちが経験する、何気ない日常、さりげない会話、感情を丸めこんだ話だと思う。そんな中でもやはり話の主軸となる事件が起こるわけなのだが、それも「こんなの無い」って思うようなものではなく、もしかすると明日私が経験するかもしれない、そういったもの。だから、こんなにも共感できる所が多いのかもしれないし、惹かれるのかもしれない。

「………」

主人公は一人の女子高生。まだ一年生で、中学生の感覚が抜けず制服に着せられている感だってある。だけれど、そんな少女がゆっくりと、それでも着実に成長していく姿はこちらの心を確かに掴む。先生の独白で少女を「若さ独特の輝きを隠し持った、刹那的な美しさ」と称している所があるけれど、まさしくその通りだと思う。この少女は、まだまだ多くの可能性があって、きっと何だってできるし何にだってなれる。それが、酷く羨ましい。私には、きっとこんな可能性無いのだろう。

そよ、と風が私の頬を撫でて顔を上げた。見れば大倶利伽羅君が窓を開けていて、外がもう夕方な事に心底驚く。本を読むと、いつだって時間はあっという間だ。窓に背を預けなら外を見る大倶利伽羅君は、何かを考えているようで、心ここにあらずというのがまさしくといった感じである。金の瞳の中に、赤の夕日が揺らめいているのだわかる。綺麗だ。大倶利伽羅君は、夕日が似合う。

「大倶利伽羅君」

つ、と彼の視線がこちらを向いた。凪いだ波の様に穏やかなその目は、本当に同い年なのかを疑わせる。

「もう本読んだの?そろそろ下校時刻だけど、どうする?」

言外に帰るかどうかを聞いたのだが、どうやら通じたらしい。彼は静かに窓を閉めて机に向かうと、帰りの支度を始めた。私もまた、本を棚に戻しに行く。ついでに続きも借りたい。本棚の前まで来て、あ、と思う。この本一番上の段なのだった。だから脚立を買ってくれと言うのに。大倶利伽羅君に頼もうかと思ったが、さすがにそこまで親しくない彼にそんな何度も頼めない。一つため息をついてから、腕を伸ばす。もしかしたら、この二日で2センチ伸びてるかもという期待を抱いて。

まぁ、そんな期待は一瞬で打ち砕かれるのだけれど。

「ふっ…!!ふん!」

端的に言えば、届かない。当然である。そんな数日で身長が伸びてたまるか。でも希望を言えば伸びたかった。だが、頑張れば努力は実るものである。ぐっと、背表紙に指が触れてそのまま本を取ることが出来た。やった!喜んだのも束の間。勢いよく引っ張り出したせいか、体がそのままぐらりと後ろに傾く。受け身も取れない状態で、頭のすぐ後ろには別の本棚。あ、これヤバい。すぐ来る衝撃に備えて、ぎゅっと目を閉じて、その瞬間に何かに引っ張られた。

「え?」

待てども待てども来ない痛みに、恐る恐る目を開ければ、なんと驚き。私は転んでいない。それどころか、まだ立っている。なんじゃこりゃ。イリュージョン?首を捻ると、上から「おい」と嫌に低い声が聞こえた。

「…え、大倶利伽羅君?」

腹に回された褐色の腕、引っ張られた片腕、私の顔は大倶利伽羅君の胸板に収まっている。これは、この、状況、は。

「…っ!?!?」

これは何だ。ラッキースケベか。状況を理解した瞬間に頭の中が沸騰を開始する。ぐつぐつと煮込まれた脳はその熱を一気に顔に持っていく。

「っ、ご、ごめん大倶利伽羅君!はな、離れる、よ」
「気をつけろ」
「本っ当にごめんね…!!」

ぱっと離された腕に一息つきながら、うるさいくらいに音を立てる心臓に内心で睨む。チラリと隣を見れば、涼しい顔をして本棚を見ていた。向こうはきっとモテるだろうし、こんな事日常茶飯事なのだろうけど、私からしたらそうでない。男子と触れ合うことなど滅多にない。あー、びっくりした。…、…手、大きかったな。

「…おい」
「ん?」

ぱたぱたと熱くなった顔を手で仰いでいれば、大倶利伽羅君が横目でこちらを見ていた。

「今度からは俺を呼べ」
「えぇ?大丈夫だよ。さすがに申し訳ない」
「呼べ」
「アッハイ」

思わず返事をしてしまう。男子の凄んだ声は怖い。幾ら同い年であろうとも、だ。だけど、それ以上に大倶利伽羅君が呼べば来てくれる。そう言ってくれた事に、喜びを隠せない自分がいることに気付いていた。

「…ありがとう、大倶利伽羅君」

喜びからくるむず痒さを隠せずに笑えば、彼は何ともないように私を見て、くしゃりと頭を撫でた。そしてすたすたと机に戻って帰りの支度を再開している。その一連の動作を見て、私は目を見開いた。
彼は、まだ本を、選んでいない。という事は、彼は、大倶利伽羅君は。

カチリと、パズルのピースがハマる音がした。

「あーー…」

その場に頭を抱えてしゃがみこむ。彼の触れた所が嫌に熱い。腕も、お腹も、頭も、それから顔も。突然しゃがんだ私に大倶利伽羅君が向こうから声をかける。その声が、どこか心配を帯びているような気がして、それだけで私の心臓はまた早くなる。

「大倶利伽羅君、困った」

顔を上げて、大倶利伽羅君を見やる。遠くからでもわかる穏やかな瞳と、私の視線が交差する。あぁ。心の中で確信が進む。あぁ、好きだ。

「本当に、困ったなぁ…」

出会ってまだ2日。彼の事を何も知らない。だというのに、これは。3日前の自分では想像出来ない。まさかこんな。単純すぎる。だが、一番驚きなのはそれをどこか当然だと思っている自分だ。すんなりと、それは私の心にハマってしまった。

「おい」

顔を上げると大倶利伽羅君がこちらを見ていた。それに笑いながら「ごめん」と告げからて立ち上がる。

「帰ろっか。お待たせ」
「…あぁ」

何も聞かないでいてくれる彼に、心底感謝した。でも、いつか告げたい。告げれるだろうか。この、出会ってしまった大きな気持ちと。




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