5 | ナノ



「今日は花の金曜日!いぇ〜〜い!!」
「え…何そのテンションやだ」
「ガチで引かないでよ傷つくじゃん…」

朝、出勤して自分の椅子に座りながら叫べば、隣の席の加州に気持ち悪いものを見るような目で見られた。朝から上がったテンションを全力で殴られた気分。フルコンボだドン!

「まぁ、気持ちはわかるけどね。今日なんて特に」
「功労会だもんね。私ずっと楽しみだったよ」
「社の奢りだしね」

そうなのだ。今日は会社帰りにこの部署で飲み会があるのだ。私は正直飲み会があまり得意ではないけれど、社の奢り、更に言うと新入社員の功労会と言われれば出席する。飲ましていただきます。

「早く定時になんないかな」
「あ、俺今日午前出だ。行ってくる」
「いってら」

先ほどコンビニで買ってきた、ちょっと高めの甘いコーヒーを飲みながらパソコンを開く。期間限定のこの甘い栗味が私のマイブームである。

「おい」

ずずず、と飲んでいれば後ろから声をかけられる。その聞きなれた声に、自然と口角が上がる感じがしたけど、隠すこともなく振り返る。

「先輩!どうしたんですか。今日は午後ですよね」
「……」
「? 先ぱ、」

何も言わない先輩に不思議に思って首をかしげていれば、突然コーヒーを持つ手首を掴まれた。蓋付きストロータイプだから零れる心配は全くないけど、流石に驚いて目を見開く。
更に、この先輩何を考えたのか、それにおもむろに顔を近づけて、コーヒーをずず、と飲んだのだ。これは、学生の頃はやたらと意識したようないわゆる、間接キスである。

「……甘いな」
「そ、そりゃあ、そういうもの、ですから…………」

な、な、なんつー事を………。
ぺろりと唇を舐める仕草が異様に、夜の雰囲気と男を醸し出してる気がして視線をうろうろとさ迷わせた。絶対私今、気持ち悪い顔してる。

「午後から出る。昼飯は早めに食べておけ」
「…………あいあいさー…………」

ここで1つ説明をさしていただこう。
今来た先輩、大倶利伽羅先輩は私の一つ上で、この部署のエースである。私の教育係であり、驚くことにお隣さん。ついでに言うと、お付き合いもしてる。
褐色の肌に切れ長の金の瞳。高い背に長い足。そしてとてつもなく仕事が出来る。果たしてどこに私とお付き合いする要素があったのか、心底謎なのだけれど、それでも順調にお付き合いを進めさしてもらってる。

ちなみに、今夜の飲み会に先輩も参加する。これは非常に珍しいことで、明日は少し早めの雪が降る、とかむしろこの会社に雷が落ちる、とかまで言われてる。
私達は家が隣同士、なおかつ一人暮らしということもあり、結構な頻度で宅飲みをしているのだが、先輩が酔った姿など見たことがない。だから、もしかするとそんな姿が見れるかもなぁ、なんてほんの少しだけ期待しつつ、今日の夜を待ったのだ。



:::



午後になって、教育係である先輩と共に外周りに出れば、心地いい気温と共にふわりと風が吹いていた。

「いい天気!すっかり夏も終わっちゃった感じしますね」

隣を歩きながら先輩の顔をチラリと見上げる。その視線に気付いたのか、先輩の瞳がこちらを向いた。

「…今日の飲み会」
「え?あぁ、ありますね。どうかしたんですか?」
「行くな」

うっかり、あんぐりとして先輩の顔を見つめた。行きたくない、とかならわかるけどいきなり行くな、とは。その飲み会に何かあるのだろうか、居酒屋に爆弾でも仕掛けられてるのか、それなら部署のみんな危ないぞ…!?あわわわわ、としながら理由を聞けば視線をそらされた。

「…とにかく、行くな」
「え、いや待って下さい。隕石とか落ちるとかではないんですか?」
「それならとっくに避難してる」
「それもそうですね…。それなら私余計そんなドタキャンなんて出来ませんよ。今回は新入社員の功労会でもありますし」

そう言っても、先輩はいい顔をしない。飲み会がダメな理由ってなんだ?私、そんなに酒癖悪いかな?

「…そこまで酒強くないんだ。行ったところで吐いて終わるだろ」
「はいてっ…!?いや先輩、私自慢ですけど飲み会いって吐いたことないですよ」
「自慢なのか」
「自慢です」

というか、私結構酒強いぞ?ぶっちゃけ先輩よか強いと思う。いや、宅飲みしてる時に先輩がペース抑えてるならアレだけど。

「行ってどうする」
「いや、あの、逆に何でそんな飲み会ダメなんです?何か理由あるならちゃんと聞きます」
「……」

思案するように、先輩が視線を下にする。先輩の言葉を待ったけれど、なかなか口に音が乗ることは無かった。結局、暫く待った末に出た言葉は

「…今の話、忘れろ」

だったのだ。
……………忘れられたら苦労しませんよ!!!



:::




「え、それでこの飲み会出てんの?」
「だって忘れろって言うから」
「うーわー」

長机の端っこの方に座りながら、ぐい、と焼酎を煽る。仕事終わりの1杯はたまりませんな〜特に日本酒な〜ビールも好きだけどな〜!
畳の広々としたこの部屋は、もう飲み会の雰囲気であちこちで出来上がった酔っぱらいが騒がしくしていた。
結局、外回りから戻るまでの間先輩は私に何も言わなかった。だから私は悩んだ末、この飲み会に出ることにしたのだ。結構楽しみにしてたし。というか、ここのつまみめちゃくちゃうまい。隣の加州は、私の話を聞きながらどんどんその顔を歪めていった。こらこら、可愛い顔が台無しだよ。

「信じらんないわ…俺だったら殴るね」
「誰を?」
「んーいや、この場合は…まぁ、アンタを」
「私を!?」

マジかよ私殴られんの?それは嫌だなぁと思っても、加州はもう何も言わず可愛い名前の酒をぐいっと煽っていた。私も、そういう可愛い名前の酒頼めるような女子力が欲しかった。

「ま、先輩も男なんだよってことね」
「? 当然じゃん。何言ってんのさ」
「はいはい、そういう所ね。俺しーらない」
「待って待って見捨てないで私じゃもうわかんないのお願いぃ」

トイレにと立ち上がりかけた加州の腰にしがみついて、どうにかそれを止めようとするけど、無慈悲なり加州清光。私に背を向けて、トイレへと向かってしまった。

「信じらんないわ………」

机に突っ伏しながら、先輩の言葉を考える。だけど飲み会に行くなって、どう頑張っても理由がわからないのだ。何か仕事が残ってるわけではないし、酒が嫌いなわけでもない。
でも、私がこうして飲み会に行くことで何かしら先輩を苦しめてるなら、もう二度と行かなくてもいいとは思う。別に、酒などどこでも飲める。ただ、それが大人数かどうか、それから金がかかるか、かからないか、それくらいの事だ。人数は些事だが、金は大事である。酒飲み放題で、このおつまみ。出来れば次も来たい。ぶっちゃけ先輩にも悪くない飲み会だと思うんだけど。
チラリとちょうど対角線上に居る先輩に視線を向ける。温和でとてつもないイケメンの課長と、先輩が並んで座っている。それだけで目の保養だ。イケメンパウダーが見える。
私達は隠してるわけではないけど、そんな人に言う必要も無い、自然とわかるだろ的な感じで特に誰かに付き合ってることを言ってない。加州は別。だから先輩の周りには、まだ気づいていない女子がたくさんいる。先輩はともかく、課長は既婚者だぞ〜指輪見えるだろ〜めちゃくちゃ可愛い嫁さんおるぞ〜!

「はぁ…………」

なんだか虚しくなった。先輩の嫌がる事なんて一つもしたくない。でもダメな私は、それが何なのかすらわからないのだ。

「………死にたい………」
「いや、それは止めた方がいいよ」

は!と慌てて上半身を上げれば、隣に柔らかく笑っている人がいた。
たしか、2つ?いや1つ?位上の先輩だ。この飲み会の幹事で、誰とでもそつなく話す感じの人。そこそこかっこいい。でも先輩には敵わない。なんでこの人、私の隣で座ってるんだ?とぼんやりと思う。どうやら私の中には結構酒が入っているらしい。そりゃそうだ、果たして私は何本飲んだのか。明日の二日酔いが恐ろしい。

「楽しんでる?飲んでは…いるね。気分悪かったら先に帰る?」
「あ、いえ大丈夫です。ぜんぜん。ありがとうございます」

この人、私に気を使って話しかけてくれたのか。優しい人だなぁ。でも人見知りコミュ障にはレベル高いなぁ。

「大分前から気になってはいたんだ。もう皆大分出来上がったし、幹事はちょっとゆっくりしようかなって」
「それは…大変ですね」

慣れない人と話すのつらい、と思っても口に出さないのが社会人のマナーである。正直、今帰りたくなってきた。というか加州早く帰ってこい。

「うん、そう。だからここで休憩しようかなってね」

ここかよ!盛大なツッコミを入れたくなるのを抑えて、はは、と笑う。

「でも話したいって思ってたんだよ。君って可愛いじゃん。色んな男が狙ってるからさ」
「まじですか、それは初耳ですね」
「いやほんとほんと。そうは言っても俺も狙ってるうちの1人だったりするんだけどさ」

唐突に隣の人が距離を縮めてくる。ひ、ひぃ。近いよぉ。肩と肩がぶつかっている。怖い怖いと距離を開けるけど、私が机の端っこに座ってるから、それ以上は行けなくなる。これほど端を恨んだ日は無い。

「ねぇ……彼氏とか、いる?」
「ひぃ!!いる、いるいるいます!!だからやめてください!!」

近い近い近い。そういうのはもっとカワイイ子とやってください。ていうか本当に勘弁して!!
まるで耳元で吹きかける様に囁かれた言葉に、ぞわぞわっとして咄嗟に変な声が上がる。

「本当に?この会社かなり帰りが遅くなったりするじゃん?彼氏持ちの子は皆デートを理由に帰るけどさ、君は帰らないじゃん」

そりゃあ彼氏もその会社で長い会議やってっからな!!!!この人ほんとなんなの、やめろや!もう帰ろう、すぐ帰ろう、今すぐ帰ろうと、男の人を睨んだ時だった。

「………何してる?」

低くて、地面を這うような声。男の人から「あ」と間抜けな声が上がる。そこには、大倶利伽羅先輩が立っていた。

「帰るぞ」

ぐいっと手首を引っ張られて立ち上がらせられる。慌てて携帯とバッグを持つが、ここまで怒ってる先輩を見るのは初めてで正直、声が出ない。
私が立ち上がったのを見て、先輩が男を冷たく見下ろした。

「コイツに近づくな…殺すぞ」

余りの気迫に頷くだけの男の人を他所に、先輩はずかずかと居酒屋を出ていく。加州に帰るって伝えてない、そもそも先輩方にもお先に失礼しますも何も言ってない。でも、それよりも、強く握られた手首が痛くて、泣きたくなった。



:::




「っ、うわ!」

結局、先輩は家に着くまで一言も何も言わず、ひたすらに私の手首を掴んで歩いた。そして、今は先輩の方の部屋のベッドの上だ。私の部屋並に慣れ親しんだ部屋だけど、今は全く落ち着けない。
ギシリとスプリンクを鳴らして先輩が私に覆いかぶさる。そのまま噛み付くように唇を食われて、アルコールと酔いですぐに頭がふやけてくる。

「ふ、ぅっ…あ…」
「っ…」

どれくらいキスをしていたのか。口周りは気付くとベタベタで。スルリと先輩の指が、私の下に伸びる。咄嗟に腕で止めるけれど、先輩は一言も発さずに、濡れた蜜壷を下着越しに刺激した。

「っ、せ、ぱ…や…!!」
「いや、じゃ、ないだろう。濡れてる」

カッと頭が熱くなる。じわじわと涙が貯まるのがわかった。嫌なのはこの行為じゃなくて、この行為に至る先輩の気持ちなのに。どうにか涙を堪えて、言葉を吐き出す。

「なにを、怒ってるんですか…!さっきの、男の人、ですか…!?言ってください、全部、言わなきゃ私バカだから、わかんないよ…!!!」

あぁ、だめだ。泣いてしまう。泣いて困らせるみたいな、面倒な女になんてなりたくないのに。なんで、こんなにも私はうまくいかないのだろう。腕で顔を隠しながら、ポロポロと止まらなくなった目を隠す。

「のみ、飲み会だって、先輩が嫌なら行かない!でも、なんで嫌なのかとか、わかんないじゃん、もやもやした気持ちじゃ、嫌だ。なのに先輩何も言ってくれないし、いきなり怒るし、そんなんじゃ、何もわかんないよ!!」

ひっく、としゃっくりをしながら絶え絶えに言葉を出す。敬語なんてどこか言った。酒の勢いって怖い。でも言いたいことを言ってわりとすっきりしているのもまた事実だ。酒の勢いって怖い。
先輩が、私の腕に触れる。そろりと、指紋すら付けるのを怖がるようなそんな触り方。ゆっくりと腕をどかして見ると、先輩の泣きそうな、笑ってるような、何とも言えない顔が見えた。

「…悪かった」
「…」
「飲み会には、さっきみたいなやつがいるだろう。だから、行かせたくなかった」
「言ってくれれば…」
「俺のわがままだ。そんな事で我慢させたくない」

なんて優しい声で謝る人だろうと思った。そんな風に言われたら許すも何もなくなってしまうじゃないか。するりと頬を撫でられる。それがあんまりにも柔らかくて、笑った拍子に1粒だけ涙が溢れた。

「別に。それくらいどってことないですよ。全部受け止めますから」
「…心強いな」
「あれ?知りませんでしたか。女ってのは強いんですよ」
「あぁ、そうだったな」

ぽすんと先輩が私に乗りかかりつつ、ベッドで横になる。整った顔がさっきよりも遠いけれど、綺麗に見えてかっこいいなぁとぼんやりと思った。私の頬を触りながら、先輩が口を開く。

「お前の周りにいる男には全て警戒しろ」
「それは…結構大変ですね?」
「当然だ。さっきの男も、場所が場所なら斬っていた」

「またまた〜」と笑う事が出来ずどこか乾いた笑いが零れる。斬るなんて、今どき言わないだろうけど、なんとなくしっくり来てしまった。

「……俺以外の男と、話すな」

ぎゅう、と抱きしめながら呟かれた言葉に途端に胸が掴まれる感覚がした。それから、嬉しいなぁ、好きだなぁ、とも。背中に腕を伸ばして、あやす様にする。

「先輩以外の男と話さないのは難しいかもしれませんけど、それでも気を付けます。大丈夫です、私は先輩以外の男なんて目に入ってませんから」

先輩に首ったけですよ。そう言えばより強く抱きしめられて、少し苦しい位だった。でもそれがどこか心地よくて、私は小さく笑った。
唐突に、視界が反転して先輩の顔が上に来る。その先には天井。あぁ、組み敷かれてるんだ、と気付いた時にはもう顔が近づいていた。

「っ、ふ…ん…」
「………おい」

ぺろ、と口についた唾液を舐める先輩の仕草に何とも言えない官能っぽさを感じていると、先輩が優しく私の頭に触れた。

「…いいか?」

なにを、なんて聞かないところが先輩らしい。小さく笑いながら、腕を伸ばして先輩の首に絡めた。

「いいですよ、いつでも」

近づく唇に、私は自然と瞼を閉じた。


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