被害妄想注意報2 | ナノ







その夜の第二陣の出陣は荒れに荒れた。検非違使がついに三条大橋に現れたのだ。以前の報告からそろそろ出るだろうと思っていたため、焦ることはなく対処できた。だが、問題はその検非違使が連戦で来たことだ。
高速槍が何本もいたことで、結果として全く進めないまま、撤退となった。

部隊が帰ってきた時には、本丸の中はほぼほぼ戦争状態だった。
4つ分の手入れ部屋しか最大で開放できないため、残った2人がどうしても苦しむ時間が長くなる。先にケガの深い者から入れたかったのに、それを何よりも最も傷の深い大倶利伽羅が拒否した。そして、あろうことか短刀を手入れ部屋に入れてしまったのだ。もうこれ以上なにかしたら折れるという寸前まで来ている大倶利伽羅に、私は必死だった。

「いい加減にして!貴方が折れたらその穴を誰が埋めるの!7年一緒にいた大倶利伽羅は貴方でしょ!?馴れ合うとか馴れ合わないとか今更そんなこと言ってんじゃないわよ!勝手なことしないで大人しく手入れ受けろバカ!!」

よくまぁそんなことを言えた。あの夕餉を作っていた時の絶望はどこへ行ったのか。火事場の馬鹿力というやつだろう。少し違うか。とにかく必死だった。彼が折れないようにひたすらに叫んでいたのだ。
そこから先は正直あんまり覚えていない。短刀達の怪我を手伝い札で治して、その後に大倶利伽羅も手伝い札で速攻直したのだ。
それでも空腹や疲労なんかは手入れ部屋では治せないため、なんやかんやで本丸全員分の夜食を作り風呂に入れ、手入れ部屋と厨の掃除をすれば、気づけば空が白んでいた。
それを見て、こんな修羅場は久しぶりだったなぁなんて、眠気と疲れで朦朧とした頭で思った。
後はもう自分の部屋で寝ればいいだけだ。だが、正直明日起きられる自信がない。このまま起きてた方がいいかもしれない。縁側で少しお茶でもしようかななんて、もうこの時点でまともな判断が出来なくなっていた。

「…大倶利伽羅?」

だから、私の部屋の前で大倶利伽羅がいるなんてどうにも現実だと思えなかったのだ。

声をかけると、大倶利伽羅は縁側に座っていたのを立ち上がりながら、ゆらりと首をこちらに向けた。

「もうけがはへいき…?」

だめだ、今瞼を閉じたら寝る。速攻で寝る。ただでさえ今日ーいやもう昨日かーはなかなか心労が大きかったのだ、疲れも半端じゃない。
度々夢と現実を行き来しながら飛んでいく意識の中で、大倶利伽羅が何かを喋る。だがそれを理解するよりも早く、その言葉は右から左へと流れていってしまう。
わざわざこんな時間に来てるのだ。なにか重要な話に違いないのに。眠い、ひたすらに眠い。そもそも大倶利伽羅、私のこと嫌いなんだよな…?なんでここに来てるんだ?あれ、ていうかこれなんだ、現実かな?うん?夢か?

「……おおくりから」

夢現のなか、名を呼べば誰かが私の腕を掴んだ。いや、この場にいる誰かなんて大倶利伽羅しからいないのだけれど。

「…ごめん…………」

何故か息を飲む音が聞こえた気がした。

「………ねむぃ…………………」

そのまま私の意識はどぷりと沼に沈んだ。



:::



誰かの声がして、ゆっくりと意識が浮上した。焦点の合わない視界の中、黒い誰かと白い誰かが忙しなく動いている。それをもう一人の黒い誰かが静かに見ている。
私の視線が伝わったのか、その黒い誰かは私の方を向いた。いやに、優しい視線だった。

「目が覚めたか」

あぁ、この声は大倶利伽羅だ。優しい大倶利伽羅。私の大好きな大倶利伽羅。私の事が嫌いな大倶利伽羅。
ていうことはこれは夢か。大倶利伽羅のこんな優しい視線。うん、確実に夢だな。
そう思うと、なんて優しくて虚しい夢なんだと目頭が一気に熱くなって抑える術もなく、目から涙を溢れされる。
こんなの、現実に行ったら悲しくなるだけじゃないか。どうせならイメージトレーニングをさせてほしいのに。
どうやら夢の中の彼は私を嫌っていないらしく、私の涙を見て慌てながらも親指の腹で涙を拭ってくれる。

「…優しいね、大倶利伽羅」
「………アンタにだけだ」

あぁ、本当になんて優しい夢。もう逆に起きたい。嫌だ、こんな夢嫌だ。悲しい。
止まらなくなった涙は、止めどなく彼の指を濡らしていく。

「ごめんね、大倶利伽羅」
「…何を謝っている」

夢の中ならば別に何言ったっていいだろう。これが私のしたいことをしてくれる夢ならば、きっと彼は私の望む言葉をくれる。こんな事に利用してごめんね、夢の中の大倶利伽羅。

「私、貴方を手放せない。貴方が私を、嫌ってるってわかってるのに、ごめん、ごめんね。貴方がいい、貴方じゃなきゃ嫌なの」

大倶利伽羅が息を呑んだ気がして、嫌にリアルな夢だなぁってぼやける頭の中で思う。

「じゃあ私が居なくなればいいって思った、でもそれも嫌なの。私、ここが好き。皆がいて大倶利伽羅がいるここが好き。だから、だからっ…ここも貴方も手放せない…最悪でわがままな主で、本当にごめんね………」

どこまで謝っても「好き」とは言えなかった。夢の中でも言うなと囁く理性が、ギリギリ勝ち取ったのだ。ボロボロと溢れる涙は止まらない。両手で自分の目を抑えても、意味などなかった。
大倶利伽羅は何も言わない。夢だというのに、思ったように動いてくれないなんて。でも、もう言いたいことも言ったし、眠くなってきたしいいかな、なんて。きっとこれで眠れば現実で目が覚めるのかな、なんて。

「……夢でも、寡黙なんだね。大倶利伽羅」

そう告げてそっと目を閉じる。なんだか床がぐるぐるする。おかしい。気持ち悪い。まるで竜巻にでも巻き込まれたかのようにぐるぐる揺れる頭の中で、私は再び微睡みの世界に入った。



:::




ふわりと意識が浮上した時、頭はスッキリとしてすんなり目を開けた。
どれくらい寝ていたか知らないが、体を伸ばすとバキバキと骨が鳴った気がする。これは、丸一日寝ていたということも有り得る。なんだか色んな夢を見たような、見てないような。ぼやぼやして思い出せない。まぁ、夢なんてそんなものだ。

どうやら自室の布団に誰かが寝かしてくれていたらしい。布団から出て、襖を開けて私は絶望した。

「よ、夜………!?」

空の上に高々と月が登っていたのだ。空が白んでいた辺りの時間で寝た記憶はある。ということは恐らく、そこからほぼ丸一日寝ていた。信じられない。幾ら手入れだとかなんだとかがあったとしても、そこまで疲れていたなんて。
寝すぎて逆に頭が痛い。だからといって、再び寝るのは当然無理だ。もう目は爛々としている。とりあえず広間にでも行ったら誰かいるだろう、と足を向けて、

「起きたか」

止まった。
ちょうどこの部屋に向かってくる形で、大倶利伽羅と対面したのだ。大倶利伽羅の腕の中には、桶とその中から濡れたタオルが見えて、確実に私の看病用とわかる。何も言えずにいると、向こうが先に口を開いた。

「熱は」
「…え?私熱あったの?」

単純に驚いてしまう。私としては寝て起きたらこの時間だったので、熱があったなど青天の霹靂だ。

「2日ほど寝ていた」
「…………マジ?」
「マジだ」

え、じゃあ私これすっごい久しぶりに目を開けたってこと?よく生きてたな…。意識ないってよっぽどだろ…。

「まだ寝ていろ」
「え、いや、でも仕事とか」
「寝ていろ」
「…………はい」

渋々と部屋に戻ると、当たり前のように大倶利伽羅も部屋に入ってきた。もそもそと布団に入れば、彼が布団を被せてくれる。ていうか、もしかして熱の間彼が看病してくれていたのだろうか。
………それ、は、本当に嬉しい。考えると心がふんわりと満たされるのがわかる。けれどそれ以上に申し訳なさでいっぱいになる。嫌いな相手の看病など、拷問だろう。

「ごめんね大倶利伽羅」
「…何がだ」
「すごい迷惑かけちゃって。看病もしてくれたんでしょ?私ならもう大丈夫だよ、戻っても…」
「ダメだ」

そ、即答ですか。もしかして、皆私の看病嫌がってくじで大倶利伽羅になったとか、そんな感じだろうか。それは、いろんな意味で泣ける。

「…泣くだろう」
「え?」
「アンタを一人にしておくと、泣くだろう」

そ、そうなの?
自分でも知らない情報に驚きである。というか、それはつまり泣いた姿を彼に見られたという事か。己の意識のないところでそんなことが。審神者歴7年、一度もないた所を見られなかった私がついに。しかも、一番見られたくなかった相手に…!!
「…俺は」
ぽつりと呟かれた言葉は、今にも消えそうで、その表情は苦しくて辛そうで。あぁ、そうだ嫌われてるんだ、って一気に現実が押し寄せる。

「アンタを嫌ってなんかない」

押し寄せた現実を全て弾き返す勢いで、私の思考が止まる。

「……………………嘘」
「嘘じゃない」

なんでとか、どうしてとか、尋ねるべき言葉はたくさんあるのに、どうにか呟けた言葉は一言で、しかもすぐさま否定された。でもそんなこと言ったって、その表情は。

「苦しそうな表情で、そんな嘘言わないで」
「それは、」

本当に大倶利伽羅は優しい。馴れ合わないと言いながらも、相手の事を心底思える彼が大好きだ。否、大好き、だった。私のための優しさが嘘だとわかってるからこそ、涙を堪えて笑顔を作る。

「いいんだよ大倶利伽羅、そんな私に気を使わなくたって」
「違う」

またも速攻で否定された言葉に、一瞬涙も引っ込んでぱちりとしてしまった。

「アンタの事を嫌ってなんかいない」

再びまっすぐに告げられた言葉に、心がざわめきだつ。やめて、そんなこと言われたらせっかく捨てた気持ちが浮かんできてしまう。重りが外れてしまう。

「俺のこの表情は、常にこんなものだろう…」
「う、うそだよ。だってすごい辛くて、苦しそうだもん」
「それは、目の前にアンタがいるからだ」

それってつまり、やっぱり私が嫌いだって事じゃないのか。
イマイチ言葉が伝わらず首を捻れば、大倶利伽羅が深いため息をついた。そして私の上半身をゆっくりと起こさせて、彼自身も体制を整える。何が何だかわからずも、わたし自身も釣られて姿勢を正す。

「…―これを口にする日はないと思っていた」

一瞬だけ目を伏せて、すぐに私の方を向く。その厳しげな視線に、不覚にも私の心臓が高鳴ったのを感じて、死にたくなった。捨てたばかりの想いが、少しずつ確実に浮かんできてるのを感じる。

「アンタが、好きだ」
「……―――――え?」
「アンタに懸想している。身分違いだとはわかっているが、それでも」
「ま、ままま、待って!!」

慌てて大倶利伽羅の口を、自分の掌で抑える。
これは、これはどうにも予想外だ。だって、こんな事考えたこともなかった。今、目の前の刀はなんて言った?
私の事を好き?誰が?大倶利伽羅が?理解していくうちにボンボンボンと赤くなっていく顔と、これは嘘に違いないと囁く理性がせめぎ合う。
だめだ、違う、これはきっと罰ゲームかなにかなんだ。無理矢理言わされたみたいな。じゃないとこんな都合のいいことあるわけない。

「言っておくが、罰ゲームなんぞではないからな」
「…うそ、違うの?」

逆になぜ私の考えがわかったのか。そうツッコミたかったのに「アンタと結構長い間いるからな」なんて言いながら、口を塞いでいた腕を捉えられる。

「だ、だって、大倶利伽羅いっつも嫌な、嫌な顔してたじゃない」

せめてもの抵抗と、理性がストップをかける。だって、こんなに嬉しいことない。ないけれど、その分これが全て嘘だった場合、きっと私は耐えられない。あくまでも自分本位で、己が大事過ぎて嫌になる。両手首を掴まれてほぼ万歳に近い状態で顔を晒されれば、泣き顔を隠すことすらできない。
大倶利伽羅は1つため息をついた。

「…さっきも言ったが、アンタといるからだ」

それだけ言うと耳の近くに口を近付けて、周りに誰もいないのにまるで内緒話でもするように小声で囁いた。

「好きな奴が隣にいて、普通な顔をしていられる男などいない」

これは、やっぱり私に都合のいい夢か何かじゃないだろうか。こんな嬉しいことあったら私は、明日にも死んでしまうのかもしれない。

「………うそだよ……」

未だに信じられない私に、大倶利伽羅は掴んでいた腕を離して懐から何かを取り出した。小さな袋を私に渡すと、開けろと促す。
包装を破かないように丁寧に開けると、そこに入っていたのは櫛だった。

「…これって」
「…男が、女に櫛を送る意味、わかるか」

こくこくと縦に頷く。もう、言葉が出なかった。どくどくと、いやに心臓がうるさい。

「もしかして、さっきの街で一瞬居なくなったのって」
「これを買いに行っていた」

改めて、大倶利伽羅がこちらを向く。その視線も表情も、苦しくて辛そうなのにもう、そんなこと気にならない。本当に、我ながら現金な事だ。

「俺の、嫁になって欲しい」
「っ………喜んで!!!!」

ぶわりと涙を溢れさせて、大倶利伽羅に飛びついた。ぐらつきもせず私を支えた大倶利伽羅は、慣れない手つきで私の背に腕を回すと、優しく頭を撫でてくれた。

「ありがとう、大倶利伽羅、大好き…!!」
「…………あぁ、俺もだ…」

ぽろぽろと溢れる涙を止めることもせず、私はその抱擁を受けた。



おまけ


「いや、本当に大変だったんだよ。くりちゃんもう我慢の限界でさ、僕にやたら肩パンしてくるから痛くて痛くて。こないだの昼時だってやたら深刻な顔しながら僕の肩叩いてくるんだもん。肩外れるかと思ったよ」
「だから何かあったかって私に聞いていたの」
「そう。そもそも主だってくりちゃんだってわかりやすすぎるのにお互いに気付かないからさ。僕とんでもなくもだもだしてたんだよ!その上、主が熱出て夢現の中なのにくりちゃんがとんでもなく喜ぶこと言うもんだからあのあと桜が凄く散ってね。主の部屋で飛ばすわけにはいかないからって、部屋から追い出して。そしたら僕の部屋で桜飛ばすんだもの。びっくりしたよ」
「おい光忠」
「あぁ、そうだ。お赤飯はいつかな?その日は僕が夕餉作るから言ってね!かっこよく振舞うよ」
「かっこいい赤飯とは」
「でもその日は早めに教えて欲しいな。くりちゃんに教える事結構あるから」
「光忠おまえ」
「僕の肩の痛み、わかった方がいい」
「………………悪かった」
「でもくりちゃんの目つき悪くて修羅場ったなんて、笑い話にもならないね!」
「いや、それは私が悪くて」
「あぁ、早く二人の子供見たいな。初夜はいつだい?」
「おい誰かこの光忠つまみ出せ。相当酔ってるぞ」

光忠さんは単純に二人がデキた事を祝福したいだけです。


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