そうだお祭り行こう | ナノ



政府から届いた物は、私の元の世界では良く見かけるだけのものだった。しかし、確実に娯楽としか思えなかったそれをどうしようかと首をひねる。そもそも皆が喜ぶのかどうかもわからない。うぅーん、とうなっても、すぐにお昼のために近侍に呼ばれてしまえば、この事など頭の隅に追いやってしまった。



:::




「あっるじーー!」

開かれた襖から、勢い良く飛び込んできて背中に飛び乗ってきた塊に、思わずうめく。
昼過ぎ、来週に控えた審神者会議で使う書類に目を通していただけの為、炭が飛ぶなどという失態は起こさない。というより、そのタイミングを狙ってくるのだ、この子は。

「乱ちゃん、まだ仕事中だよ」
「もうほとんど終わってるの知ってるよ。さっき話してるの聞いたもん」

本当に抜け目がない。他の刀剣の手前、一度は注意するという私の事をよくわかっている。何といってもこの子は常習犯だ。ちょうど仕事が終わる頃、または集中力が切れる頃、こうして執務室にやってきては、遊んで一通り満足したら帰っていく。たまに帰らないときもあるが、そう言った時は優秀な近侍が無言で首根っこを掴んでいってくれるのだ。
他の短刀達も必ず1日に1回は執務室に遊びに来る。だがそれは大抵乱が来てからだ。恐らく、乱がこちらの良いタイミングを計り、その後良いと思ったら他の短刀達が来るのだろう。

「あるじーー!いまおひまですか?」
「主君、何かお手伝いすることはございますか」
「あ、主様…入ってもいいですか?」
「よう、大将。すすんでるか?」

今日は数が少ない。そう思ってからすぐに皆七夕の準備か、と納得する。明日に七夕を控えたこの本丸は、朝から鶴丸の笑い声がこだましている。そこから長谷部の怒号や、一期の名前を呼ぶ声、他にも絶え間なく皆の声で響いていた。
本当は私もお手伝いしたかったのだが、私には仕事が残っているし、どうせ明日は皆でお祭りに行く予定なのだ。そちらを楽しみに待とうと言う結論に至った。
他の短刀達は、恐らく七夕の飾り付けや買い物で忙しいのだろう。

「あれ主、これなに?」
「ん?」

乱の声と共に皆でそちらを向けば、私の机の下に無造作にほっぽかれた雑誌が目に入った。
私の机はちゃぶ台を四角にしただけの簡素なものだ。それを壁際に置いているものだから、壁にはたくさんの予定が書かれた紙が画鋲で止まっている。そのうち片さなきゃとは思うのだが、何分暇がないのだ。お陰で机の下も汚い汚い。
そんなわけで汚い机のせいですっかり忘れていたが、そういえば政府から雑誌が届いていたな、といつかのぼんやりとした記憶を思い出す。

「それね、浴衣の雑誌。今からでも注文できるから何か欲しいのがあったら明日のお祭り用に頼んでいいよ」

告げた途端、短刀達の目が変わる。面白いものを見つけた時の、戦に行く直前の瞳だ。
こういうのを見る度に、どれほど見目が幼かろうと彼らは刀なのだと納得する。

「あるじ!いわとおしよんできていいですか?ふたりでえらびたいです!」
「僕コレがいい!本当に選んでいいの?」
「えっ…な、なんでもいいんですか?」
「しゅ、主君。私も選んでいいのですか」
「大将、ほかの旦那達も呼んできていいか?きっと皆見たいと思うぜ」

矢継ぎ早に聞かれ、とりあえず全部にいいよ、と答えれば、歓声と共に皆が部屋から出ていく。それを見て、すぐに奥から予備の雑誌を取り出す。確か、刀剣男士の数が多い所用に多めにこの雑誌は送られていた。

遠くから大人数のざわめきが聞こえてきて、たまたま前を通りがかった清光に持っていた雑誌を全て渡す。

「これ皆で回して読んで。清ちゃんも好きな浴衣選んでいいからね」
「え!いいの?本当に?」

変なところで自信のない彼に頭を撫でて肯定すれば、ぱぁ、と顔を輝かせてから廊下を駆けていく。
それを見送ってから、仕事仕事、と部屋に戻る。明日が祭りだろうが何だろうが、仕事の期限は待ってくれないのだ。辛い。

「おい」

よっこいせ、とオヤジのような掛け声で座椅子に座り直せば、今までずっと声を発することのなかった近侍がこちらを呼ぶ。
持っていた書類を机に置き、振り返れば、向こうも向こうで手伝ってくれていた書類を置いて、こちらを向いていた。
咄嗟に、珍しい、と思う。
私の書類整理の下手さを見るに見かねて助けてくれた、というより手伝わざるを得ない状況にしたというのが正しいか。
私が審神者になって3振り目に来たのが彼だった。始まったばかりの本丸は、資材は足りないし手伝い札も無いし、刀装を作る事も出来ない状況に陥った。だというのに書類は貯まる一方で、毎日が戦争とはこのことかと身を持って知ったのだ。
そして遂に私が過労でぶっ倒れた。しかも、審神者会議で。ただの貧血で、少しだけクラっと来ただけだったのだが、大事を取って本丸に帰されるという大事になってしまった。
あの時の状況を当時近侍だった清光は、未だに二人っきりの時に涙混じりに話す。本当にやめて、と彼が人前で泣いたのは、あれが最初で最後だ。
そして、た本丸に戻れば今度はなんと大倶利伽羅に怒られた。軽く、本当に軽くだが頬を叩かれた。呆然とした後、すぐに彼から、いい加減にしろ、頼れ。とだけ告げられたのだ。
今思えばアレが彼なりの優しさだったのだが、当時の私は怒られたのと叩かれたので軽くパニックを起こし、ひたすら泣いてごめんなさいと言うしかできなかった。
だが、それ以来、私は多くの刀剣男士に手伝ってもらうことになった。彼らには戦と内番以外にも書類さえも度々手を貸してもらっている。本当に頭が上がらない。
それ以来、大倶利伽羅は度々執務室に来ては勝手に書類を手伝ってくれる。もちろんこちらから頼むこともあるが、自然と来てくれるのだ。
これは最近わかったことだが、どうやら私は人に頼るのが苦手らしい。何よりもまず申し訳なさが勝る。そんな私としては、勝手に来て仕事を手伝ってくれるのは非常に有難い。
そんなわけで、こちらの仕事内容をほぼ把握している彼が、仕事の手を止めてこうして話してくるのは非常に珍しい。何よりもまず仕事を先にこなせ、と彼はよく言う。そうしなければ寝れないからだ。そんな彼がわざわざこうして口を開いてくるなんて、何か重要な話だろうかと身構える。

「お前も明日、祭りに行くんだろう」

身構えたのだけれど。
あまりの拍子抜けの内容に、思わず反応が遅れた。一拍置いてからようやく首肯する。

「…浴衣、見てこなくていいのか」

そこで、ようやく彼の優しさに気がつく。
祭りに行くのに、浴衣を見てこなくていいのか。
口元が自然とにやけるのをごまかすために、声を上げて笑う。こういう所が私は大好きだった。すごく優しい心を持つのに、頑なにそうは認めない。だというのに、彼自身無意識のうちに優しさを周りにふりまいている。それはあまりにもさりげなさ過ぎて、気づきにくいことが多いけれど、そんな暖かい優しさと、それを持つ彼が好きだった。

「大丈夫だよ、祭りに行くって言ってもそんなずっと居るわけじゃないし。皆をお祭りの場所まで送ったら後は帰ってくるから」

お祭りは、本丸の外で行われる。政府が用意したバーチャルの祭りの様なもので、他の刀剣達もこぞって来る。同じ顔の刀剣男士達が、皆お祭りを楽しむというのはどうにも奇妙な感覚に陥りそうだと思ったが、さすが政府。最高レベルの科学を駆使して、自分達の本丸以外の刀剣男士達は、ただの一般人にしか見えないというすごい機能を作り出した。これにより、祭りのざわめき感やあの高揚感をより表すんだとか。なぜベストを尽くしたのか。いや楽しいからいいんだけども。
そんなわけで、政府直属のお祭りである為安全は保障されている。もちろん絶対なんてことはないので、全員に帯刀してもらうが、それでも楽しんでもらいたい。
だからこそ、気心知れた刀剣達皆で遊んできてもらいたいのだ。逆に審神者がいたら気を遣うだろうし。そのため、私は皆をお祭りの場所まで送ったら、イカでも買ってから帰ろうと決めていた。それだけのために浴衣なんていらないだろうというのが、私の考えだ。
だが、質問をしてきた相手はそれでは満足しなかったらしい。眉間にシワをよせ、小さく舌打ちをした。

「今から選んで来い」

それだけ言うと、くるりと背を向けて仕事に戻ってしまった。
ここで、いや大丈夫、と強く言えなかったのは、私の心の中にどこか可愛い浴衣が着たい、と思う気持ちがあったからだ。学生の時に着て以来、色々あってなんやかんや浴衣どころかお祭りも久しぶりだ。事実、そんなに長くいないと決めているとはいえ、相当楽しみにしている私がいるのには気づいてた。
まるでそれを見透かされた様な気がして、足元からじわじわと恥ずかしさが上ってくる。
なかなか行かない私を訝しんだのか、再び大倶利伽羅が振り返る。手には私があげたボールペンが握られたままだ。

「…桃色にしろ」

そして、今度こそ、書類と向き合って仕事を始めた。
一方私はというと、浴衣を欲しがるなんて子供のような事がバレていたことと、それだけで相当恥ずかしかったというのに、彼が色を指定してきた事が馬鹿みたいに嬉しい。色を指定してくるという事は、彼も祭りに行くのだろうかとか、明日少しだけおめかししようか、とか考えてる秒で考えた自分が嫌だった。
そんなこんなでいっぱいいっぱいになり、気づいた時にはあっという間に部屋を飛び出していた。

廊下で雑誌を見ていた安定と清光を見つけ、清光の背中にしがみついて顔を埋める。
恥ずかしい、埋まりたい、でも嬉しい。んん、なんだこれ忙しいっ…!

「どうしたの主、一緒に選ぶ?」
「ちょっとブス邪魔だよ。主も浴衣着るの?一番似合うの選んであげる」

ぎゅうぎゅうしがみつきながら、浴衣選ぶ、と伝えれば二人は顔を輝かして選び出してくれた。
他にも私に気が付いた子達がわらわらやってきて、なんだか騒がしくなってくる。

「主、何色がいい?」

清光に問われ、再び顔に熱が集まるのが分かりながら、桃色で、と応えるので精一杯だった。




:::




翌日の仕事はオールで休みにしておいた。ただでさえ、私の本丸は休みは無い。もちろん非番の日を週一で全員に入れているが、たまにはこういう日くらい全員で休みをとっても良いだろう。
その旨を昨日のうちに伝えておいたためか、皆朝から少しソワソワしている。

「じゃあ昨日伝えたとおり、今日は丸一日お休みです。お祭りは午後から行くからそれまでに仕度を終えといて。浴衣を頼んだ人で、まだ取りに来てない人は私の執務室にあるから取りに来てね」

はーい、と揃った返事を聞いて満足して部屋を後にする。
廊下から昨日準備した笹の葉が揺れている。キラキラと飾り付けされたそれは、美しい。後で私も願い事書こうかな、と思いながら執務室に向かった。

「あーるじ!見て見て!」

パタパタと軽やかな足音が聞こえてきて、廊下の方を向けば、フリルのついた浴衣に身を包んだ乱が立っていた。

「わ!すごい可愛い!やっぱ似合うねぇ」

まじまじと見れば見るほど本当に似合っている。
黒を基調とした生地に、華やかに添えられた花の刺繍。膝よりも上の丈しかないが、フリルがより一層鮮やかさを引き立てている。形としては今流行りのもの、という感じだろうか。髪型もいつもと違い、軽く上げている。ハーフアップだが、後ろで桃色の花が可愛く存在を見せている。
ていうか、完全に女の子物だが、まぁそこはいいだろう。

「すっごい可愛いよ、いいねいいね」

髪の毛を崩さないように頭を撫でれば、へにょ、と目尻を下げて笑った。可愛い。

「主は?まだ着替えないの?」

その言葉に思わず、うっ、となる。その隙を見逃さなかった乱は、私の手を掴んで立たせる。

「僕がおめかししてあげる!加州と一緒にうんと可愛くするから」
「いや、あのまだ仕事が」
「僕達が休んでるのに、主が休まなきゃこっちが休んでる気にならないよ!」

その通りです。
事実仕事はこの日の為に早め早めに終わらしておいたし、何よりも何故か昨日大倶利伽羅の仕事の早さがハンパじゃなかった。お陰で明日の分の仕事までほぼ無い位だ。
それでも、どうしても浴衣を着るのには抵抗があった。
その理由を告げられぬまま、手を引っ張られ私は部屋を出た。






:::






「ほらぁ!主、すっごい可愛いじゃん!!」
「やばい、これ本当やばい。主、めちゃくちゃ可愛い」

右から乱、左から加州のうちの本丸女子力ツートップに挟まれること、何時間だろうか。少なくともお腹の空き具合がハンパじゃないので、お昼は過ぎているだろう。
連れていかれた部屋には既に私の浴衣と、化粧道具一式が準備していた。なんで私のもあるのかと聞いたが、さっき自分達のを取るついでに取ったんだとか。気づかなかった、無念。
ちなみに清光も既に浴衣を着ているが、これまた似合う。男物の一般的な浴衣なのだが、内番よりも濃いめの赤のシンプルなものだ。彼のことだからもっと派手なのを選ぶかと思ったが、なんでも『こういうのも似合っちゃう俺って可愛いじゃん?』とのこと。うん、本当に可愛い。

「二人ともありがとう、でもやっぱりこの浴衣派手じゃないかなぁ」

もう着付けも化粧も終わった時点で、何度目かになる言葉を繰り返す。これがどうしても着たくなかった理由だ。
白地にピンクの花が散りばめられた浴衣は、乱のとは違いごく一般的な形である。帯は濃い目のピンク。ちなみに帯は自分のがあるし、頼まなくていいや、ということでなにもしなかったのだが、気付いたら頼まれてた。解せぬ。
とはいえ、私の年齢ではこんな若々しい柄のものを着ることはない為、非常に違和感がある。
私の年齢?企業秘密で。
髪も軽く上げられ、後ろで纏められている。普段はめんどくさがって下ろしているため、首がスースーして変な感じがした。
普段は全然しない化粧もしっかりと清光によって施され、最早別人レベルだ。清光いわく、ぜんっぜん薄いらしいが。

「もう、まだそんなこと言ってる!普段からオシャレすればいいのに!」
「そうだよ〜今度俺と買い物行こ!ね?」
「あぁ、そうだ。もう食料品足りないんだ。清ちゃん今度一緒に行こうか」

いぇーい。歓声を聞きつつ手を引っ張られて部屋を出る。もう皆の支度は終わっているらしいので、私のお昼兼夕飯は向こうで食べようと決めた。



「はぁい、お披露目〜!」

乱と清光に背中を押され、ほぼほぼ刀剣達が集まっている広間に出される。そこにいつもと違う装いの私がただ一人投げ出されてしまい、皆の視線を自然と集める。恥ずかしい、ひたすらに。
私が来た瞬間に、短刀達が集まってくる。粟田口の子等はいつも洋装だからいつもと違う感じがする。広間の奥には太刀や打刀もいる。皆こちらを見て思い思いの言葉を口にしているが、どれもこれも一様にほめる言葉の物だから、逆にいたたまれない。
しかし存外皆もなかなか衣装替えを楽しんでいるものがいるようで、普段洋式の人も、なかなか堂に入っているなぁと思う。

「あるじさま!すっごいすてきです!」
「へぇ、たまにはいいもんだな。似合ってるぜ大将」
「あ、主様!後で一緒にりんごあめ食べませんか…?」
「確かに主は胸が控えめだからな。こういった格好が似合う」
「ほらね!僕の言った通りだったでしょー!」

きゃあきゃあと短刀達から可愛い歓声を浴びつつ、更に周りをぐるぐる囲まれる。
ていうか可愛い言葉の間にセクハラ入ったぞ、誰が言ったかわかってるからね。
ふと広間の方を見れば、珍しく大倶利伽羅も来ていた。余り人の多い所を好まない彼は、こういった広間にも来ることは少ない。
彼はいつも通りの服装だが、お祭りには行くのだろうか。昨日の口ぶりから行くものだと勝手に思っていたけれど。
もし大倶利伽羅が行かないのであったら、わざわざ浴衣を着てこんなにおめかししてもらったのが無駄じゃないか?そう思った途端に恥ずかしくなる。だがそれもすぐに、短刀達のそろそろ行きたいという声にかき消された。

「じゃあそろそろお祭り行こっか」

時刻としてはおやつを過ぎたあたりの、お昼と夕方の間。
夕日が少しだけ眩しく感じた。




:::


「すごいすごい!人がいっぱいだねぇ」

ざわめきが辺りを満たす中、私のテンションはウナギ上りになる。バーチャルとはいえ、店を出している人は本物そっくりだ。もちろんものは買えるし食べれるので、後で絶対イカを買おうと思う。

「じゃあみんなー!遅くならないうちに帰ってきてね!」

まぁどうせ帰ってきても、本丸は残った組で宴の最中だろうから寝るのは相当遅くなるのだろうけど。
明日の仕事、ある程度終わらしといてよかったなぁと改めて思う。こういう事も見越しての昨日の仕事のスピードなら、我が本丸の近侍は余りにもできすぎだなと思う。それから、後でなにか奢ろうとも。
皆が散り散りになるのを見やってから、私も周りに目を向ける。多くの人ごみの中、一般人に見えるとはいえ、この周りの人は全部刀剣男士なんだと思うと変な感じがする。
そういえば私達審神者はどうなってるんだろう、人間をわざわざ別の人間に見えるようにするのだろうか。
まぁ、そんなことよりイカ探して帰ろう。

「ねぇ、そこの!」

腕をぐい、と引っ張られると同時に、道の端っこに寄せられる。慣れない浴衣に下駄のため、思わず転びかけるが、その引っ張った相手が優しく肩を掴んだため、そんな醜態を晒すとはなかった。

「やっぱり!以前演練で会った子だよね!」
「…あぁ!もしかしてこの間の?」

言いつつ頭の中で必死に記憶をかけめぐる。
いつだ、誰だ、この方はどこの誰だ。演練と言っていた、いつの演練だ。ここの近侍は誰だったか。
……ううん、だめだ、思い出せない。
だがきっと相手の口ぶりから演練で会っているのだ。いや、会っているということにしよう。
そもそも、演練の時、よっぽど何回か会ったりすれば連絡先を交換したり、多少お話したりするが、彼とはどう考えてもそういった絡みが無い様に思える。少なくとも連絡先は交換していない。それは相手にも言えることだというのに、よくもまぁ私の顔を覚えていたものだ。感心しつつ、上手く顔を作る。

「奇遇ですね。そちらも皆さん連れてですか?」
「うん、そう。皆楽しんじゃって」

そう言って相手は祭りの遠い目を向ける。と言っても私自身は全員ただの一般人にしか見えないのだが、きっと彼には彼の刀剣男士が見えているのだろう。
ついでに言うと、私の所の刀剣男士達はもう姿も見えない。一体どこまで行ったんだか。

「あ、ていうか、ごめん。ずっと腕握ってた」
「あぁ、いえ。お気になさらず」

あの場面じゃあ腕を掴まなきゃ、引き留めることも声をかけることもできなかっただろう。私じゃ気付くことも無かっただろうし。いや、本当に気づいたあなたすごいですよ。
というかそんなことより、腕を離してくれない。一つ前の会話でてっきり離してくれる物だと思っていたが、離してくれない。何故。

「あのさ」

え、会話続けんの?
驚き、繋がれていた腕を見ていた顔を上げれば、ばちりと目が合う。それからどこか気まずそうに頭を掻く。頬がどこか紅潮しているのを見て、あれ?と思う。

「このままちょっと出かけたりとか」
「おい」

私が握られている相手の腕を、浅黒いよく見知った倶利伽羅龍の腕が掴む。
首をそちらに向けると、腕の主がそこにいた。

「大倶利伽羅?」
「え、おおくりから?」

そういえば、目の前で素っ頓狂な声を上げた男性には、大倶利伽羅が一般の男性に見えているんだった。果たしてどのように見えてるのか、少し気になるところではある。
それよりも大倶利伽羅が、ぐ、と力を込めて相手の腕を私から離させる。久しぶりに自由になった腕は、変な感じがした。

「コイツは俺のだ」
「へ、」

手をグーパーしてどこも変な所はない事を確認しながら、大倶利伽羅お祭り来てたんだなぁ、とかぼんやり考えている最中の、突然の発言に思わず動きが止まる。ついでに息も止まった。
握られていなかった方の手を、今度は大倶利伽羅が握る。するりと自然と結ばれた手が、一気に熱を持った。正直、その前の言葉も非常に気になるが、そこまで頭が回らない。

「だから、勝手に近づくな」

まるで戦に行くような覇気を出して、私の手を引っ張って走り出す。
後ろをチラリと振り返ると、誰かと話して笑っている先程の人が目に入った。あの人の刀剣男士だろうか、その相手に少しだけ緩く首を振ってから、どこかへ歩いていった。




:::




浴衣姿のアイツを想像した。
浴衣を着たアイツを見た。

酷く酷く、胸が潰れるかと思った。




「ここまで来れば大丈夫だろ…」

辺りを見渡せば、人混みからだいぶ遠くまで来ていた。
祭りから少し離れた、小さな川が流れる静かな場所だ。あちこちで蛍が飛んでいる。
見知らぬ人間が、アイツの腕を握っているのを見て、無意識にあの場から引っ張り出した。
恐らくあれは別の所の審神者だろう。近侍として主の顔を立たせるべきだというのに、つい衝動的にやってしまった。
小さく舌打ちしてから、後ろを見やる。なるべく人にぶつからないように小走りで来たが、疲れてしまったかもしれない。そうして、振り返ると驚くほどに顔を赤くした主がそこにいた。

「おい、どうした。どこかぶつけたか」

やはり早く歩きすぎたか。慌てて近づくが、それだけでより赤さを増すものだから、むしろ熱か?と首をひねる。

「てが…」

呟かれた言葉が理解できず、無言でもう一度問う。

「てっ、手が!握られたままだから!!」

最早やけくそのように叫ぶ彼女は、熟れた林檎の様に赤い。
数拍置いて、言葉の意味をようやく理解すれば、熱が写ったようにこちらも赤くなる。それからすぐに手を離すも、離れた掌が酷く熱く感じた。

「悪かった…」
「あ、いやそんな…全然、嫌な訳では…」

慌てて弁解する彼女を改めて見る。
白を基調とした布地に、桃色の花が散りばめられている。もしもこの柄が、俺が昨日の発言が少しでも反映されているとしたら。
自然と口元が綻ぶのを感じて、口を手で覆う。ついでに赤い顔も隠したい。

「…ね、見て大倶利伽羅」

くい、と俺の袖を引っ張りながら、空いた手で空を指さす。
それに次いで空を見れば、一瞬息を呑んだ。
視界一面に広がる星、星、星。
余りにも無節操に広がるものだから、美しいよりも眩しい、と咄嗟に感じた。これ程の星が存在していたなど、今まで全く気が付かなかった。本丸でもこれ程には見えないだろう。普段から星を嗜む心持ちはないが、これは確かに美しいと感じる物だろう。

「今日は七夕だからね。晴れて良かった」
「あぁ、なんだったか…彦星と…」
「織姫ね」

出てこなかった名前を補われ、満足して視線を横に向ける。同じように空を見上げる瞳は、ここからでもわかるくらい輝いている。鈴虫の鳴き声と川の音だけが響く周りは、世界にコイツと俺しかいないような錯覚をさせた。

「綺麗だね…」

うっとりとしたように呟かれたそれが、この閉じられた空間の中であんまりにも艶っぽく響くものだから。
言葉を発するその口を、俺のそれで塞いだ。

「っ…!?」

軽く触れただけの唇を少し離すと、大きく開かれた目と、暗がりの中でもわかる赤い頬が視界に入る。その反応が、酷く胸を鳴らす。勢いに任せて貪る様に唇に噛み付いた。

「ふ…ぅん…」

口腔を犯すように、奥に逃げる舌を自身のそれで絡ませる。たまに漏れる声が、いつも聞く明るいものと大分色が違う。
片手で相手の頭を抑えて逃れられないようにすれば、生理的な涙が一筋こぼれた。だというのに、両手で必死に俺の服を掴むのが、堪らない。徐々に俺の動きに応えるように、拙く舌が動くのも。

コイツは俺のものだ。
さっき男がこいつに触っているのを見て、頭から爪先まで今まで出会ったことのない感情にぶつかった。何故勝手に触っているのか。咄嗟に抜刀しなかったのが、逆に偉いくらいだと思う。もちろん、近侍としてやるべき行動では無かったと自覚しているが、それでもだ。
そもそも普段近侍として近くにいるとしても、こいつの周りには常に誰かがいる。主に短刀達だが、それはたまに打刀や太刀、更には大太刀など、様々な刀剣達から余るほどの愛情を注がれている。どれほど同じ空間にいても、その間に誰かいるのは、正直邪魔だと度々思う。

「お、くりから…」

涙目、更に上目遣いで呼ばれた名前に、一気に体が高ぶる。
その瞬間に、少し胸元がはだけているのに今更気づく。俺は何を、と思うよりも早く、慌てて体を離して自分の上着を渡せば、向こうがきょとんとした顔で上着と俺の顔を交互に見つめる。

「はだけている…着ろ」

それだけ告げて、背中を向ける。
理性をギリギリ取り戻した自分を褒めたい。いや、ほめてはならない。本当に俺は何をしているんだ。

「お、大倶利伽羅!」
「…なんだ」

呼ばれた声がいつものだったため、少しだけ安堵する。また先ほどの声で呼ばれたら今度こそ何かをどうにかして保っている理性が持つ気がしなかった。
振り返れば、俺の上着を肩から羽織って胸元で、ぎゅ、と強く握っている主が目に入った。
声こそいつも通りだったが、まだ目は潤んでいるし頬は紅潮している。正直、目のやり場に困る。
ガリガリと頭を軽く掻いて、小さく息を吐き出しながら、視線を主よりも斜め上に泳がせる。

「悪かった」

それは、心からの謝罪だ。
あんなこと、好いた男でもない奴とやったところで気持ち悪いだけだっただろう。小さく頭を下げると、上から手刀が突き刺さった。結構本気で痛かった為、咄嗟に頭を上げれば、ぽろぽろと大きな瞳から涙を溢れさせる主がいた。
思わず体が硬直する。そこまで嫌だったか、と傷つくのは置いといて、泣かれてしまっては慰めるなど俺にはできない。そういうのは光忠や長谷部だとか、まぁとにかく俺の役目ではない。だがここには俺しかいないし、涙の原因は確実に俺だ。
オロオロしながら、とりあえず頭を撫でる。これまでの経験で、こうすると大抵主は笑うのだ。なんとも言えない表情で、花が咲く、というよりも、何か芽が出たように、小さく笑うのだ。

「本当に悪かった」
「違う」

再び硬直。
違う、とは。何が違うのか、頭を撫でることか、謝罪の仕方がか。
困っていれば、主の頭が少し下がる。

「な、なんで…」

ぽつり。余りにも小さく呟かれた言葉は俺には届かず、小さく首をひねる。それに気付いたのか、ちらりと涙混じりの瞳だけで睨み付けられる。

「なんであぁいうことしたの」
「お前が好きだからだ」

何故それを今聞くのか分からず、頭に疑問符が浮かぶ。
だというのに、向こうはワナワナと小さく震え、どうしたと驚けば耳まで赤くなっていることがわかる。
そこでようやく俺は、この気持ちを伝えていないことに気が付いたのだ。
だというのに、俺は、今、なんと言った?
ぼぼぼ、と熱が体全部に回る感覚がして、やばいと思う。いつも通りの顔をしている自信がない。恐らく表情は何も変わっていないだろう、だが、熱い、ひたすらに。この熱が夏だからではないことは明白だ。

「ふ、」

向こうにつられ、確実に赤くなっている顔を隠したくて横を向いていれば、頭を撫でていた手首をがしりと握られる。
驚いて、そちらを目を見開いて見れば、一気に主が顔を上げる。それはやはり、耳と同様に赤くなっていた。

「普通、順番、逆でしょ!!!!」

言葉と同時に、俺の口が相手ので塞がれる。先ほどのとは違う軽い触るだけのものだ。
はぁ、と吐き出された吐息がまたも独特の艶っぽさを持ち出している。
お陰で、俺の頭の中が爆発しそうだ。

「貴方が私を好きなように、私も貴方の事を」

言葉を遮って、相手を抱きしめる。最後まで言葉を聞いていたら、こちらが息だえる気がした。

「わかったから、少し待て…」

どうにかそう告げて、この赤い顔が見られないようにごまかす。そうして抱きしめた相手の頭に自分の顎を乗せる。意地でもこの顔は見せたくない。
少しだけ落ち着いたかと、腕の中に居る主を見遣る。生憎顎を載せているので背中しか見えないが、ちらりと見える耳がどうにも赤く見えるのは、気のせいではないだろう。

「…おい、どうした」

腕の中で少しだけ肩が震えているのが伝わる。顎をどけて、つむじを見下げる。あまり慌てないのは、長年の付き合いからこれが完全に笑いから来てるというのがわかっているからだ。

「ふふ…いや、なんだか可笑しくて…こんなに緊張したの久しぶりだし、貴方があんなに慌てるのも新鮮だし…ていうか順番逆だし…!ダメだごめん笑っちゃう」

ぶふっ。と抑えきれない笑い声を上げて笑いだす。こうなるとなかなか止まらないのだ。一体何が主のツボなのか全くわからない。

「ねぇ、大倶利伽羅」
笑いを少しだけ抑えて、首をこちらに向ける。それでも、堪えきれないという風で、今にも吹き出しそうだ。

「私、貴方が好き」
「っ…」

突然の言葉に、思わず目を見開けば、ついに吹き出して笑い出した。可愛い、等と言いながらあまりにも楽しそうに声を上げるものだから、少し腹が立った。

「少し黙れ」

今日で何度目かの口付けを落とせば、相手の目が大きく開かれてから、顔を赤らめた。

「可愛いのはお前だろう。」

主が訳のわからない声を出しながら、俺を小突けば、後ろで大きな花火が上がった。



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