骨は炬燵に置いといて3 | ナノ



腰布を絞ると、ぼたぼたと水が溢れる。それから上着を防波堤に載せ、その上に審神者を座らせる。白いワンピースは汚れが目立つ為だ。
足をブラブラとさせて遠くを見る女の隣に、大倶利伽羅も腰掛ける。もう、太陽が沈みかけていた。

「乾いたら早く帰ろうね。みんな心配してる」
「誰のせいだ」
「私だね!残念!」

ぴー、と鳥の鳴き声が響き空を見上げた。女もまた、太陽を見ては目を細める。

「…私ね、看取ったって言っても何もしてないんだ」
「……」

「廊下でね、待ってただけなの。広間にみぃんな居てさ、私の居場所なんて当然ないからさ。空気読んだんだ」
俯く表情は読めない。はらりと耳にかかっていた髪が落ちた。

「一瞬ね、部屋の中がシーンとなったの。その後に泣き声が聞こえてきてさ。もっと経ったらカシャンって刀が落ちる音がして」

1振り、2振りと聞こえてくる刀剣男士が体を保てなくなり刀に戻る音を、この女は全てを一人で聴いていた。雪の降る中で、1人。じっと。

「静かになった部屋にね、入ったの。そしたらさぁ、刀が部屋中にあって。びっくりしたよ。ほんと。踏まないように布団に近づいたら、1振りだけ体の上に置かれてたの。一緒に寝るみたいに。そっと置かれてたの」

そうして刀へと戻った刀剣男士達を、女はすべて刀解した。1振り1振り、全て。

「…本丸の解体って、どうやるか知ってる?」

視線を女の方に向けるが、相手は水平線を見ていた。真顔のそれは、能面のようだ。

「全部燃やすの。鍛刀部屋も手入れ部屋も刀装部屋も。全部、全部」

途端に、大倶利伽羅の脳裏に映像が流れる。轟々と燃える本丸の前に、女が1人立っている。何も思っていないような顔で、まっすぐに燃えるそれを見つめて、女は立っていた。恐らく隣の女は、これを、体験してきたのだろう。

「炎ってさ、熱いんだよ」
「…だろうな」

「だから、海が良かったんだって。もう二度と燃えることの無いように。燃えない所で相手を待つんだってさ」

それだけ言って女は暫く言葉を発しなかった。何かを消化するようにじっと固まっている。今動いたら吐きでもするのかと思えるほど、女は動かなかった。

「……………寂しくないのかなぁ…」

だから、やがて呟かれた言葉を、思わず大倶利伽羅は取りこぼす所だった。隣を見れば、女はまっすぐこたらを見ていた。

「だって、死んで一人ぼっちになっちゃったんだよ。それなのにまた海の底でずーっと相手を待つなんて。来てくれるとも限らないのに。寂しい、寂しいよ」
「…それでも、会いたいんだろう」

はくり。相手の口が何も言わずに震える。それから眉を寄せて泣きそうな顔をして、それでも泣かないように唇をかみしめて上を向いた。まるで涙を流すことが罪だとでも思っているかのように。結局、涙は零れなかった。

「会えるの、かなぁ…」
「…会うために、待つのだろう」

そっか。とだけ言って女は唐突に立ち上がった。地面に挽いていた大倶利伽羅の上着を避けながら、とうに乾いたスカートを翻して大きく胸を張る。

「じゃあ私!大倶利伽羅の事ずっと待つ!ずーっと!ずっと!!」

海に向かって声が響く。呆れた眼差しを受け取ったのか、今度はこちらに向けて口を開いた。

「大倶利伽羅が迎えに来てくれるなら死ぬのも寂しくないよ!誰にも気付かれなくても大倶利伽羅がいるから、だから…!!」

死んだら会わせて。

とうとう審神者は瞳から一粒の涙を流した。
誰も居ない、来ない葬式は、この女にどう写っただろうか。いずれ己もこうなるのだと。そしてその時己にはこうして手を合わせてくれる人間はただの1人も居ないのだと気づいて、愕然としただろうか。
死んだ後の事など誰にもわからない。だから人は恐れ慄き、それを遠ざけようとする。それでもこの女は大倶利伽羅が居るから良いと言う。何とも身勝手な言い分だろうか。大倶利伽羅が迎えに行く事を前提としている上に、それを疑っていない。
両手を広げて女は言葉を続けた。

「もしも大倶利伽羅の方が先だったら、私が迎えに行ってあげる!心配しないで!大倶利伽羅に寂しい思いなんて絶対にさせないから」

えっへんと胸を張る。本当に、この女は馬鹿だと思う。勉強が出来る出来ないの頭の良し悪しでは無い。人間的な意味での、だ。神を迎えに来る人間があるものか。そのような話、聞いたこともない。

「あっ。でも大倶利伽羅が先に行っちゃったら私道に迷いそう。大丈夫かな」
「…なら、その場で立ち止まっていろ」

本気で悩んでいた審神者が、目をまんまるに見開いてこちらを見た。それから、じわじわと頬を赤に染めていく。喜びが隠しきれない。そういった雰囲気が伝わってくる気がした。

「それって、そこまで迎えに来てくれるって事?」
「…さあな」
「じゃあ私わかりやすく立ってる!手を振ってるよ!」
「まず迷子にならない努力をしろ」

はぁい。返事をしながら審神者は嬉しそうに笑う女の頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。やたらと変な声を上げる女を置いて、駅へと向かった。そろそろ最後の電車が来る頃だろう。背中から慌てた声がかかる。

「大倶利伽羅ー!待って、まだ靴履けてないのー!」

大げさにため息をついて早くしろと呼ぶ。
足早にこちらへと向かってくる女の顔に、もう陰りは無かった。



帰りの電車の中、女が言った。

「私、待つなら炬燵の中が良いなぁ。寒いのも熱いのもやだし。ぬくぬくして待ちたい」

本当にこの女は馬鹿で頭が悪い。
それでも、炬燵で待つコイツを迎えに行ってやろうと思ってしまうのだから、大倶利伽羅も馬鹿になったのだろう。



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