燻る熱を留めて愛して | ナノ



「主って緊張とかってしないんですか?」
「えっ。うーーん、あんまりしないかも。例えしてても記憶にない」
「あぁ〜、ぽいですね!」
「どういう意味だ殴るぞ鯰尾」

やめてくださ−い、という全く反省していない声と共に、鯰尾が部屋から飛び出してきた。たまたまおやつを届けに来た大倶利伽羅と、あわや正面衝突しかける。お互いに避けたからよかったというものの、全く反省していない様に鯰尾はこちらに向かって片手を上げた。

「あっ、と、大倶利伽羅さん!お疲れ様です、おやつですか?いいですね!俺も食べてきますねー!!」

嵐の様に叫びながらぴゅっと駆けていく。その背を見送りつつ、執務室を覗けば机に頭を乗せて、ぐでっとしている審神者が見えた。

「…記憶に無いんだってな?」
「もーー!居るなら居るって言ってよ!あります、ありますよ緊張した記憶!いっぱいあるよ」

盆にのせられたお菓子を渡しながら、大倶利伽羅は端に寄る。刀を抱きながら審神者の仕事が終わるまで待つ。ただそれが近侍の仕事。昔はたまに大倶利伽羅が勝手に手伝う事もあったが、最近ではそれはほとんどない。

「て言っても、本当に最初の頃だよねぇ。今はこんなにもたくましくなりましたよ、貴方の審神者は」
「はっ」
「んーー?なんで鼻で笑った?喧嘩売ってんのかオラ買うぞこんちくしょう」

ぎゃーぎゃー喚く声を無視しながら瞳を閉じる。何が来てもいいように気配にだけは敏感になっておくが、表面的に眠りだけを取る。だが、そうか。鯰尾の言葉を思い出す。ほとんどの奴らは、昔の審神者を知らないのか。昔の、あがり症で緊張しやすい、あえて言えば「どこにでもいる女」だったコイツの事を。


初めての演練での事だった。その頃、審神者は本当に初心者も初心者で、ようやく刀が六振り揃ったから演練に行く、といった状況だった。多くの人がいる状況に直面した事の無かった審神者は酷く狼狽え、怯え、慄いた。
ただそのような審神者をその時の刀剣男士達が見捨てなかったのは、それが己たちを顕現させた主であるという事以外にも、それほどまでに怯えているにも関わらず前を見て、先輩たる審神者たちの戦いから多くを学ぼうとする強い意志を見たからだ。審神者が強くなるならば、それに応える為に己達も強くなろうと、全員が意思を既に固めていた。
ただそれでも、根っからの性格というのか、酷く緊張した審神者は「ちょっと外行ってくる」と言って、戦う直前まで戻ってこなかった。
仕方なしに大倶利伽羅が探しに行った時、廊下の端に審神者は居た。瞳を閉じて、ゆっくりと息をしながら、壁に背を預けていた。

「…おい」

声を掛けると、ぱちりと瞳を開いてこちらに向かって首を向けた。大倶利伽羅だ。呟かれる言葉は確かめるようにぽとりと地面に落ちていく。

「…もう時間?ごめんごめん、行くよ」

へらりと笑って、大倶利伽羅の横を通り過ぎていこうとする。咄嗟に、無意識的に大倶利伽羅はその腕を掴んでいた。驚いたように瞬く視線と交錯した。

「何を恐れている」
「えっ、と、唐突だねまた。いや私に怖い事なんてないよぉ、いつも通り、」
「茶化すな」

その言葉に、審神者の喉が押し黙るのを感じた。うろうろと忙しなく動く視線は、やがて大倶利伽羅の胸のあたりに定まり、その代わり両手の指を交差させて、落ち着くことなくしている。

「言っても、呆れない…?ていうかバカにしない?」
「内容による」
「その言いずらい答え方!うまいよねぇ」
「言え」

何を恐れているのか。
暫く逡巡してから、審神者は覚悟を決めたように口を開いた。

「きっ、緊張、してるの!すごく!」
「…………は」

思わず大倶利伽羅の口が開いたのは、審神者の恐怖の正体が緊張であったという驚きではない。そのような事判っていたし、口にする事で自ずと解決するだろうという考えからだった。ただ驚いたのは、審神者の顔がまるで熱でもあるかの様に赤くなり、今にも泣きだしそうに熱を孕んだ目をしていた事だ。ここまで恐れと緊張を持っている姿など見たことが無かった。それを自覚しているのか何なのか、水路が決壊したように審神者は口を開く。

「初めての演練で、しかも周りは強い審神者ばっかりだし、なんかもう貫禄?だっけ、合ってる?わかんないや。それがあるし、堂々としてるしすっごいし。心臓はばくばくちゃうし人は多いし。でも私も皆に恥ずかしくないように在りたいからかっこよくしたくて、でもやっぱりかっこ悪くて、何かもう色々思ってたらこんな主でごめんって思ってきちゃって」

ぽろぽろと溢れてくる言葉は、しっかりと聞かないと何を言いたいのかもわからない、支離滅裂な物だった。それでも一つ一つが捨てられない様に、じっと大倶利伽羅は聞いていた。

「ごめん、ごめん大倶利伽羅。こんな話聞かせちゃって」
「……………」

ため息ともつかない息を一つ吐き出して、大倶利伽羅は審神者に顔を上げさせる。怒られるかもと思っている表情の頬を、両手で挟んだ。それからこつん、とお互いのおでこを付ける。途切れそうな息ですら届く距離の中、囁く様に大倶利伽羅は口を開いた。

「恐れる必要などないだろう」
「……、………」
「俺がアンタの隣に居てやる」

ふるりと審神者の睫毛が震える。大きな瞳が瞬いて、こちらを見つめる光は、いつか見た星が乗っていると思った。

「俺だけを見ていろ」

アンタに、勝利を捧げてやる。か細い息が、辛うじて大倶利伽羅へと届く。ゆっくりと言葉を飲み下している審神者は、やがて理解したように顔を綻ばせ、「うん」と答えた。そこに先程までの恐れはない。

そうして離れた距離と背を向けて歩き出した審神者に、よくわからない感情を抱いたというのは、余計な事だろう。


ふと、目の前の気配が動く感覚がして、大倶利伽羅は記憶の旅から目を開けた。こちらの視線に気付いたのか「起きた?」と審神者は軽快に笑う。

「仕事がねー、ある程度ひと段落したから。私もお昼寝しようかなって」
「やめろ」
「まさかのやめろ発言?驚きだよやめないけどね!」

言いながら審神者は部屋の真ん中に右肩を下にして横になる。ぽんぽんと畳を叩きながら大倶利伽羅を呼んだ。

「一緒にお昼寝しよ!そんな端っこじゃ寒いしさ、こっちにおいでよ」
「………、………。」

はぁ、と深い溜息をついてしぶしぶ立ち上がる。どうせ聞くまでしつこく誘ってくるのだから、一回目で聞いといた方が得策だ。審神者の隣で横になると、大倶利伽羅の胸元に顔をつっこんできた。別にいつもの事なので気にしない。瞳を閉じて眠る体制に移る。

「…あのねぇ大倶利伽羅」

瞳を閉じたまま。大倶利伽羅は耳だけを傾けた。審神者もわかっているようで、そのまま続けてくる。

「私、大倶利伽羅のお陰で今日まで審神者出来てるよ。本当に怖い事も悲しい事もあったけど、なんとか生きてるしやっていけてる。……本当にありがとう」

惜しみない賛辞の言葉に、少しだけ肩を竦めた。もちろん相手は気付かないが。


「大倶利伽羅が好き。何回伝えても足りない位。好き、大好き。私の所に来てくれてありがとう」
「……おい、やめろ」
「やめないよ。何だか今日はいっぱい伝えたい気分なんだ。好き、本当に好き。大好き」

とうとう大倶利伽羅は審神者を腕で閉じ込めた。唐突なその行動に、審神者の狼狽えた声が上がるが知ったことか。今、この表情を見られては困る。幾ら表情が顔に出にくいとはいえ、恐らく今は隠しきれない。己の名を呼ぶ審神者の声すらも、今は体温を上げるだけの物だ。

「……好きだよ、おやすみ」

それっきり審神者の声は聞こえなくなった。代わりに整った寝息がうっすらと聞こえてきて、そこでようやく大倶利伽羅は落ち着いて息をつくことができた。この審神者は良く愛を告げる。最近は軽く流せるようになったが、唐突に告げられると狼狽えるものがある。

「…………」

審神者の言葉に何も返さない代わりに、腕の中で眠る頭を、優しく撫でた。


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