このまま夜が明けるなと願う | ナノ



夜が、明けそうだ。

審神者は襖から覗く光に、目を細める。なるべく音を立てないように、廊下まで膝立ちで近づくと、外がもう白んでいるのが分かった。何と驚き。手入れしてたら夜が明けた。笑えない。

「……眠い」

ちらりと後ろに眠る大倶利伽羅を見る。今の今まで手入れを行っていた彼はぐっすり眠っている。ようやく終わった安心感と疲れが途端にドッと溢れてきて、もそもそと布団に近づいた。
傷一つ無い綺麗な顔。これが血まみれで帰ってきたときは、心臓が目から飛び出るかと思った。出たら困るけど。よっこいせと血に濡れた畳の上に横になる。起きた時に歌仙とかに怒られそうだと思うけれど、もう体は動かない。眠気と体の重さが尋常じゃ無い。
天井を向いて寝る大倶利伽羅の横顔を見つめる。思い出されるのは血と汗と涙と、硝煙の匂い。戦の匂い。誰かの、死の匂い。

「………間違ってない、よね」

足の無くなった物、目の抉れた物、腸の飛び出た物。全部全部、私の指示によってそうなった。敵将手前で戻っていれば、あそこまではいかなかった筈なのに。
わかってる。これは戦争だ。勝たなくてはならない戦。負ければこちらが戦犯として扱われ、きっと審神者は首を括られる。だが、別に自分達は良い。どうせいずれ人は死ぬ。そんなの当然だし、幾ら馬鹿な私でもわかる。
でも、刀剣男士は?
負けた原因として刀達は不当に扱われてしまうだろう。本霊が折られてしまうかもしれない。お前らのせいで負けたと、日の目を浴びれない事になるかもしれない。歴史を変えて、彼らの生きてきた誇り高い道を消されてしまうかもしれない。
そんな事になったら。そんな事、許されるわけがない。
一度始めた戦争は、勝つまで終えてはならない。それが、戦の第一線に立つ者としての義務せあり、守るべき物を持つ人間としての精神。

負けてはならない、勝たなくてはならない。その為の犠牲は、正義と思え。

戦争が行われるうえで、死は美徳とされる。かねてよりその風潮はあったが、刀剣男士という存在により、それは一層顕著になった。死んでもすぐに同じ顔をした刀は下り立ってくれる。ならば、戦え。そして折れるまで、少しでも多くの敵を殺せ。それが、今の世間の風潮と現実だ。死が、余りにも軽くなりすぎた。
同じ存在がいるならば、簡単に、死んでもいい。消耗品として、割り切れ。その考え方はわかる。…わかるけれど、どうしても、どうしても賛同が出来ない私は、裏切り者として処罰されるのだろうか。

「…………戦争、かぁ」

どうしても馬鹿な私にはその2文字がピンとこない。だって、私には目の前の刀の事しか考えられないから。そんな、義務とか犠牲とか、死とか美徳とか、2つも3つもいっぺんになど考えられない。
皆が怪我して痛そうなのを見るのが嫌だから手入れする。皆が歩いてきた道を守りたいから戦ってもらう。折れない様になってほしいから強くなってもらう。
それだけじゃダメなんだろうか。
きっと、普通の審神者だったらここに「正義の為」「歴史の為」とかたくさん付くのだろう。でも、私はどうしたって「皆の為」としか思いつかない。
だけど、私は気付いてしまった。「皆の為」って言いながら、皆を戦わせる矛盾。今日の様に傷つける矛盾。折る危険性があるのにも関わらず、進軍させる矛盾。
あれ、私は何でこの戦争に参加しているんだっけ。

「うーーーん、難しくなってきたよ大倶利伽羅…」

返事の無い相手に向かって声を掛ける。ただでさえ中身の詰まってない頭なのだ。難しい内容など考えられるわけがない。
もぞもぞと近づいて、布団の上に無理矢理乗っかる。そろそろ背中が痛いと思っていた。右肩を下にすれば、横顔がより近くに見える。

「毎日大倶利伽羅に好きって伝えて生きたい…」

足りない頭で小難しい事を考えるよりも、そっちの方が余程有意義な気がする。誰かに「好き」と伝えると、胸のあたりがくすぐったくなる。でも、その分何だか嬉しくなってくるから、私は皆に好きを伝えたい。できれば、大倶利伽羅には一番それを伝えたい。だって、大好きだから。

「好きだよ、大倶利伽羅。ほんと好き。大好き」

相手が寝ている事を良い事に、ぽんぽんと言葉を紡いでいく。受け取り手の無い言葉は、じんわりと私の中に落ちては解けていく。普段から伝えてはいるけれど、やはりこうして伝えられるのは嬉しい。

「好き……」

言いながら、目を閉じた。慣れない事に頭を使ったから、とうとう眠気が来たらしい。心地よいぬるま湯の様な温泉に浸かる心地のまま、私はすぐに眠りに落ちた。
だから、その後すぐに隣の刀が私の頭を優しく撫でていた事なんて、知る由もなかったのだ。

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