だって貴方がいたから | ナノ



「おやまぁ」

昼過ぎ。とある部屋の前にて私は足を止めた。腕の中にはたくさんの書類。先ほどこんのすけから渡された今日中に仕上げるべき物だ。一枚の紙が積み重なって、うんびゃくまい。正直数えたくもない。

「…なんだ」

視線の先の人物が、読んでいた本から首をこちらに向けた。

「いやいや。大倶利伽羅が自室で本を読んでいたから」
「……」

だからなんだと言いたげな視線が突き刺さる。それを受け止めながら、理もせず部屋の中に入る。この本丸では一人一部屋与えているけれど、ここまで殺風景な部屋も早々ない。真ん中に置かれた机、端に積み重ねられた本と座布団。布団とかは押入れの中。
机の上に重たかった書類を置く。心なしかぎしりと言った気がするが、気にしてはいけない。

「おい、何の真似だ」
「せっかくだからここで書類仕事しようと思って!」
「出ていけ」
「やだね。大倶利伽羅と同じ空間で仕事をするってのがどれほど貴重でどれほど私にとって効果的か知らないからそう言えるんだ」

言った瞬間、大倶利伽羅からドン引きの気配が伝わってくる。畜生。いいもん、出てけって言われたってやってやる。座布団を一枚持ってきて座りながら、つらつらと書類を書き進めていく。歌仙が選んでくれたちょっとお洒落なボールペンは、今でも私の宝物だ。
今週1週間分の出陣状況、遠征での様子、結果、検非違使の動き、敵の出方、バランス。演練における結果ももちろん、1振り1振りの刀剣男士が今週どのような様子だったか、全員とちゃんと話しているか、本丸の様子はどうか、などなど。たくさんの事を書いていく。初めの頃は悩みに悩んでなかなか書けなかったが、今となっては慣れたものだ。

「ねー、大倶利伽羅。何の本読んでるの?」

だから書きながら、壁に背を預けて座る大倶利伽羅へと声をかける事だって出来る。彼は私の後ろにいるから表情は読めないけど、きっと仕事しろっていう呆れた眼差しを向けているのだと思う。

「…何の本と言ったところで、全部アンタが持ってきた物だろう」
「それもそうだけど」

この本丸には図書室がある。図書室と言ってもそこまで規模は大きくないし、私が現世に行った時や今まで集めた物を全て一纏めにしただけだ。それでも本に興味がある刀剣男士は意外と多く、あれが読みたいこれの続きが欲しい、といった具合でじわじわと増えてきている。
小説も漫画も、時には論文も置いたりしているが誰が何を読んでいるのかまでは把握していない。ただ、皆のこういった系統の本が好きというのはわかるもので、鶴丸はミステリーが好きだし、加州はファッション雑誌が好き。薬研は医療系の本が好きだと言っていたし、光忠は料理の本を好む。
ただし、大倶利伽羅はそうではない。彼は何でも読むのだ。小説も漫画も論文も。恋愛ものもファンタジーもミステリーも何でもござれ。お陰で私は、大倶利伽羅がいつも何を読んでいるのかわからないのだ。

「それで、何の本?」
「………歴史」
「歴史!歴史かぁ、良いね。私、歴史好き」

幼い頃、子供向けの歴史の本を読み漁った記憶がよみがえる。今となってはほとんど読まないそれらだが、改めて読み直すのもいいかもしれない。

「大倶利伽羅って本当に色んな本読むんだねぇ。すごいや」
「アンタも読むだろう」
「大倶利伽羅ほどでもないし、今はもうほとんど読まないよ」

読む時間が無いと言った方が正しいかもしれない。だから皆が読んだ本のあらすじを聞いて、物語に旅立つ位だ。本は良い。自分と全く違う人物が、全く違う人生を送っている。それはある意味逃避かもしれないし、羨望があるのかもしれない。それでも、本を読んでいる時、私は私では無くて本の主人公になれる。

「欲しい本とかあったら言ってね。買うよ」
「……今はいい」
「はーい」

良い声で返事をしながら、改めて紙と向き合う。左には書き終えた紙が少しの山となっており、右にはまだまだこんもりと積み上げられた紙の山。
ふむ。ゲンドウポーズを取りながら考える。心の中で思う事はただ一つ。やべえ、だ。仕事、全く終わる気がしない。なんとまぁ、手を付け始めてわかる量の多さ。これを明日までだなんてこんのすけも無茶言うなぁ!殴ってやりたい!
とはいえ、やらねば終わらぬ。気合いを改めて入れ直し、ペンを持つ。あれ、不思議。なんだか唐突に終わる気がしてきた。今なら、うん。今頑張れば終わるんじゃない…!?

「なぁーんて思えるわけないよね!終わんないっつーの」

振り返って大倶利伽羅の方を見る。膝で歩きながらじりじりとにじり寄るも、相手は微動だにしない。視線だけが文字を追うように上から下へと動いている。右隣に膝を抱えながら座って、横顔を見つめる。見れば見るほど整った顔だと思う。大倶利伽羅が改めて人間では無いと思うのはこういう時だ。余りにも美し過ぎるこの顔で「あぁ、人では無いな」と再認識する。彼は、神様付喪神様なのだ。
ふと、大倶利伽羅が視線をこちらに寄越した。本を閉じない辺りが彼らしい。

「おい、仕事は」
「えへへ…休憩。私も何か読みたくて」

大倶利伽羅の左側には、読み終えた本がこんもりと詰まれている。いつか倒れそうだな、と思いながら腕を伸ばす。大倶利伽羅の腹の上に乗りながら、てっぺんに乗る本を一冊取る。そのままぺらりと表紙を捲ると、頭上に嫌そうな声が降りかかった。

「おい、離れろ」
「んー、この本はもう読んだしなぁ。大倶利伽羅が買った本無いの?」
「それはもっと下だ」
「まじかよ」

私の目線よりも高く積まれた本は、下の方なんて触った瞬間に倒れそうに見える。さすがにこれを崩す勇気は無いし、本であれ何であれ、物は大事にしなくてはならない。これ、審神者として常識。

「じゃあ諦めよ。うっかり破いたりしたら大変だしね」

ごろんと腹の上で上を向く。大倶利伽羅の顔を見上げる形になり、長い睫毛が瞬きの度に震えるのが分かった。自分の腕を伸ばして、頬に触れる。親指で目下を撫でれば、眼球がぎょろりとこちらを向いた。でも全く怖く無いその視線に、思わず笑ってしまう。

「…何が可笑しい」
「ごめんごめん。大倶利伽羅がかっこいいなぁって思って」

腕を降ろしながら、少し下がって腹に顔を埋める。鼻腔に広がる大倶利伽羅の匂いに、自然と瞳を閉じた。

「おい、寝るな」
「んん…五分だけ許して。寝たら仕事するから…」

とろとろと本格的な眠気が襲ってくるのが分かる。どぷんと海の底へと落ちる感覚を味わいながら、思考は沈んでいった。



:::



「あーるじ。起きて」
「んぉ…?」
「あーもー、よだれ垂れてる」

覚醒しきらない頭で、ごしごしと口元を拭かれる。ぼやぼやとしているが、目の前にいるのは加州の様だ。何だかやけに体が痛い。なんじゃこりゃ。

「…あれ?ここ大倶利伽羅の…」

きょろきょろと辺りを見渡して、ようやく先程の事を思い出した。それからついでに仕事の事も。随分と頭がすっきりしている。これは、確実に五分ではない。恐る恐る目の前で呆れた顔をしている加州に尋ねた。

「あのぉ、加州。今って何時…?」
「5時」
「オーマイゴッド!!何たることだ!私、仕事、終わってない―い!!」
「仕事ならもう終わってるよ」
「え?」

はた、と机の上を見る。こんもりと詰まれている紙の山。近づいて上の1枚を見た瞬間、私の体は衝撃に包まれた。

「お、終わってるぜべいべー…」

私は寝ている間に仕事をできるという神業を身に着けたのか…。やばいね、それならこれからいくらでも仕事を先延ばしに…。

「それ、やったの大倶利伽羅だからね」
「えっ」
「俺が馬当番終えて部屋に戻ろうとしたら部屋から出る大倶利伽羅に会ってね。主を起こしてくれーって頼まれたの。で、その時にはもうこの仕事終わってたから。多分大倶利伽羅がやってくれたんでしょ?」
「なにそれ神………」
「まぁ神ではある」

ちゃんとお礼言いなよ?私にでこぴんをしながら加州は隣に座った。疲れたように息をつくと、私の肩にこてんと頭を乗せる。え、私の刀が可愛すぎて事案。

「こんなにも可愛い神様生んでどうするのさ神様……」
「俺可愛い?」
「超絶可愛い」
「ん」

加州はぐりぐりと頭を押し付ける。もうほんと可愛い。何なの。

「ねえ主ってさ、大倶利伽羅のどこが好きなの」
「んーとね、優しい所!」
「ふーん」
「って待って待って待って」

なに?と加州が胡散げな視線を向ける。いやいや、そんな表情してる場合じゃないでしょ。結構これ一大事だよ。

「何で私が大倶利伽羅好きって知ってるの…?」
「逆に今まで気付かれてないと思ってたの?そっちに驚きだよ…」

何やて工藤…。審神者をやって早数年。いや、もうちょっとかな?まぁ、だいたいそれくらい。今まで隠しきれていると思っていた恋心は全く隠せていなかったらしい。私の努力の無意味さを知る。一体どこで気が付いたんだろうか。全く態度には出していなかったつもりなんだけどなぁ。

「そっか、主は大倶利伽羅の優しい所が好きなんだね」
「あ、改めて言われると恥ずかし過ぎるものがありますな…。あっ、ちなみに加州の一番いいなあって、好きだなって思う所はね、寝る時の顔だよ!」
「なにそれ衝撃なんだけど」
「寝てる時の穏やかな顔が一等好き。もちろんおしゃれしてる時も最高に可愛いし素敵だけどね、寝てる時の、なんていうのかな、素の表情がね、好きなんだ」

布団の中からのぞく、あどけない顔はどこまでもここを家だと思ってくれているようで。心を許して寝てくれている表情が、嬉しい。

「…ふーん。確かに、こう言われると照れるね。ありがと。んで?」
「んで、とは」
「大倶利伽羅の事、他にも好きな所あるでしょ?」
「あっ、まだ続いてたのこれちょっと恥ずかしいんだけど…」

いや実際は相当恥ずかしいのだけれど。恋バナとかいつぶりだろうか。ぽぽぽと熱くなる頬を両手で覆えば、加州の視線が突き刺さってくる。

「ど、どうしても言わなきゃ…っていうか、聞きたい?」
「聞きたいから聞いてるんでしょー。ほらほら、白状しちゃえ」

んぬぬ…、こういう話得意じゃないんだけど。「他の皆には内緒だよ?」とある意味恋バナの口上文を言ってから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「…最初はね。『あ、ヤンキー来た!』って思ったんだ。でも…あ、大倶利伽羅ってこの本丸に3番目に来てくれたんだけどね。そんな最初の時からずーーっと傍で支えてくれてて…。だけど、多分大倶利伽羅がすっごい遅くに来ても、好きになってたと思うの」

大倶利伽羅が来たのは、雪の降る日だった。顕現したばかりの体に冬の寒さは堪えたようで、すぐにこたつの虜になっていたのを思い出す。そうして凍える程の冬を超えて、春を迎えた。『春の三番』と謡われる彼は、いっそ恐ろしい程に桜が似合っていた。大倶利伽羅との思い出が増えれば増えるほど、好きが降り積もっていく。残念ながらこれは解けるような物では無いらしく、私の心の中はいつも吹雪ばっかりだ。

「大倶利伽羅ってね、本当に優しいの。私が気付かなきゃいけない所もさりげなく教えてくれたり、泣きたい時にそっと図書室の彼の特等席に連れてってくれたり。だから、いつかこの優しさを返したいなぁって思ったの。その時にね、あ、好き。って気付いたんだぁ」

えへへ、と笑うと加州にくしゃくしゃに髪を撫でられた。決して髪を崩すことのない優しいそれが、どこかむず痒くて、でも嬉しくて。加州はこちらを見ながら、瞳を細めていた。あ、この顔も好きだなぁ。正直、私の刀達の表情はどれも好きだから甲乙つけがたいのだけれど、やっぱり笑ったり喜んだりしてくれているのが、一番良いし、好きだと思う。

「でも加州、これ、本当に内緒だよ」
「うん。わかってる。大丈夫、大丈夫だよ」

よしよしと頭を撫でながら、加州はぎゅっと抱きしめてくる。

「主がたった一振りを選ぶなんて、出来ないもんね。大丈夫、大倶利伽羅も皆も、わかってるよ」
「うん。私戦争に来てるから。恋愛じゃないもん」

その言葉に、加州は痛々しい物を見るように眉間に皺を寄せた。抱きしめているから、審神者にその表情は見えないけれど。
まだ年若い女を本丸という閉鎖空間に閉じ込めて、自由も意思もなく、戦争の第一線に立たせてその命尽きるまで戦わせる。こう聞くとまるで鬼の所業の様に思えるが、彼女自身が望んできた道なら仕方がない。恐らく、彼女にとって審神者とは天職であり、天命だったのだろう。ただ、それを得る代わりに、女の子としての幸せを捨てただけの話。
だけど。加州はそっと目を閉じる。だけど、別に捨てたものを拾ってはならぬという道理はない。捨てる神あれば拾う神あり。だったら拾ってやろうじゃないか。彼女が捨てた、女の子の幸せという物を。
加州はぱっと審神者から離れると、肩を掴んで笑う。それにつられて審神者も笑うから、この本丸では笑いが絶えない。

「ね、主。今度また恋バナ聞かせてよ」
「えっ、この糞恥ずかしい話を再び?やるなお主…」
「いいじゃん。減るものじゃないし。ね?」

うぐっと審神者が押されるのが分かる。彼女はあざとい顔に弱い。というより、刀剣男士全員のお願いに弱い。そして、加州は自分がいかに可愛く、いかにあざとくお願いできるかを知っている。首を約30度曲げてちょっと上目遣い、そして唇をすぼめて肩を竦める。完璧。

「ね、主。いいでしょ?」
「あっはい、全然オッケーです。全部話すわ」

主は良い顔と、親指を立てながら頷いた。うっかりすると鼻血でも出していたかもしれない。

いつも主でしかいられなくても、たまには『女の子』に戻ったっていいでしょ?その言葉に、審神者はくすぐったそうにはにかんだ。

それからというもの、たまぁに夜や暇な時に内緒話をするような二人が見かけられるようになったとか。



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