君と飴玉11 | ナノ



最初に目に入ったのは天井だ。木目調の普段通りのもの。だが、それは数日間で見慣れた自室のものとはどこか違う気がして、よくわからない違和感に頭が埋め尽くされた。

「あ、目が覚めましたか?」

視界の中に審神者の顔が入ってきて、驚く。だが、相手は嬉しそうに笑ってよかったと笑った。

「怪我は治ったんですが、なかなか目を覚まされないので心配しました…。よかったぁ…」

上半身を起こすと、額に乗った濡れた布がぱさりと布団に落ちた。体が嫌にだるく、喉の乾きも激しい。汗が体中に張り付いて気持ちが悪い。

「あ、お水です。まだ熱ありますから、無理をしないでください」

大きめのコップを差し出され、それを一気に飲み干す。空になったそれを畳に置いて、ようやく口を開けた。

「俺はどうなった」
「敵を倒され、そのまま帰りの門の中で倒れていられました。陸奥守と今剣が帰らず門に入ったすぐそこで待っていてくれたので、貴方が入ってきて倒れたのを見て慌てて連れて帰ってこられました」

そういえば短刀に刺されたのだった。
腹をさすれば、包帯もなく怪我したことすら夢だったのかと思えるくらいに何もない腹だ。

「二人の手入れも完了し、貴方のも終わって後は目を覚ますのを待つだけ…。そして今、といった感じですね」

色々と納得し頷けば、途端に審神者が神妙な顔つきになる。キチンと正座をし、こちらに向かい合った。

「今回、貴方が怪我した原因は私です。大変申し訳ありませんでした」

三つ指をついて謝られる。なんのことだと問うてもその頭は上がらない。

「貴方が倒れたあの日、私は貴方達を今まで以上に進軍させていました。それこそ、不必要なくらい」

確かに、今回は戦が多いとは思った。しかし、それとこれとは話が別だろう。そう言っても、審神者は頭を下げたまま首を振った。

「いいえ、いいえ違うのです。同じ戦場を時間を開けずに何度も行っていたことに、敵が気付いたのです。そこに敵の大部隊を送り込み、潰そうとした」

それであの大勢の敵が来たのか。そこまで言ってようやく顔をあげた審神者の顔は、今にも泣きそうに見える。

「血みどろで帰ってきた貴方達を見て、陸奥守から事情を聞いて、消えたくなりました。貴方達はあそこまで傷付く必要はなかったのに、わざわざ怪我するような状況を仕立て上げた。私は一体何をしているのかと」

瞳いっぱいに涙の膜をはり、握った拳を震えさせる。だが、その涙は最後までこぼれ落ちることはなかった。

「貴方達を傷付けないために多くの戦場に行かせたのに、これでは本末転倒です。あの政府と、なんら変わりない…」

あの政府、とはこないだ話していたものだろう。悔しそうに、唇を噛んでいる。

「本当に、本当に申し訳ありませんでした…!!」

再び頭を下げる。
こいつの言いたいことはわかる。わかるが、あえて口にする。

「アンタのせいで怪我をした、とでも言って欲しいのか」

告げれば、顔が上げられる。そこには、眉を寄せてどこか不安に首を振る審神者がいた。違うとも、そうだとも言いきれない、人らしい表情だ。

「戦ってるんだ…こうなるのは当然だろ」
「………ですが、」
「配下の者が怪我をした位で揺れるな」

アンタは将だろう。
言外にそう言いながら見つめれば、瞳が大きく開かれてから、しばらくじっとこちらを見る。
大きな瞳の中に、常通りの大倶利伽羅の顔が写っている。表情にはなんの違いもない。だが、目の前の審神者には、何か違って見えるのだろうか。

「そう、ですよね…」

呟いて、目を伏せる。だがそれは一瞬で、すぐにまたまっすぐに射抜かれた。そこにはもう涙は、溜まっていなかった。

「取り乱してしまって申し訳ありません。私、頑張ります」

こちらを見る視線に迷いはない。ならば、俺が言うことなどない。何かを言ったつもりもないが。

「あの、ありがとうございます」
「……なんのことだ」

どこか恥ずかしそうに告げられる言葉に首をひねる。相手は、いつものへにょと笑った顔で言葉を続けた。

「きっと、大倶利伽羅がいなかったら、私負けてました。でも、これから本当に頑張ります。だから…ありがとうございます」

ぐっと手を握りながら、どこか恥ずかしそうに笑う。どう返すべきかわからず黙っていれば、審神者が立ち上がった。

「お腹すきましたよね。お粥作ってあるんです。持ってきますね!」

それだけ言って部屋を出ていく。ぱたぱたと走る音が遠ざかる中、再び布団に倒れる。
散々寝たからか、眠気はないがやはり体はだるい。審神者がまだ熱があるとかと言っていた。まさか刀である俺が熱を出すとは思っていなかった。
ぱたぱたと再び音が戻ってきて、半分落ちかけた瞼を開くと、襖の向こうから審神者が顔だけをひょこりと覗かせた。

「大倶利伽羅、おかえりなさい!」

それだけ言って再び走っていく。
途端に、むずむずと沸き上がってくる何かの名前を大倶利伽羅はまだわからず、瞳を閉じた。

瞼を閉じると、審神者の顔が出てくる。
結局、最後まで泣くことはなかった。女とは、よく泣くものだと思っていたが違ったのだろうか。確かに強い女は昔からいくらでも見てきた。あの審神者もその部類なのだろう。
どこまでも見た目は弱く、細く、白い。だが、強い芯を持つ、強い女である主。戦の中に生きる乙女というのは、どこまでも強いものだ。

こんな事を思っていたからだろうか。
お粥を持ってきた審神者の目尻が微かに赤いこと、いやに時間がかかっていたことにすら、俺は気付かなかった。



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