君と飴玉10 | ナノ



「はぁ…はっ…」

ずしゃり。
目の前で巨体が倒れ込み、一気に静まり返る戦場。疲労の滲む、己の吐息しか聞こえなくなる。周りを慎重に見渡して、敵が居ないかを確認して、ようやく少しだけ落ち着いて、深い息を吐いた。
汗を拭おうと、手の甲で拭いたのがまずかった。付着した返り血や己の血で余計に汚して、舌打ちをする。体中に汗や血が張り付いて気持ちが悪い。
果たして何体屠ったのだろうか。わからないくらいに周りには死骸が辺りを埋め尽くしている。

二人とは気付いたらはぐれていた。大倶利伽羅が遠くまで来たのか、二人がどこかへ行ったのかはわからないが、この近くにいないのは確かだろう。少なくとも大倶利伽羅は戦場から離れて、林の中まで来てしまった。

「………………」

血の海となったその場を離れながら、微かな気配を探る。おそらく、二人も林の中にいるはずだ。
途端に血の匂いがキツくなると同時に、カキン!と金属同士がぶつかる独特の音が近くで響いた。
抜刀したままそちらに駆ければ、巨体が林の中を圧迫する周りを、今剣が舞っていた。

「うえですよ!」

頭上から一閃。短刀を突き刺し、抜いた瞬間に首を飛ばす。ぐらりと倒れた太刀は大仰な音を立ててその場に倒れた。
そこからすたりと飛ぶように降りる。肩膝をついて息も苦しそうに、目は据わっており体はあちこちがボロボロ。満身創痍というのが一目でわかる状態だ。

「今剣」

こちらに気付いた途端に、ぱっと表情が明るくなって走ってくる。ただ、片足を歪に引き摺りながら。

「おおくりから!ぶじだったんですね」

駆けてくると同時に腰にアタックされ、声にならない声を上げる。呻く声を気合いで抑えながら、ひょいと抱き上げれば、驚きと抗議の声が上がる。

「なにをするですか!いきなりこどもあつかいはやめてください」
「そんな状態で歩かれても迷惑だ」

明らかにおかしな方向に曲がっていると思われる足首は、鬱血して紫とも赤とも言える色になっている。
やはり痛かったらしく、謝ってから大人しくなった。

「陸奥守はどうした」
「あぁ!むつともはやしのなかではなれてしまったんです。けはいはしますから、すぐそこにいるとおもいますけど…」
「おんしら、ここにおったんか!」

今剣の声に被るように、あちこちに血と葉を付けた陸奥守が姿を表した。やはりこちらも満身創痍だ。というよりこいつ、片腕がない。

「もう!しんぱいしたんですよ!」
「わるかったのう!おぉ?今剣、足どうしたんじゃ?」
「てきにやられました。まさかぼくがつかまるなんて。むつもはでにやられましたね」
「腕をなぁ、もってかれてもうた。そうそう、さっき主から退去命令が来たからの、さくっと帰るぜよ〜」

腕がないのに元気だな。退去命令ということは、また門のところまで戻らなければならないわけだ。小さく息をつく。

「そうわかりやすうげんなりするものがやないきねよ。帰ったら夕餉じゃよ!」

横を歩き出した陸奥守が、笑いながら告げた。わかりやすくしていたつもりはなかったため驚く。しかしそれすら、顔に出したつもりはなかったが陸奥守はおもしろそうに笑っただけだった。

「きっときょうはもうかえったらおやすみですね。あしたかいものにいきましょうよ!」
「そりゃあええのう!商談なら任せちょき!」

戦場とは思えない騒がしさで話すこいつらに、奴らの体力は底無しなのかと思う。
林を抜けて、もうすぐで門につく。門といっても本丸にあるようなものではなく、ただぽっかりと空間に穴が空いているだけだ。黒く底の見えない穴が、その場に浮いているのはなかなか異様だ。だからこそ、その時代の人間に見られないよう、審神者が俺達が帰る直前に一瞬しか開かれない。

「おぉ、もう開かれておるの!」
「はやくかえりましょう、僕もうつかれました…」

言いながらうっかり眠りそうになっている今剣に対して、それを抱っこしている俺の切られた腕が痛い。が、それを顔に出さず淡々と歩く。
門に陸奥守が入り、それに続いて入ろうとした時だった。

「え、うわぁ!」

ぽいと今剣を門の中に投げ入れる。
門を背に、抜刀して頭の上で降りかかってきた刃を受ける。
ガキィン!金属の音と共にのしかかる重たさに歯の奥を噛み締める。敵が、まだ残っていたのだ。

「おおくりから!はやくもんにはいって」
「早く行け」
「だめじゃ大倶利伽羅、はよう入れ!」
「お前らがいたところで足手まといだ。俺は一人でいい」

ぎりぎりと拮抗する力の中で、門の中から響く声に返す。気配は今のところ目の前のこいつしかない。こいつを片したらすぐに門に入れば問題ない。後ろの二人はそれがわかったのか、声がしなくなった。

ぐっと相手の力が重くなり、切られた脇腹から血があふれる感覚がした。それに眉を寄せながら、相手の刃をいなす。

そのまま刀装を剥がして身をかがめて足を切る。ぐらついた巨体の喉元に向かってその刃を―――――

『でも、ねらうときはくびをねらわなきゃだめですよ』

いつか聞いた声が聞こえて、ふっと笑ってしまう。それは、自嘲のような哀れみのような、様々なものが混じったものだ。

「死ね」

ずぱっとその首を跳ねた。
敵に情けはいらないというのに、一瞬で殺すなど、随分と優しいことをした。いや、情けなんぞいらないからこそ、一瞬か。
刀を仕舞い、ささらになっていく敵を見る。こんなになってまで、こいつが変えたかった過去とは一体、何だったんだろうか。
…………どうでもいいことを考えた。
くるりと振り返って門に足を入れる。相変わらず気持ちの悪い感覚だと眉を寄せた。

ズブリ。

腸に、何かが入ってくる感覚がした。目を見開いて自分の腹を見る。そこには確かに、短刀が突き刺さっていた。

「………くそ!」

刀を抜き、振り返って敵短刀を半分に切る。敵は一太刀で半分になり、同時に己の腸に突き刺さる短刀もささらになっていく。だが、空いた腸は閉じない。

「…くっ………」

ぐらりと傾く視界をそのままに、世界は暗転した。




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