君と飴玉8 | ナノ



「す、すごい………!!」

目の前に貯まる金刀装に目を輝かせる審神者。その数5個。これら全て大倶利伽羅が作ったものだ。もちろんその倍の数の並と銀を作っているのだが、それでも審神者は手放しで喜んだ。
元より少ない資材がより減ったが、審神者はそんなことは気にしないと言わんばかりに、できた刀装を大倶利伽羅に渡す。

「今日の出陣、よろしくお願いしますね!」

期待してます、隊長さん!
そう言われて渡されれば、何も言えない。無言で受け取り、もういいだろうと言わんばかりに刀装部屋を出る。
その後ろから、今にも鼻歌を歌い出しそうな審神者が出てきて、たまたま通りがかった陸奥守にとんでもない大声で「大倶利伽羅が作ってくれたんです。ほら金玉!金玉ですよ、すごくないですか!?私すっごい感動しました!」と言ってるのが聞こえる。おいお前、その言い方は。あと陸奥守も笑うな、どうにかしろ。
色々といたたまれなくて、早々と自室に戻った。

とはいえ、昼飯は共に食べるというあの規則のせいで広間に行けば、いい笑顔の今剣に「金玉ありがとうございます!」と言われた。帰りたい。
昼飯はとーすと、と呼ばれるものだった。それに様々なじゃむとやらを塗る。パンも初めて食べたが、美味かった。だが金玉は許さない、絶対にだ。

そうして出陣の時間に門に行けば、審神者が居るだけだった。他の奴らはまだ厠や支度があるらしい。そもそも俺は一人でいい。アイツらを待つ必要など無い。だが、隣に立った審神者はそんなこと知るよしもなく、真剣な表情でこちらを見た。

「進退は隊長である貴方に一任します。けれど、重傷の方が一人でも出たら、必ず戻ってきてください。命令です」

些か、心配症すぎる。若干の呆れと溜息を視線だけそちらによこせば、ずい、と距離を縮めてきた。

「ちゃんと、帰ってきてください」
「おい、近づくな」
「帰ってくること。返事は」
「……、……わかった。わかったから離れろ」

きっと睨んでいるつもりなのだろうが、全く睨めていない。ただこっちを見ているようにしか見えない。だがそれよりも、今は無性にこの近すぎる距離感に違和感があった。目と鼻の先に、審神者の顔があるというのは違和感しかない。胸の中にじわりと滲んでくるものを抑えて、どうしたものかと思案する。その時だった。

「おぉ、待たせたの!」
「はやくいきましょう!」

はっとして玄関の方を見れば、陸奥守と今剣が駆けてくる所であった。咄嗟に審神者から距離を取る。滲んできた気持ちが何なのか、結局わからなかったが、大した問題ではない。

「あぁ、揃いましたね。それじゃあ皆さんお気を付けて。行ってらっしゃい」

くるりと審神者に背を向けて歩く。返事をする気にはなれなかった。後ろで「いってくるからの!」「いってきます、あるじさま!」と明るい声が上がるのを意味もなく聞いた。

開かれた門に足を踏み入れる。ずぷりとまたもや気持ちの悪い感覚に、無意識に顔を歪める。
視界が黒く変わった途端、手になにか小さな存在が触れた。もう、驚きもしなくなっている自分に呆れる。

「……なんだ」
「あるじさまがいってらっしゃいといったときは、いってきますっていわなきゃだめなんですよ。おかえりっていわれたらただいまです!」

本当にここは馴れ合いが好きだな。そんなことする必要はないと、返事もせず黙々と歩く。確かに陸奥守の言う通り、昨日よりかはこの空間に幾分か慣れた気がする。それでも、早く終われとしか思わないのだが。

「今日の夕餉はなんじゃろうなぁ」
「…どうでもいい」

肩を組んでくるな。近づくな。
心底嫌だというのを隠しもせず、距離を取る。

「ほんにつれないのう」
「馴れ合いは勝手にやれ」

どこで誰がどう馴れ合おうともどうでもいい。ただ、そこに俺を入れなければ。だが手を握るこいつが、それを許さなかった。

「きっときょうはあと2、3回はしゅつじんがあるとおもいます。おおくりからにとくをつけるとあるじさまがはりきってましたから」
「あいたにゃはや特がつくんやかぇ!早くつくとええのう!」

強くなればコイツらとわざわざ馴れ合う必要もなくなる。そもそも、戦うために生まれた存在だ。強くなると考えて、自然と気持ちが上がっていくのを感じた。
暗闇が終わり、戦場が視界に広がり出す。

「行くぞ」

それだけで高揚する体を抑えずに、前を見据えた。



:::



結局あれからひたすら宇都宮に出陣していた。帰る度に半刻程の休みを取らされ、そうしてまた出陣。それには全く文句は無いが、同じ所、同じ時代をぐるぐると。なにか目的でもあるのかと思ったが、審神者は何も言わない。他の奴らも何も言わないため、俺も何も言わなかった。
戦えればそれでいい。文句はなかった。というより、どうでもよかった。

「皆さんお疲れ様でした!お風呂沸いてますよ、ゆっくり入ってきてください」

何度目かの出陣を終えたとき、もう夜に近い夕方になっていた。体の疲労はあるものの、傷はない。
それに満足したのか、審神者は早々に厨へ戻っていった。まだ支度が終わりきってないそうだ。

風呂は相変わらず広く、体の泥臭さと疲れを共に落としていくように感じた。

「むつのかみ、もっとやさしくやってください!」
「しょうまっことおんしゃぁわがままやき!しゃーないのう」

陸奥守に頭を洗ってもらっている今剣を横目に、さっさと風呂から上がる。当然、頭は自分で洗った。

ホカホカと茹だった体を夜風と共に冷やしながら広間に行けば、既に審神者は支度を終えて、座布団に座っていた。何か本を読んでいるらしく、こちらに気付かない。
定位置となった座布団に座れば、そこでようやく顔を上げた。

「あぁ、お疲れ様です。湯加減はいかがでしたか」
「…問題ない」
「それはよかったです。今日の味噌汁はお豆腐ですよ」

豆腐。この本丸に豆腐屋でも来たのだろうか。ふと頭の中に浮かんだ疑問はつるりと口を出た。

「どこで買い物してるんだ」
「どこでって言いますと…店ですね。近くに街があるんです」

店がこの周りにあるなど思っていなかった。確かに本丸の裏には大きな山はあるが、本丸からは戦場にしか出たことが無い。
だが、ここの畑はまだ半分以上が未開拓だ。米も無い。ならば、買いに行くしかないのだろう。1人納得していれば、審神者がいきなりコチラを向いた。

「あっ、あの!もしよろしかったら、ですけど、買い物明日行きませんか?」
「行かないな」
「ですよね!冗談です!」

あはは、と笑いながらどこかうろうろと視線をさ迷わせて、結局は本に視線が戻った。
逆に大倶利伽羅としては、何故わざわざ馴れ合わなければいけないのかと、心底謎だった。
そして結局、本を読むために俯かれた顔が首まで赤くなっているのに、終ぞ気付くことは無かった。




今日の映画は顔がパンのヒーローと呼ばれるもの。早々に興味を無くし、俺は1人厨に向かった。
そこにはやはり、一人で食器を片している審神者の後ろ姿があった。

「おい」
「あれ、どうしました?やっぱりあんぱんひーろーはいやでしたか?」

昨日と似たような会話。だがこちらが水場に立つと、意図がわかったらしい、へにょりと笑ってから洗うものを渡してくる。
特に会話もなく、ただひたすらに俺が皿を泡で洗って水で流して、それを審神者が拭いて棚に戻すだけ。一連の決まった事。ただ、その沈黙は意図した気まずさはなく、無意識のうちに発するものがあった。

「あぁ、おわりましたね。今日もありがとうございました…本当に助かりました」

そんな大したことをした記憶は一切ない。そもそも、将がこう言ったことをするものかと思ってから、料理が好きだった元の主を思い出して、諦めの息をついた。

「俺が勝手にやった事だ」
「はい、ありがとうございました」

…話が通じない。
ここに来てまだ二日目だというのに、同じ事を度々思う。

風呂に入るという審神者を見て、1人自室に戻った。そこで、小さな座卓の上に光る瓶を思い出す。昨日、こんなものを貰ったのだった。
一粒瓶から出して口に入れる。じわりと広がるその甘さに驚きながらも、不思議と嫌ではないことに気づく。

『飴のセットです!お口に合うといいのですが…』

昨日言われた言葉が反響する。
甘い、本当に甘い主だ。刀に折れるなと言い、食事を取れといい、その楽しみを覚えさせようとする。
俺からしたら、どれもこれも刀に必要なのかどうかすらわからないもので、一つ一つを取ってみれば面倒にすら感じる。そもそも馴れ合わないと言っているのに、少しずつ絡んでくるのは何なのか。
飴は、もう半分以上溶けながら、口の中に甘さを残していった。

甘い、甘い飴。もしかすると、俺自身も甘くなっていたのかもしれない。




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