君と飴玉6 | ナノ
ぺたぺたと廊下を歩く。
小さなその足音は、外を微かに鳴くだけの小鳥の声にすらかき消されてしまう。
「きょうもいいてんきですね〜!」
誰にともなく呟かれた言葉は、朝の美しさの中に静かに消えていく。
そうしてたどり着いた一つの部屋の前。すすす…と静かに襖を開ければ、目的の人物がこちらに背を向けて寝ているのがわかった。
昨日来たばかりのこの刀、もしかしたら朝に強くないのかもしれない。許可も取らず、部屋の敷居を跨いで近づいてもその相手は身じろぎもしない。
ふむ、どうしましょうか。
今剣は腰に手を当てて考える。もし朝に弱いなら、今剣一人で起こすのは難しいかもしれない。主様曰くこういうのは「起きる!」という気合が大事らしい。だとすると、その気合いを入れさせる必要がある。どうやって入れようか。そもそも、これだけ近づいても気配に気付かないのだ。朝弱いのはもう明白だろう。生半可なものでは起きない。でも朝餉の支度をしてくれている主様をわざわざ呼びに行くのも気が引ける。陸奥守も同じく。
そもそも起こしてきて、と頼まれたのは今剣なのだ。頑張って達成したい。そして、あとで目一杯遊んで欲しい。
だとすると、今剣がすることはただ一つ。
おもむろに布団の横に立つと、がしりとその刀の上に被さっている布団を掴んだ。
そして、勢いをつけて全力で――――――
「あっさでっすよーーーー!!!!!!!!!!」
べり!と音が鳴りそうなほど勢い良く布団を剥いだ。ついでに大声で叫んだ。
その瞬間、相手はぱちりと目を覚ましたと同時に、がばりと体を身構え布団の横に置いてあった本体を抜き、こちらに刃を向ける。その動作は迷いなく、まっすぐだ。
キイン、と音が鳴りそうな程の緊張感の中、その空気を破ったのは刀を手に持つ方の間の抜けた声だった。
「………今剣、か………?」
「おはようございます、おおくりから。あさげのじかんですよ!」
言えば、ほけらとした顔の後、手に持つ刀に状況を察したのだろう。驚くほど低い声で「次からは普通に起こせ…」と言われる。
「ぼく、わるくないですよ!ちかづいてもおきなかった、そちらのゆだんです」
「………………」
どうやら何も言えないらしい。呻くようにこちらを睨むだけで終わる。
大倶利伽羅に寝間着のままでも平気だと告げると、ようやく刀をしまって立ち上がった。
「ほら、はやくごはんにいきましょう!」
今剣よりも数倍は大きい掌を握って歩き出す。彼はこの手を振り払わないと、昨日の段階でわかっている。
ほんの少し、部屋の中にいただけなのに廊下に出ると随分と朝日が眩しく見えた。
「きょうからおおくりからがたいちょうですよ!」
「…群れるつもりはない」
「がんばりましょうね!」
隣を歩く大倶利伽羅を見上げると、視線だけをついと流してくる。かつて旧知の友であったあの大きな彼とは全く違う、ここのあの朗らかな初期刀とも違う。厳しくも、ほんの少しの優しさと熱を持ち合わせた瞳。今剣は、昨日だけでこの視線をなかなかに気に入っていた。
「あぁ。でも、ねらうときはくびをねらわなきゃだめですよ」
ぴたり。足が止まる。
自分の言葉で、二人の間に流れる空気が変わったのがわかった。
今向けられる視線は、先程のほんの少しの優しさは欠片も無い。戦に行くもののそれだ。
「さっき、ぼくにやいばをむけましたね。でものどもとでした。さすよりも、くびをはねたほうがかくじつです」
まっすぐに向けられた視線は最早痛みを通り越して、どこか焼き切るような熱さを持っていた。
「………次は、必ず殺す」
やがて告げられたその言葉に、今剣はぱっと顔を明るくした。その「次」とやらはきっと、このあとすぐの出陣で見れるんだろうと思うと、心が踊る。
「そうしてくださいね!きょうのいくさ、きたいしてます!」
「…俺は一人で戦う」
「いくさからかえったら、おにごっこしましょうね!」
「俺はやらない」
「たのしみですね!」
「話を聞け……」
やがて広間の方から主様の自分達を呼ぶ声が聞こえる。それと同時に、暖かな味噌汁の匂いも。
今日の朝餉はなんだろう。お昼は、夕餉はなんだろう。夕餉のあとは、なんの映画を見ようかな。今日こそは陸奥に頭を洗ってもらいたい。
今剣は、今日起きるだろう楽しみに今から思いを馳せた。