君と飴玉5 | ナノ



夕餉の後、広間の端に置かれてある黒く四角い物体を使って『映画』とやらを見た。というより、今現在、アイツら二人が見ている。内容は、良く分からない青い狸(狸なのかあれは)とメガネを掛けた子供、それの友人と思われる奴らが冒険に出る、というものだった。だが俺はその内容よりも、まずこの『てれび』と呼ばれる機械に驚き、更にそれが光った事に心底驚いた。薄く人など入っていないのに、その機械の中で見たことない物が動くのも理解できなかった。
だが、俺以外の二人は映画を楽しんでいるようで、陸奥守に至ってはつまみを三袋ほどあけそれら全てを遠慮なく貪っている。この映画と、なんとなく合わない図だと思った。
そうして、映画を見始めた頃、審神者がいない事に気付いた。
皿洗いをしているのか、と思い眉を寄せる。
夕餉は美味かった。が、かなりの量だった。皿も、かなりの枚数だったはずだ。しかもほとんど大皿だ。
そこまで考えて、その次の自分の考えに心底イヤになった。だが、気付いた以上無視など出来ない。
映画に夢中になっている二人を横目に、俺は1人炊事場に向かった。

炊事場に掛けられている暖簾を腕で上げ、中を見れば審神者がひたすらに皿を洗っているところだった。まだ洗うものは残っているらしく、鍋などの調理器具は手付かずとなっている。

「おい」

声をかけながら隣に立てば、皿を洗っていた手を止めて、ぱっと顔がこちらを向いた。

「あれ、どうしました?おつまみ足りませんでしたか?」

あの量で足りなかったらそれは陸奥守を疑う。首を振りながら否定すれば、向こうが首をひねる。

「貸せ」

手のひらを差し出して告げるもら向こうは余計困惑したようで「えぇと、何を…?」と言いながら、首の傾きが大きくなるだけだった。

「…その手に持っているものを貸せ」
「…スポンジ、ですか?」

名前など知らないが、相手が持っているものを少しあげながら言ったため、それだと首肯する。すると、首をひねったまま、俺の手にそれを渡した。

「何に使うんですか?」

返事をせず、ひとまず目の前にあった大皿から手を付ける。思っていたよりも皿が重く、また手についた泡が滑るなと思う。

「あの、洗ってくださるんですか…?」

どこか控えめに、それでも微かな期待を込めた視線が送られる。一瞬だけそちらを向いて、またすぐに戻せばどうやら通じたらしいが、途端に慌てた声が上がった。

「そ、そんな神様に洗っていただくなど恐れ多い!それにこれは私の仕事ですし、今日はお疲れでしょうから、こんな事なさらなくても!」
「静かにしろ」

きゅ、とその一言で何も言わなくなる。何かを言いたげに開かれた口は、結局何も言わずに閉じられた。
やがて、どこからかもう一つスポンジを持ってきて、隣で洗い出す。カチャカチャと、皿を洗う音だけが響いた。

そうして、全てを洗い終えて泡を水で流していく。綺麗になったものを、審神者が布で拭いてそのまま棚にせかせかとしまっていく。全てが終わる頃には、随分と時間が経っていた。

「…あの」

最後の皿をしまい、水回りを全て拭き終わった頃、審神者がようやく口を開いた。

「ありがとう、ございました。こんなに早く終わったの始めてで、本当に助かりました」

そして、深々と頭を下げる。本当に、コイツは将としての自覚があるのか。一軍の将が頭を、しかもその部下に下げるなど言語道断だろう。やたらと腹からせり上がってくるものがあったが、それを押し込める。

「アンタは、俺の主だろう。そうやすやすと頭を下げるな」

押し込めたが、やはりどこかキツめの言い方になった。上げられた顔の瞳が大きく揺れた事に、気付かないふりをした。

「わかってはいるんですが…つい癖で。これからは気を付けます」

ぐ、と力強く拳を握りこちらを見る視線はどこまでもまっすぐだ。この1日でわかったが、この審神者は人の目を見て喋るのが癖なのだろう。その目から逃げるように、己の視線を下にずらした。
もうここにいる必要もないと、炊事場を出ようとした所で声を掛けられた。敬称のついていない、名前だけで。

「お礼といっては酷く軽いものですが…ちょっと待っていていただいてもいいですか」

そう言ってごそごそと後ろの棚の奥に手を突っ込み、何かを探す。そして、その取り出したものを背に隠し、何かを企むように笑いながら、俺の手を出すように促した。
何かとんでもないものが来て驚いたとしても、それをおくびにも顔に出さないでいられる自身があったので、大人しく手を出せば、そこにぽんと何かが置かれた。
見れば、一つの透明なビン。蓋は薄い青でうっすらと透けている。そして、その中に、たくさんのビー玉のようなものが入っている。色とりどりの中身のそれは、柄も種類も全て違う。ただ一様に小さく丸い物が、所狭しとビンの中に詰められていた。

「飴のセットです!お口に合うといいのですが…もし、なんじゃこりゃまずい!ってなったら別のものを用意しますから、言ってくださいね」

飴。ということは食べられるのか。こんなにも透明感のあるものが食べられるのか。口の中で溶けるのか。驚きと衝撃で、じっとビンの中身を見つめる。たくさん詰められたそれらは、光に翳すとより反射して眩しく見えた。

「今日はお疲れでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」

それじゃ、私お風呂入ってきます。最後に再びこちらに礼を言って、審神者が出ていけば、炊事場は途端に静かになった。
再びビンを見つめる。透明なものから赤く色づいたものまで、光るそれらに一貫性はない。

「主と少しは仲良くなれたかの?」

声の方を見れば、炊事場の入口に腕を組んだ陸奥守が立っていた。足音から来るのは分かっていたので、視線だけをそちらに向ける。

「アンタ、普段は手伝ってるのか」
「いんにゃ、いつもは今剣じゃ。わしは作る方を手伝っとる。今日はおまんに譲ってやった言うとったぞ」

なるほど。だからこんなに早く終わったのが初めてだったのか。今剣はなんとなく、こういった細かいものよりも遊んだりした方が、しょうに合っている気がした。
納得して炊事場を出ようとした所を、陸奥守が止める。なんだ、とそちらを見れば嫌にまっすぐな目がこちらを向いた。まるで、ここの審神者のようだと思った。

どこか緊張が走るのがわかる。ぴり、と肌にまでそれが表れるようだった。そんな時、ぱん!と陸奥守が顔の前で拝むように手を合わせた。

「すまん!明日からの風呂、恐らくわしはおまんの髪を洗ってやれん!」

今剣を洗うので手一杯じゃ〜!と心底申し訳なさそうに告げられる。

「ほんにすまんのう。出来れば洗ってやりたいんじゃが、3人で入った時におまんら二人の髪を洗っちょったらわしが洗えんのじゃ…。わしだけ飯を食いっぱぐれるのは嫌じゃあ」
「……………、…………」

言う言葉が無い、とはこの事か。俺としては、明日もこいつら2人と風呂に入るつもりは全くなかったし、頭を洗わせるつもりも無かった。一体何がどうしてそういう発想に至ったのか。
そうして、そこで俺はここの奴らは話を聞かないというのを思い出した。

「…別に良い」
「ほんまか!?おまんいいやつじゃのう!明日はわしのアイスをやるぜよ!」

もう会話をしているのも疲れる。炊事場を出て、自室に向かう。後ろから聞こえる「お休みーや、またあいたの!」という叫びから逃げるように足早に歩いた。



:::



じじ、と行灯に火を灯す。淡く、それでも確かにあるその灯りは、心を凪いだようにさせる。
自室の真ん中に布団を敷き、枕をボスりと投げる。帯刀していた本体をその布団の横に置いて、寝るか、と一つあくびをした。
そこに、この部屋に唯一最初から置かれている小さな座卓の上で、光るビンが目に付いた。それを手にとって、どかりと布団の上に胡座をかく。蓋を開けて一つ透明なものを取り出せば、ビンを通して見るよりも、より一層その光の粒がわかるように思えた。
食べるかどうか、考えあぐねる。所詮これは食べるものだ。そのうち俺の体の中に消える物。だというのに、何故か食べるのを嫌がる己がいる。別に、飴に好き嫌いなど無いだろう。そもそも食べたことがないのに、そんなものわかるわけもない。ならば、この感情はなんだ。何故、食べるのを躊躇するのか。
結局、答えは出ず、取り出した飴を食べる事もなく元のビンの中に戻し蓋をして、布団の上に身体を寝かした。
そうしてしまえば、酷く心地がいいことに気付く。すぐにトロトロと重くなる瞼を戸惑うことなく閉じる。
とぷん、と沼の中に落ちるように俺はその日、眠りに落ちた。

こうして、俺が初めて顕現した日は終わったのだった。



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