君と飴玉4 | ナノ




結果としては圧勝。大将首を取って帰還。
やはり行きと同様にまるで酔うような感覚に陥りながら、門を抜ければそこには既に審神者が立って待っていた。こちらが全員無事なのを確認する。

「あぁよかった、怪我もなかったんですね。お風呂湧いてますから、夕餉の前にどうぞ」
「今日も絶好調だったぜよ!大将首とったんじゃ!」
「あるじさま!ぼくきょうほまれとりました、ほめてください!」

またもわあわあと騒がしい。そこから離れるように、一人自室の方に向かう。が、後ろからぱたぱたと追いかけてくる音が聞こえてくる。しかし足を止めるつもりもなく、そのまま進んでいれば声がかかる。

「大倶利伽羅さん!」

…声を掛けられなければそのまま気付かないフリができたというのに。
振り返れば、どこかほっとしたような表情と目が合った。

「…なんだ」
「初出陣、お疲れ様でした。すごい活躍だったと聞きました!誉れも取ったと!すごい、ほんとにすごいです!あっ!お風呂の使い方は陸奥に頼んでおいたので、諸々聞くようにしてくださいね、それでは!」

こちらが言葉を発する暇もなく、しゅばっと手を振って、すぐに走って去っていく。

「………、………」

まさか、あれだけの為にわざわざ追いかけてきたのか。驚きを越した呆れから開いた口が塞がらず、暫くもう見えなくなった審神者のいなくなった庭の方を見ながら息をついた。すごいです、と審神者の声が反響する。じわりと広がるこの気持ちを、ぐっと拳を握りながら首を傾げた。

「おぉ、ここにおったんか!」

廊下の角から陸奥守が顔を出した。手には長い手ぬぐいを持っているのを見るからに、これから風呂だろう。早々に退散しようと、庭から廊下に上がり、自室に戻るように背を向けた俺の襟足を、がっしりと掴む。

「…なんだ」
「主から聞いちょらんか?風呂の入り方、教えちゃるぜよ!」

勘弁してくれ。何が楽しくて、こんなにも慣れあわなくてならないのだ。ここに来てから、まともに一人の時間が無い。本気で嫌だと睨んだが、向こうはどこ吹く風。更には「しゃわーもしゃんぷーもりんすもこんでぃしょなーの使い方も知らんのに、どうやって風呂に入るゆうんじゃ。おとなしくせえ」と言われれば、その言葉の半分が判らなかった時点で勝ち目は無いと悟った。

そうして引っ張って連れてこられた風呂は、脱衣所と呼ばれるものの奥に広がっていた。
お湯の貼られた大浴場に、体を洗う前に入るのはご法度、しゃんぷーのあとにりんす、体を洗うのはこんでぃしょなー。明日には忘れそうだ。本気で思った。異国語か?

「ほれ、初めてじゃき。わしが頭を洗っちゃるぜよ」
「必要ない」
「しゃんぷーが目に入るとごっつ痛いぜよ、目ぇ閉じとき」

こちらの言葉を聞かず、頭の中を掌がわしゃわしゃとかき乱す。ここの奴らは話を聞かなすぎる。咄嗟に目を閉じた自分に恐らく罪はない。
そうして全てを洗われた後、体の洗い方を学び、どこかさっぱりとした心地で風呂に浸かる。

「何でもここの風呂はかなり広いんじゃそうじゃ。主が無理矢理広くしたゆうとったぜよ」

大浴場と呼ばれるこの風呂は、確かに広いと思う。50人程ならばゆうに入れるのではないか。肩まで浸かれば、体の疲れがお湯の中に逃げていく気がした。

風呂に入るまでは、人間とはこんなものもしなくてはならないのかと心底面倒だったが、こうして入ると人が毎日入る気持ちが分かる気がする。確かに、これは気持ちがいい。
天井を仰ぎながら、隣の陸奥守の話をぼんやりと聞いていれば、かららと扉が開く音がした。その方向を向いて、陸奥守が「お」と声を上げる。

「なんでぼくをさそってくれないんですか!ひどい!ぼくもむつのかみにあたまあらってほしかったのに!きょうのゆうげのでざーともらいますよ!!」
「あ〜悪かった悪かった、ゆるしとおせ。今から洗ってやるき、な?この通りじゃ」

ちらちと声の方を見れば、ほぼ涙目の今剣がむぅと膨れていた。陸奥守の言葉で、少し回復したようだが、まだ機嫌は悪そうだ。陸奥守が笑いながら宥めている。

「そんなのぼせるちょくぜんのひとにあらわせるほど、ぼくはおにでもこどもでもありません!もう、あしたはいるときはよんでくれればいいです。おねがいしますよ、おおくりから!」
「…………………は?」

あまりに突然に白羽の矢が立ったお陰で全く反応できなかった。今、アイツ俺の名前出さなかったか。

「おぉ、2人とも洗っちゃるぜよ」
「…やめろ」

心底勘弁してくれと願いを込めたが、生憎とここの奴らは話を聞かない。俺の事など丸っと無視して、話を進めている。…まぁ、その時に俺がどこかに逃げればいいだけの話だ。勝手に馴れ合っていろ、俺には関係ない。
別の話題に転換した二人を横目に座張りと風呂から上がり、脱衣場に向かう。

からりと引き戸を開けて脱衣場に出ても、熱を持った体はなかなか冷えることは無かった。とはいえ、春の夜は冷える。この熱が引き出す前に、審神者が用意した着流しを着て、昼に食事をした大広間に行く。

広間の座卓には既に豪勢な料理が並んでおり、改めて自身の腹の減りを意識させた。大広間の隣に隣接する形で存在する炊事場には、暖簾がかかっており中の様子は見えない。ただそこから、様々な料理の音が聞こえる為、審神者はそこにいるのだろう。
だからといって、俺には関係ないが。そもそも、なぜ俺はここに来たのか。食事の決められた時間まではまだ時間がある。自室に戻ろうと踵を返した。その時だった。

「大倶利伽羅さん?」

今日だけでこういった状態が多い気がした。俺が後ろを向いていて、そこに審神者が声を掛ける。馴れ合ってばかりだ。低下しだす気分を他所に、振り返れば、審神者はどこか嬉しそうに、大皿に大量の肉が揚げられたもの(後に唐揚げと知る)が乗った物を両手で持ちながら立っていた。

「初お風呂どうでした?陸奥頭洗うの上手だったでしょう」

ということは、全てコイツの差し金か。勘弁してくれ、と本日何度目かになる言葉を呑み込む。余計な会話をして、深く馴れ合うのも嫌だった。

「もうすぐ夕餉出来ますから、待っていて下さいね。恐らく、陸奥や今剣もすぐに来ますから」
「………わかった」

ここから自室に戻る途中でアイツらと鉢合わせたら、余計に面倒な事になりそうな予感がした為、大人しく部屋に入る。審神者は持っていた大皿を座卓に置いて、再び炊事場へと姿を消した。どうやらもう料理自体は出来上がっているらしく、ぱたぱたと料理の乗った皿を持って置いてはまた戻るを繰り返している。
そして、恐らくそれが最後なのだろう。お盆に湯呑や手拭きを載せた物を持って、炊事場の電気を消した。

「あぁ、ようやく終わりました。お腹すきましたよね、先に食べていただいて構いませんので」
「…アンタは」
「私は二人を待ちます。神様よりも先に食べるなんて、恐れ多くて出来ませんよ」

当たり前のように笑いながら告げられる言葉は、何故かチクリと刺さるものを感じた。物理的にではなく、心身的な方の。今までにも感じたことのあるような、どこか懐かしくも体験したくないと思った痛みだった。

「大倶利伽羅さん?」
「…いつ食べるかは、俺が決める。アンタには関係ない」

ぱちくりと、相手が目を瞬いたのがわかった。だが、すぐにふわりと笑って「そうですか」とだけ告げた。何がそんなに喜ばしかったのか、わからないくらいに嬉しそうにするものだからつい、言葉が滑った。

「さん、を付けるな」
「え?」
「…名前、不要だ」

大倶利伽羅さん、と呼ばれる度に起こる不快感。それはどこの誰だ、と問い質したくなる。

「えぇと、じゃあ大倶利伽羅…君?いや、それは私がちょっと」

なぜそっちへ向かう。
うーん、と唸りながら時々聞こえる「様?いや、ちゃんとかか…?」というのは、幻聴だと信じたい。

「…呼び捨てにしろ。他の奴らにもそうだろう」

そう言えば、大きな目が更に開かれる。こうして見ると、表情が酷く分かり易い奴だな。

「い、いいんですか?そんな、今日出会ったばかりの、しかも神様に…」

謙虚さも、ここまで来ると迷惑だ。ふぅ、と1つ息をついて、改めて瞳を見る。そこに写る俺は、どこをどう見ても大倶利伽羅に相違無かった。

「…アンタは俺の主だろう。なら、呼び捨てにしたって構わない。そも、俺がそう呼べと言っているんだ、何を戸惑う」

そこまで話してようやく納得したのか、わかりましたと答えた。

「大倶利伽羅」

今度はこちらが瞬いた。じっとこちらを向いて、口は正しく俺の名を形作る。どこまでもまっすぐに、黒曜石の中には、嫌にアホ臭い顔をした俺が写っていた。
途端、向こうがふにゃりと顔を崩して笑った。

「…って、いきなり呼ぶとどこか恥ずかしいですね」

あはは、と笑う頬はどことなく赤い。俺は、頬杖をついて、どこ見るでもなく目の前から視線を外した。わけもなく、無性にこの場を立ち去りたくなった。

「もうできとったか!こりゃあうまそうじゃのう!」
「あるじさま、おまたせしました!ゆうげにしましょう!!」

どたどたと足音をおくびにも隠さず、走る音と声が聞こえる。目を廊下に向ければ、やはりあの二人が立っていた。一気に部屋が煩くなる。

「ほんに豪勢じゃのう!こりゃあ戦を頑張った甲斐があるってもんじゃ!!」

今剣が隣に座り、陸奥守が斜め前に座る。恐らく明日もこの座り方なのだろう。どうやって決まったかは知らないが。

「それじゃ、食べましょうか。皆さん今日もお疲れ様でした!そして大倶利伽羅さ…、……大倶利伽羅!来てくれてありがとうございます!存分に食べてくださいね!はい、いただきます!」

三者三様のいただきますを口に出しながら、食べ始めた夕餉はやはり美味かった。



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