鏡写しの愛2 | ナノ



2.戦場にて、毒。




いつも通りの戦場。硝煙と砂煙、それに腐ったなにかの匂いが乗ってくる。
鼻につくこの匂いを好むとは言わないが、これが俺の生きる場所であり死ぬべき場所であると理解できるほど、身に親しんだものだ。
最後の一体を屠り、ささらになる敵を眺めながら意味もなく空を仰ぐ。もう夕方だ。昼間と同じ大きさであると信じられないような大きな太陽が、橙色で世界を染めている。己の主である審神者が「夕日を見るとなんか切なくなる」と言っていたのを、最近になってほんの少しだけ理解した。

「大倶利伽羅、ちょっと来てー」

後ろの方から、慣れ親しんだ声が響く。今日の隊長たる、あの幼い見目の大太刀の呼び声に振り返れば、戦闘を終えた面子がぐるりと何かを囲うように円を描いていた。

「…何をしている?」

そちらに向かいつつ、訝しげに尋ねればこちらに気付いた1振りが答える。

「あぁ、倶利伽羅の旦那。いやなに。刀が落ちてるってだけなんだが」

刀達に囲まれていたのは、確かに1振りの刀だった。
戦場で刀がおちるのはよくある。どういった原理が知らないが、なんでも審神者曰く「己と同じ存在である刀剣男士が命を賭して戦っているのに共鳴して」落ちてくるのだという。それが、今回もあっただけ。だが、それを目に留めて大倶利伽羅も少しだけ目を開いた。

「これは…新しい刀か」

見たことも無い刀がそこに落ちていたのだ。
大倶利伽羅は審神者の近侍として傍に控えてるだけあり、本丸における政府からの命や機密をほとんど全て知っている。これは主に審神者が隠さずに大倶利伽羅に説明しているという事もあるのだが。そんな中で新しい刀剣男士が発見されたという報告は、まだ上がってなかった筈だ。

「この時代の人が誰か落としたとか?」

「いえいえここは先程まで我々が戦っていた場所でございます!普通の人間など見つかっていたりしたら一大事でありますし、人の気配はしませんでしたよぅ!」
光忠の疑問に、倍の言葉をつかってお供の狐が返す。
だが確かにその通りだ。人にこの争いが見つかって歴史が変わったら本末転倒であり、そもそもそんな事がある前に、この戦いを見ている審神者が俺達を強制送還させるだろう。

「じゃあやっぱり刀剣男士なのかな」
「新しい仲間かぁ」
「鳴狐も喜んでおりますよ!」
「………ひとまず持って帰るぞ」

一気に湧きだった面子を大倶利伽羅がまとめれば、皆一様に笑って返事をする。刀を資材を載せるための荷車に載せて、通り慣れたゲートを通る。大倶利伽羅にとって、今大事な事はこの刀剣男士が何なのかよりも審神者がなかなか帰ってこない自分達に、心配しすぎて胃を痛めないかということだった。


:::


「な、ななななな…なにやったのお前達!!!!!」

門に入って耳に入ったのは審神者の絶叫。全員して目を開け口をぽかんとすれば、審神者が一気に顔色を悪くする。

「こんなやばいくらいに穢れひっつけて何持って帰ってきたの!!とにかく!!全員!!手入れ部屋入って!!!!!」

何人かの首根っこを掴み、無理矢理手入れ部屋に入れる。状況が理解出来ずに慌てる声が上がった。

「どうしたんだい主!?ちょっと襟首掴まないで!せめて手を掴んで!こんなの全然かっこよくないよ!」
「うるっさいわ!特大の穢を全員で背負ってる奴らが何言ってんの!ちょっと石切丸呼んできて!あと青江!塩もってきて塩!冷水も!」
「そう言われると思ってね。白い粉を持ってきてるよ…………塩の事だよ?」
「一部の奴らにわかりにくいボケしない!ほら全員手伝い札使って手入れされてこい!」

べしべしと順に手伝い札を顔面に当てられて、全員で手入れ部屋に向かう。その途中で審神者が大倶利伽羅の袖を掴んだ。

「後で私の部屋来て。もちろん部隊全員で。それから…おかえりなさい。無事でよかった」

酷く疲れた顔と声でそれを伝えるものだから、己がとんでもない過ちを犯したのかと心が荒む。それでもへにょりと笑いながら伝えてくれる言葉に嬉しがる己を感じながら、審神者の頭を撫でて手入れ部屋に入った。



そうして、全員揃って執務室に集まればぴりとした緊張が部屋に漂う。審神者から円を描くように座れば、部屋は一気に手狭になった。

「それじゃあ1通り説明してもらいたいんだけど、その前に」

ごとりと審神者が背中から"何か"を出した。その"何か"に、全員が息を呑む。

「主、これは?」
「これは、貴方達が持って帰ってきた刀」

目を見開いた。余りにも記憶と違っていたためだ。
それは、死んだ珊瑚のようなものを元の形がわからないほどに纏い、パキパキと未だに形を変えていっている。今は棒状のモノとなり、刀と言われてみて、そういえばそうかもしれないと思うほどのものだ。どちらかというと、白くて太い枝と言った方がわかりやすい。棒の真ん中には白地に赤の文字で書かれた札が貼られていて、それがより異様さを目立たせている。

「余りにも瘴気がすごいから、無理矢理札で封じさせてもらった。今この刀は、中に宿る魂ごと封印してある形になってる」
「それじゃあやっぱりこの刀は刀剣男士なんだね」
「うん。で、色々説明が欲しいんだけど。まずこの刀を拾うまでの経緯はどうしたの」

封じられた刀を脇に寄せて、審神者が今いるメンツ全員に視線を向けた。

「単にいつも通り戦かって勝って、刀が落ちてたから拾っただけ。見た事ない刀だったからどうしようかとは思ったけど」

答えたのは今日の隊長であった蛍丸だ。話を聞いて審神者が首を曲げる。

「貴方達はこの刀を見て、ただの刀だと思ったの?」
「どういう意味だい?」
「私が刀を見た時、周りを禍々しい穢れが刀を覆っていて元の形すらわからない状態だった。貴方達にその穢れを負わせるほど。今は封じているから大丈夫だけど、正直封じること、ていうか最早触る事すらはばかられるほどだった」

そこで、審神者の視線がこちらを向いた。意見を求めているのだろう、自身の記憶を思い返す。
俺達が見た時は、確かに刀だった。己と同じ刀。それを伝えれば、少し考えるようにして審神者は口を開いた。

「じゃあこの刀にとって毒になったのは本丸か…」
「つまりここに持ってきたからそうなったってことかい?」
「多分ね。本丸っていうのはこれそのものがとても清廉されたものだから、穢れの塊になったこの刀にとっては毒だったんじゃないかな」
「それって…」

聞きかけた蛍丸に、審神者がゆっくりと笑いかける。脇に置いた刀をするりと撫でてから再びこちらに向き合った。

「この刀はもう堕ちてる。かつては刀剣男士だったんだろうけど、今は瘴気に魂が潰されて元の体も何もわからなくなってる。視覚的にも、肉体的にも」

…それで俺達も何の刀かわからなかったのか。納得していれば、審神者の釣り目気味の瞳がこちらを向いた。

「貴方達に穢れが移ったのは、この刀の穢れが原因だと思う。手入れ部屋にも穢れがびっしりと付いちゃったから、暫く出陣は禁止。今石切丸が祓ってくれてるからそれが終わるまでね」
「はぁ?それ本気かよ」

ブーイングを示したのは、今まで興味なさげに聞いていた同田貫だ。その言葉に審神者は「当然でしょ」と軽く返す。

「手入れできないのに出陣して何かあったらどうするの。本丸に帰ってきても出血多量で折れたら意味ないから」
「……へーへーわぁったよ」

どこまでも不服そうに返す同田貫に、少しだけ苦笑いをして審神者は脇の刀に視線を戻した。

「ここまで堕ちてしまった刀剣男士は、もう刀解するしか道は無い。でも、それが出来るのはあくまでもこの刀の主である審神者だけ」
だから。審神者は1度言葉を切った。一瞬だけ瞳を伏せて、すぐに開く。そこには迷いはない。

「この刀を元の審神者に戻すね」
「大将、誰が主かわかるのか?」
「今、こんのすけに頼んでるから今日か明日中にはわかると思う」

あの読めない政府からの使いである管狐を思い出して、眉を顰めた。大倶利伽羅はいかんせん、あの管狐が苦手だ。

「政府にも報告したんだけどなんだか時間がかかりそうでね。また何か動きがあったら集めるから一旦解散にする。今日はお疲れさま。ゆっくり休んで」

ぞろぞろと部屋を出ていく中、大倶利伽羅は立ち上がらずにいた。光忠が最後に部屋を出たのを見届けて、審神者がこちらを見る。どうせ俺が残るとわかっていたのだろう、襖を静かに閉めてから改めて俺と向き合った。2人きりになった部屋は、やけに広く感じる。

「あのね、この刀なんだけど」

する、と撫でるのは横にある白く化石のようになっている刀。

「刀が堕ちてしまう事はたまにある事でね。神様は人と違って魂そのものが剥き出しだから汚れを受けやすい。神様って人の信仰や祈りから生まれる事が多いと言われてて、刀なんかはその最たる例なの」

それはなんとなくわかる。俺が付喪神として生まれた時、何を感じたかといえば恐らくそれは、人の何かしらの強い感情だったように思う。人というものは周りに大きな影響を与えるものだ。それが良いことにせよ、悪いことにせよ。

「貴方達はそうして付喪神として生まれた所を、私達審神者の力で人としての体を持った。それだけでもう神としては一線を画す。神は人でないから神なのだから。獣であれ妖であれ、人知を超えた奇跡を起こせるのが神。だけど貴方達は神としての魂を持ちながらも、人の体を持った」
「……」
「そうして人の体を持ったことで今まで無かった確かな感情を持った。些細なことで波立つ人の心も付随した。その心を持て余す刀は、少なくない」

あぁ、と納得する。この話の意図を掴んだからだ。

「それで、堕ちるのか」
「原因は他にもいっぱいあるけどね…。私も何振りか堕ちてしまったのを見たことがあるよ」

一瞬だけ遠い目をしたのを、大倶利伽羅は見逃さなかった。だが言及するよりも早く、審神者が口を開く。

「でもここまで堕ちてしまったのは見たことがなかった。だけどどうしてこうなったかはわかる」
「……」
「この刀は、歴史を変えようとしたんだ」

きっぱりと断言した審神者を見れば、顔に寂しげな顔が浮かぶ。

「何を変えようとしたのかはわからないけど。過去の史実を変えようとした。でも、それは私達が許さない」

私"達"ということは、審神者全てを指しているのか。問えば、そうだと首肯される。

「貴方達は、私達審神者を"主"として慕ってくれる。これは貴方達の根幹として備わってる刀剣として本能のような物。でも、私達人間がそれだけで貴方達を神を使役など、出来るわけが無い」

審神者の瞳が淡く揺らぐ。何か不安を持っている時の合図。大倶利伽羅は、この審神者という人間の機微に酷く聡くなっていた。

「…契約をね、してるの」

審神者が下を向いて、さらりと落ちた長い髪が、審神者の顔を隠す。

「何重にも何重にも契りを掛けて、貴方達が決して歴史を変える事の無いように、人の敵にならないように。ロボットに制御をかけるように、貴方達に多くの契約を重ねてある」

なるほど、確かにそれは初耳だ。恐らく自身の反応に不安を持っていたのだろうが、そこまで不安に思う内容だろうかと首をひねる。

「それがなんだ。神を束ねるのに制約は必要になってくるだろう」
「…それは、そうなんだけど」

嫌に歯切れが悪い。まだなにか隠してるなとにらめば、視線をうろうろとさまよわせた。

「あのね、貴方達が歴史を変えようとした後が問題なの。単純に心が堕ちてしまうのではなくて、歴史に介入しようとした瞬間貴方達の魂は、根っこの先まで壊れて消えるようにしてある」

つまり、もう二度と戻る事は無い。穢れを負って、地に堕ちただけなら禊と時間が癒してくれる。しかし、歴史への介入は完全なまでの消滅。本霊に還る事もなく、全て消える。存在の否定。

「1度裏切った刀剣男士をもう一度信頼して使うほど、この戦争は余裕が無いから。もう壊してしまった方がいいだろうって」
「この刀は」
「歴史に介入しようとしたのはわかる。でもどうし消滅せずにここにいるのかがわからない」

そればっかりはもう知りようがないのだという。この刀の主の審神者なら何か知ってるかもしれないが、こちらはもう知ることは無い。

「そもそも歴史介入を審神者が許すはずがないのだけれどね。…まぁ、そういうわけで向こうの審神者と接触する時、傍に控えてて欲しい」

だからこの話を俺にしたのか。恐らく、向こうの審神者と直接話をする時人払いなりなんなりをするのだろう。そうなった時、込み入った話を知る刀剣がそばに控えていた方が何かと都合が良い。後々、余計な蟠りを生まないためにも。頷けば、ほっとしたように審神者が笑う。

「ありがとう。なるべく穏便に済ませようと思うから、そんな大事にはならないと思うんだけど」
「警戒するに越したことはない」
「…ちょっと過保護すぎると思うけど?」
「………へぇ?」
「アッうそうそ、これくらいが嬉しいなぁ審神者をこんなに心配してくれるなんて幸せで涙出ちゃう!」

きゃっ、と可愛くもない声を上げて審神者は襖を開けた。もうこの話は終わりなのだろう。お茶淹れてくるね、と部屋を出ていく。しんとした部屋の中、ぽつんと置かれた大倶利伽羅が持って帰ってきた刀が目に入る。未だにパキパキと形を変えていくそれは、同じ刀とは思えない。堕ちた、という事はここに入っている魂はもう壊れているのだろう。果たして、そうなってまでも変えたかった歴史とは、一体何なのか。大倶利伽羅には、終ぞわかる事は無かった。


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