鏡写しの愛 | ナノ



1.彼女




大倶利伽羅は刀剣男士である。この本丸の最初の方に呼ばれ、審神者に仕えてきた古参の刀だ。
練度も上限まで上がり、今はもっぱら練度が上がりきってない奴らを補佐し助ける役目と、審神者が突然奇行を起こした時に止める役目を負っている。審神者の奇行、と聞きなれない奴もいるだろう。逆に聞きなれてる奴がいたらお互いに苦労してるなと、肩を叩き合いたい。ここの大倶利伽羅は、馴れ合う馴れ合わない以前に、周りと協力しなければ命の危機に晒される事がよくあった。主に審神者のせいで。その内容は…、あまり、語りたくない事だが。そうして、なんやかんやあって大倶利伽羅が近似の位置に定着した。ここは、本当になんやかんやあったと言いたい。
そして、そんな審神者がまた今日も大分頭のおかしい事をしているのだ。

「あぁ〜〜〜〜やっちゃった!!!!!!」

聞こえてくる彼女の叫び声。かなり広い本丸でも、きっと端から端まで響いただろう。それからあちこちから聞こえる「やっとか」という声と襖を開く音。と、同時に大倶利伽羅の背中あたりからパタタタタタと軽快な音も。
縁側に座っていた体を曲げて後ろを見れば、案の定大倶利伽羅の腰布の上に並んであったドミノが全て倒れていた。

「待って待って待って…!!ここまでどれだけ苦労したか…!あぁー!私のドミノで本丸一周計画が!!」

ここの審神者、朝から本丸中にドミノを並べていた。正確には朝餉が終わったあたりから並べていた。ここ数日敵の動きがなく日課以上の事をこなす必要がなかった為、恐らくこの審神者は暇を持て余していた。ドミノやり始めるくらいには暇していた。
審神者の自室である執務室から伸びたドミノはどんどん続き、刀剣男士が多く集まる廊下や広間の前にまで続いた。それに気付かず縁側に座って寝ていた俺の腰布の上にドミノが置かれていた時にはいっそ倒してやろうかと思った。動くに動けず3時間。もうすぐ昼だ。腹が減った。ケツも痛い。倒れたということで動いてもいいだろうと判断し、立ち上がれば腰布の上にあったドミノがバラバラと廊下に落ちた。逆によく布の上に立ったな。
部屋から出るに出れなかったり、逆に戻れなくなっていたりしたものがざわざわと戻ってくる。俺も同様に歩きながら、廊下を進んだ。
ドミノは、刀剣男士の自室が密集する方の屋敷にまで続いていて、ドミノの途切れた先に、見慣れた塊が蹲っていた。

「おい」

声をかける。ぴくりと動いた体が呆然とした顔のままこちりを向いた。釣り目気味の目と、下がった眉が悲しみを表している。これがここの審神者である。名を小桜。当然偽名だが。

「さっさと片付けろ」
「おっ、大倶利伽羅聞いて!あと、あと少しだったの!あと少しで本丸一周したの!!」
「そうか、しないでよかったな」
「………死にたい………」
「安い人生だな」
「この肘が…まさか私の肘が………」

結構本気で傷ついているようで、俯く背中はいやに小さい。少しだけ考えてから、自身の腕を相手の頭に差し伸べかけて、

「よし、片づけよ」

手を止めた。いきなりシャキリと切り替えて立ち上がるのは心底止めて欲しい。差し出した手が意味もなく空をかく。審神者の頭をひっぱたいておいた。

「よう主、驚きの提供は終わったのか?」

何故叩かれたのかわからずにこちらを見る審神者に、庭先から声をかけたのは鶴丸国永だ。笑顔を見せながら軽く手を振るアイツだが、朝からドミノのせいでまともに動くことが出来ず、なかなか不貞腐れていたのを知っている。

「終わっちゃったよ提供できないで終わっちゃったよ、まさか私の肘がこんな所で敵になるなんて。午後は鶴がやっていいよ」
「おっ!期待してていいぜ!驚きをもたらそうじゃないか」
「やめろ」

この本丸には遊びガチ勢と呼ばれるものが存在する。その名の通り、何の役にも立たない遊びやイタズラに命をかける者達だ。主はその筆頭にたつが、その後ろに来るのはやはり国永と、さらに三日月のじいさんが来る。たまに脇差。
コイツらのイタズラは正直、洒落にならないくらいにやばい。よくある盗み食いや鬼ごっこのような可愛い物だったらよかったのだが、コイツ等の場合、何かの実験と言ってもおかしくないくらいにやばい。注意する立場の長谷部が一緒にやり始める位にはやばい。レベル的な意味で。本気と書いてマジ。マジでガチなイタズラをしかけてくる。物理的法則やら生物的知識やら科学的実験まで、幅広く知識をつけて周到にやってくる。コイツらが一度手をつけ始めたら、とことんやり尽くす。花火を打ち上げたいと国永が意味もなく言ったら、花火を審神者が作り始めてその2ヶ月後にはお手製の花火が本丸の空に浮かんだ。短刀が何か思いっきり遊びたいと言えば、その一月後にはアスレチック場が裏山に出来た。しかもお手製。最近、あそこにはログハウスが増えた。お陰で山伏が帰ってこない。やめろ。
そういう事から、何が奇行の発端になるかわからないため、常にこの審神者の隣にいる俺が必然的に止める役割を負っている。

「まぁまぁくり坊、今回は可愛いものにするさ」
「お前らのかわいいを周りと一緒にするな」
「お、鶴。もう何か考えてあるの?」
「少しな。主、耳を貸してくれ」
「うん?」

こいつらに俺の話が届く日は来るのだろうか。来ないだろうな。
こしょこしょと話しながら小さく笑う2人に、諦めのため息をつきながら、俺は倒れきったドミノを見た。3時間だけでこの広い本丸を一周させられそうになるほどの集中力。いつもはこんな風にちゃらんぽらんで、頭が弱い審神者に見えるが、この審神者はなかなか優秀だ。
戦事に関わったことはない、と言っているがそうは思えぬ大胆さと緻密さ。それから勢いがある。最も本人いわく「最後は結局全部勢いでいけ!ってなる」とのこと。それで事実現在行けているのだからそれはつまり、そういうことだろう。
だが、この審神者の本来の強みはその戦事における冷静さと胆力の強さではない。コイツの強さは技と霊力の扱いの上手さだ。
式神、結界、刀装、手入れ、鍛刀までこの審神者はありとあらゆるものを得意とする。札を作れば最上級、穢れを祓うのも容易にやってのける。霊力の量としては多く見積もっても上の下だが、その量でもまるで海の様に存在するかのようにうまく制御して使う。そうした器用さと生来の才能から、政府に何かあった際に呼ばれたりする事も多い。その分、やっかみや妬みも多くあるのだが。
更にこの審神者は、神職系の血筋を正統に引いている。もっとも、審神者というよりも、祭祀を行うことが大半の家系であったため、眠った神と心を通わせその力を目覚めさせるという審神者独特の力を持つコイツは、家の中でも持て余されてきたらしいが。そうして逃げるように家を出て審神者になったという。
それでも、今審神者という職は戦における要として非常に重要視されており、破格の額が審神者には当たり前に支給される。これは、審神者の命を金で買い『これだけ払うのだから死んでも文句言うなよ』というのが政府の考えにまずあるからだ。人聞きは悪いがこれが1番人を黙らせる事なのだと、審神者は言う。
そうして審神者の実家が狙うのは、審神者が死んだ後に支払われる遺族への莫大な保険金だ。だから、審神者とその親族は縁を切るべき、というのが基本の中で、家はあの手この手でそれを阻止してきた。
まぁ、そんな家とももう本当に縁を切ったのだが。

「やばい鶴…それ、最っ高だわ…」
「だろ?主ならそう言ってくれると思ってたぜ!」

感嘆の息をつきながら審神者が鶴丸の背中を叩く。午後やるいたずらを聞いたのだろう。また長谷部の血圧が上がりそうな予感がした。

「ふふふ……大倶利伽羅、楽しみにしてるといいよ!」
「あぁ、くり坊にも最高の驚きを提供しよう!」
「いらない」

返品不可だぜ!叫びながら鶴丸が庭の奥に消えていく。アイツはどこに行くんだ、2度と戻ってくるな。

「いやぁ、でも本当に楽しみにしてて。絶対良いことだから」

ニコニコと笑いながら懐から取り出した袋に倒れたドミノを入れていく。良いことだろうが悪い事だろうが、俺はそれを止めなくてはならない。それが近侍としての役割だからだ。

「今日のお昼はなんだろうね!」
「…………さぁな…」

言葉と共にため息を吐き出す。こちらの苦労も知らず笑っているその顔が、俺は苦手だ。

「うぅん、でももうドミノ拾いたくない…疲れた…」

暫くすると、そんな弱音と共に審神者がどこか遠い目をする。「自業自得だ」と言えば「わかってるよぅ!」と逆切れの返事が返ってくる。
再び己の口から溢れる嘆息。何も言わずに廊下に倒れるドミノを拾い上げて袋に入れていく。
手の動きが止まっている審神者を不審気味に見れば、ぽかんとした顔と目が合った。

「…なんだ」
「いや…うん、やっぱり大倶利伽羅優しいなぁって…」
「見てられなかっただけだ」
「うん、わかってる。ありがとう」

えへへ、と控えめに笑ってから審神者もすぐに片付けを再開した。大倶利伽羅は、その顔が苦手だ。

「今日の夕餉はなんだろねー」
「昼餉もまだなのにか」
「ご飯っていくら食べても飽きないよね」
「太るぞ」
「殴るぞ」

べし、と痛くもない力で頭を叩かれる。気づけばほとんどのドミノは片付けられていた。

「ほら、立って。お昼に行こ」

こちらに手を差しのべるその顔には、まだ少しだけあどけなさが残る。手を握りながら立ち上がれば、満足したように審神者が笑った。

「…長谷部に怒られないといいなぁ」
「それは…、無理だろう」
「だよねぇ!」

この本丸で審神者の采配に口を出せる数少ない刀剣の名を出して、審神者はすぐに顔をしかめた。俺自身も今頃広間で眉間に深くシワを刻んでいるであろうあの紫の刀を思い出して、遠い目をする。

「あ〜あ、どうせなら1周させたかったなぁ」

懲りてないな、この主は。
相手に気付かれぬように嘆息して、握られた手を少しだけ強くする。
……まぁ、戦にあまり出られずに暇だったという気持ちはわかる。だからといって、その持て余した気持ちがドミノに行く気持ちはわからないが。
それでも、多少はわかるから、今回はコイツを庇ってやろうと思った。長谷部に共に怒られてやろうとも。

「明日は何しよっかねぇ」
「……せめて2日は開けろ」

きょとんとしてから、すぐにへにょ、と笑う顔がこちらに向けられる。大倶利伽羅は、審神者の笑顔が苦手だ。何を言われても、許してしまう気になるから。
結局、大倶利伽羅がこの審神者のすっとんきょうな遊びを止められた事など、ありはしない。最終的には許してしまう己の弱さを、審神者のこの気の抜けた顔のせいにして、握り返した掌の熱を感じた。

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