君と迎える明日2 | ナノ



「あー、美味しかった!」
店を出て、座り続けてた体を伸ばしながら喜びを口にする。久しぶりにここに来れたけれど、相変わらずおいしかった。疲れた体には、より美味しさが染み込んだ気がした。

「お土産買って帰ろっか」
まだ少しだけ名残惜しい気もするが、本丸に残してきた彼らも心配だ。大倶利伽羅と共に並べば、どちらともなく手が握られて歩き始める。
今日のお土産は何にしようか。こないだは一人一つお揃いのキーホルダーをあげたのだった。一つの単価が安いとはいえ、なかなか私の懐事情は厳しいものがあった。まぁ、喜んでくれたから全く気にしてないのだけれど。

「今回は何にする?」
大倶利伽羅を見上げれば、その視線はどこか遠くを向いていて、こちらの声が届いていないように思えた。

「大倶利伽羅?」
名を呼べば、一瞬でこちらに戻ってくるが、その視線がこちらに向けられることはない。何だろう、先程も少しぼんやりしていた。
…もしかして、相当疲れてるんじゃないだろうか。彼も私の書類を手伝ってくれたのだ、疲れていないわけないのに今回も連れてきてくれた。いつからかずっと続くこの習慣を、律儀に守ってくれた。私が楽しみにしてることを知ってたから。
知らずのうちに握り締める手を強くしていたらしい。どうした、と言いたげな瞳がこちらを向いた。

「ごめんね大倶利伽羅、疲れてるのにわざわざ連れてきてくれて」
「…今更だ」
「うん、そう言ってくれると助かるな。本当にありがとう」
笑えば、向こうも少しだけ目を細めてくれる。その優しげに弧を描く瞳が、私はかなり好きだ。優しさと愛とが入り混じる、この金の瞳を私はずっと見てたいとすら思う。

「そういえばさ、最初にここに連れてきてくれた時も似たような会話したよね」
あの時の彼の返事は確か「俺達の将ならば、これくらいで頭を下げるな」だった。相変わらず甘い事だ。
思い出して、なんとなく嬉しくなって笑っていれば訝しげな視線が向けられる。

「んふふ、ちょっと思い出し笑いしてただけ」
「変な笑い方をするな」
「こうやって、思い出が増えていくのは嬉しいね」
ぴたり。彼の歩く足が止まって、そこから半歩進んだところで私も振り返って足を止めた。
彼は相変わらず無表情だし、常の表情と何も変化はないのだけれど。
私には何故か、彼が泣いているように感じた。

「大倶利伽羅、どうしたの、何か嫌なことあったの」
すぐに近づいて、彼の頬を両手で挟む。バーチャルとはいえ、余りにも良く出来てる周りを歩く人々が遠巻きに見てるのがわかったけれど、そんなことどうでもいい。私の一番大事な彼が、まるで迷子のような顔をしてる方が問題だった。

「違う、悪かった」
やんわりと頬を挟む手を剥がして、大倶利伽羅は至極いつも通りの声で応答した。
それからすぐに手を握って、帰ろうと促してくる。

「ダメ!!」
突然大声を出したからか、周りの人も、目の前の大倶利伽羅も驚いた顔をした。でもそんなことお構いなしに私は言葉を続ける。

「そんな顔してるのに隠そうとしないで。私には隠し事しないって言った。私がまた変な事言ったんでしょ、そしたらちゃんと言って、絶対に直すから」
お願い、大倶利伽羅。
最後の言葉は、少しだけ震えてしまった。ダメだ、泣いちゃダメだ。泣いたらまた彼が泣けない。
剥がされた手で再び両頬を挟んで、無理矢理こちらを向かせる。彼の眉間には、嫌というほど深いシワが刻まれている。

「貴方を一人で泣かせたくない、私ばっかり支えてもらってるじゃん、貴方一人に我慢して欲しくないの…!!」
あぁダメだ、泣いてしまう。

堪えきれず、ぽろりと一粒だけ溢れた雫を彼が落とすことなく指で掬う。

「………悪かった」
先ほどとは違い、優しい語尾でそう言う彼に少しだけ心が安堵したのがわかる。それに、にっと笑い返して手をおろす。改めて考えれば道の往来で何やってんだ、と今更ながらに恥ずかしさが込み上げてきたが、きっと気にしたら負けだ。周りの生暖かい視線など気にしない。

「…少しいいか」
するりと手を握りながら、限りなく断られる事を前提に聞く彼に、全然いいよと返す。それにほっとしたように目を細めて、彼は足を進め始める。

いつもならまっすぐ歩いて本丸に続く政府の施設を目指すが、今回は道を右に曲がりそのままどんどん道の中心から外れていく。

私は何も尋ねずに、ただ連れていかれるままに足を進めた。私よりも先を行き、どこか小走りで歩くその背からは表情は見えないのが、少しだけ残念だなと思った。

そのうちにどんどん進む続けて、道は町を出た。
このバーチャルの世界は相当大きく、大きな山を4つほど抱え込み、その山のちょうど真ん中にこの町がある形になっている。山は一般的な世界に存在しているものと変わりなく、できる限り最も世界の中で自然が生い茂った時代に合わされている。
そうした山の中にある町は、実際はそこまで大きくない。むしろ周りにある山の方が大きい。これは、審神者がその本質を誤る事がないようにするためだ。つまり、物欲に溺れないようにするため。
そのため、小さく小規模で作られた街を出るのは容易い。が、出たところでどうせ山しかないので出る意味はない。

そうして、町と山を区切る細い道に出たところで、よくやく目の前を歩く彼は足を止めた。
くるりと振り返ってこちらを見る顔は、思ってたよりも険しかった。

「山登り、してもいいか」
一瞬だけぽかんとした自分は仕方が無い。

「目の前の山を登るってこと?」
「そうだ」
「うん、全然いいよ!」
今度は、逆に向こうがぽかんとする番だ。
その表情にしてやったりと思いながら、握る手を強くする。

「大倶利伽羅が行くっていうならどこへでも一緒に行くよ。当然でしょ」
言えば、大倶利伽羅はやはりどこかほっとしたような顔で私のことを横抱きにした。

「…うん?なんで私横抱きにされてんの?」
「山道をそんな草履で歩けるわけないだろう。そもそもそっちに合わせてたら日が暮れる」
がさごそと明らかに人が通るべきでない道から大倶利伽羅は、山に侵入した。当然驚いたが、大倶利伽羅の首に腕を回ししっかりと抱きつけば、かなり安定しており、しかも適度な揺れと安心感を感じた。

「…寝るか?」
「いや、寝ないよさすがに。ていうか重いでしょ、ごめんね」
「それこそ今更だな」
確かに…!確かに普段からおんぶも抱っこもやってもらってます…!!
何も言い返せないことに悔しくなりながらも、来た道をぼんやりと見つめた。大倶利伽羅が一人通った位では、その痕跡も残せない深い山。これ、帰り大丈夫かな、なんて全く不安に思っていない頭で考えた。



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