こっちへおいでと鳥が啼く4 | ナノ



ふわりと目を覚ました。どうやら丸まって寝ていたらしく体がなんとなく痛い。上半身を起こして、血の気が引いた。
だって、なんだろう、僕が寝ていたこの部屋は、おかしい。
僕が見える世界だけでも、びっしりと辺り一面に何かが貼ってある。壁にも床にも、机であろう物にも、本棚にだって全部、全部、白い札のようなものが貼ってあるのだ。後ろの襖にだって全部だ。辺りを見渡しても、むしろ貼ってない所を探す方が難しい位だ。

「うっ…」

部屋の異常さのせいか、吐き気がしてきて咄嗟に口を手で抑えた。でも吐くものなど無く、ただ咽て終わる。

「目が覚めたか」

ひゅ、と息が止まるかと思った。
開かれた襖の向こうに、男の人が立っていた。僕をここまで連れてきた、あの怖い人。
震える体を抑えることもなく、男の人を見上げれば、外はもう真っ暗になっていて、月が見えた。それも、紅い月だ。月を背に、彼はその光を浴びて赤く輝いているように見える。見ようによっては酷く神々しいこの光景も、今の僕にとっては恐怖でしかない。

僕がガクガク震えて何も言えないとわかったのか、小さく息をついてから、男の人は部屋に入ってきた。後ろ手で襖を閉めて、こちらを見てくる。それだけで僕はさらに体が震えてくるのだけれど、あろうことか男の人は腰にさしてある刀を抜いた!
あ、死ぬんだ。

そう思った瞬間、だん!と大きな音を立てて、男の人が多い被さってきた。いわゆる、馬乗りってやつだ。クラスメイトが喧嘩の時とかにたまにやるやつ。それだけで済めばよかったのに、男の人は抜いた刀を僕の首筋にひたりと当てて来た。首に冷たい感触が当たる。震えたら刀が当たって切れてしまう、そう思っても震えは止まらない。だが、何を思ったか、男の人が口を開く。

「アイツに、二度と手を出すな」

何のことだか全くわからない。アイツって誰だろう、さっきの女の人かな。でもあの女の人と会ったのは今日が初めてだし、手を出したって何?そんな記憶だって全くない。もしかしたらこの人達は僕を誰かと勘違いしてるのかもしれない。
だからといってそんなこと言える余裕は全くなく、僕は震える頭をぶんぶんと縦に降るだけだった。まるでそうすれば許されると思ってるように、僕は必死に振った。

「手を出さないと、誓うか」
「ち、誓う!ぜっ、絶対誓う、から…!」

ここから帰して殺さないで死にたくない。
そう言いたかった口は相手が僕の口元を、手でがっしりと掴んだ事によって妨げられた。両頬を痛いくらいに押されて、いわゆる口がタコになる状態になった。こちらの動揺などお構いなしに、男の人は襖の向こうに目を向けた。

「おい、聞いてたか。もう充分だろう」
「うん、お疲れ様」

すらりと開かれた襖の向こう。そこには声の主であり、先程と寸分変わらぬ姿の女性が佇んでいた。
襖を開けたまま、女性は静かにこちらに入ってきて、僕の隣、刀が突き刺さっているのとは逆側に座った。
そうして、優しく僕の髪をさらりと撫でる。触られる瞬間にびくりとして逃げたくなってしまったけれど、未だに馬乗りをされている僕は、動くことなどできない。女の人はそんな僕の反応を全く気にしていないようだった。

「ねぇ、どうだった?」

心臓の音がやけにでかく感じる。どくんどくん、てまるで太鼓みたいだ。でもそれと比例するように僕の体は震える。

「自分の呪いが、自分に返ってきた気持ちは」

ぱん、と額に何かが付けられて、視界が狭まる。額に貼られたそれが辺り一面に貼られた札と同じだと気付いたのは、結構経ってからだった。
だって、だってその辺り一面の札が、一斉に光出したのだ。それもただ光るだけじゃない。その白い札に何か目のようなものが一斉に浮かびあがった。それが赤く光るものだから、さっき夢で見た子供の瞳を思い出した。

「な、なに、これ」
「知らない?この本丸で一番の御神刀が作ってくれた札だよ。そこら辺の呪いなんかイチコロさ」

わからない、なにもわからないと首を振る。未だに首筋に刺さったままの刀が当たって、皮膚が切れた感覚がした。
呪い?自分の?意味がわからない。だってそんなことした記憶もなければ、する予定もない。僕は心の底から叫んだ。

「僕は何もやってない!きっと誰かと勘違いしてるんだ!僕は本当に何もやってない!!」
「あぁもううるさいなぁ。全くなんで記憶まで消えたかな、今から全部返すからそれで納得して」

まるで頭が痛いとばかりに首を振られて、僕の顔は一気に絶望に染まる。途端、札の光が増して、目が開けられないくらいになった頃、僕の記憶はそこで途切れた。



:::



「いや、だからね。僕はやりすぎはよくないよって言ったじゃないか」
「でも石切丸だって結構ノリノリだったじゃん!札あそこまで貼る必要無いのに、貼った方が雰囲気出るよってさ」
「あ、あれは…そうだね、そういうものなのさ。結果として相手は倒れたからいいじゃないか」
「うちの御神刀がこんなにも適当。これでいいのか」

主と石切丸のやり取りを聞きながら、小さくため息をつく。
縁側で3人。俺、主、石切丸という謎の順番で座っている。
この本丸に、謎の瘴気のようなものがかかって1週間。主と石切丸が更に謎の実験を初めて3日目。そして昨日、訳のわからない男が迷い込んだ。

本丸内に誰か知らない人が入ってる感覚がすると主が言うから見に行けば、そこそこいい歳、恐らくここの主と似たくらいの年の男が立っていた。
恐らくこいつが侵入者だろうと見ていれば、まさか泣き出した。しかも大泣き。いい歳した筈の男がこんなにも泣くのかと本気で引いた。
仕方なく本丸に連れていけば、主は笑うわほかの奴等も笑うわで散々だった。
しかもあの男、コイツと手を握ってなかったか?意味がわからない。腹いせに刀突きつけたが、驚くほどに震えていた。主がそれを見て「生まれたての小鹿」と言っていた。意味がわからない。

「いやぁ、でもまさか呪い返しをしたら、それに耐えられなくて子供がえりしちゃうなんて思いもしなかった」
「そうだね。こちらとしては2度と手を出さないでね程度で済ます予定だったのに、主が呪い返しを倍で返すから…」
「まぁ待てよ石切丸。あれはあれでいい経験だった。大の大人がぴーぴー泣いて、しかもそれを大倶利伽羅が抱っこして、くる、なんて…!だ、だめだ思い出しただけで笑う…!しかも、真顔で…!ひぃ、こりゃやばい…!」
「是非、僕もその光景を見たかったよ…聞いただけでこれ程なのだから、きっと見たらっ…!大変な事になってたんだろうね…!!」

笑顔を抑えるかしゃべるのをやめるかどっちかにしろ。
腹を抱えて笑うコイツらを、今すぐ殴りたい気持ちになったのをぐっと抑えつつ、たまたま通りがかった光忠を殴る。なんか叫んでいたが知ったことか。後で飯を手伝う。

「結局、彼は誰だったんだい?」

未だにひぃひぃ笑う主に、ほんの少しだけ落ち着いた石切丸が問う。
こちらに対して失敗したとはいえ呪いを掛け、仮にもこの本丸に入ってこれたのだ。ただの人間では無いのだろう。…まぁ、この本丸に入ってきたのは隣の主と石切丸が色々と画策したおかげなのだが。

「あぁ、あの人ね、政府の役人だったみたい。それでなんか良くわかんないけど、あの人の担当する審神者の演練の成績が随分悪かったらしくて。だから至る所の審神者に呪いふっかけて、勝てるようにしたかったみたい」

馬鹿だよねー!とは主の言葉だ。なるほど確かに担当者だったら納得がいく。どうやら付喪神の事を認知できなかったようだが、おそらくそれは男の精神状態がまともじゃなかったのが原因だろう。俺を知覚できたのは、あまり考えたくないが。

「きっと相性がよかったんだね!」
「やめろ」
「大丈夫、今剣の事も見えてたみたいだし、2人とも何かあるのかも」
「本気でやめろ」

ぐっと立てられた親指を折りたくなる。あの男と相性がいい、だとか、考えただけで気持ち悪い。

「まぁ、無事に事が済んでよかったね」
「そうだね、あの人は然るべきところで然るべき罰を受けるだろうし。色々とありがと」

座っていた縁側から立ち上がり、石切丸は奥の方へ消えた。恐らく自室へと戻ったのだろう。確か、そろそろはらきよの時間だ。
1週間前にここを漂っていた瘴気はもうない。主と石切丸いわく「そもそものやり方が間違っている」呪いだったらしく、意味はないらしいが、それでも無い方が当然良い。無くす方法が何であれ。
隣で足をぷらぷらとさせるコイツの顔は晴れやかだ。まぁ、それならいいか。と庭を見やる。遠くから短刀達の声が響く。恐らくまた何かで遊んでいるのだろう。
だが今回の件で今剣は敵に回したくないと本気で思った。

「あの人にさぁ、言われたんだよね」

夜、一人で庭に立っていた今剣を思い出してげんなりしていれば、隣のコイツが言う。瞳はまっすぐ向こうを向いており、こちらからは横顔しか見えない。

「こんな所で二人ぼっちで寂しくないの?って」

それを聞いて、そうか男は俺以外の刀剣男士を知覚していなかったなと納得する。

「それで」
「寂しくないよって答えたよ。不思議だよね、その状況を想像したんだけど、本当に全然寂しくないの。笑っちゃったよ」

それだけ言って、再び足を揺らす。それに何も言葉を返さず、廊下に置かれた手を自分の手で包めば、隣からどこか抜けた笑い声が聞こえた。

「ありがとう大倶利伽羅。私、あなたのおかげで全然寂しくないみたい」
「…そうか」

同意するように、包む手を強くした。
遠くからコイツを呼ぶ声が聞こえる。それに返事をして立ち上がったコイツの顔に憂いはない。

「ほら、大倶利伽羅、行こう」

差し伸べられる掌をにぎる。
今は戦の最中だから、心配事が無くなることも、コイツが泣かなくなる日も遠いのだろう。それでも、憂いがなく、ただ笑って過ごせるこんななんでもない日々を守りたいと、切に思った。




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