こっちへおいでと鳥が啼く | ナノ



カラスが鳴いている。親を探す子供のように、子を探す親のように、泣き喚き羽を広げ飛び去っていく。
僕はそれをなんとなく見上げて服の胸の部分をぎゅっと握った。そうしないと僕もそのまんま飛んでいってしまいそうで、なんだか怖かったから。
早く、早くお家に帰らなきゃ。お母さんが待ってるんだ。今日は僕の好きなお夕飯だって言ってた。だから多分、カレーだと思う。お肉がいっぱい入った、じゃがいもがゴロゴロ入ってる甘口のカレー。
早く、早くお家に帰らなきゃ。
だけど、ここは一体どこだろう。


僕はいつもどおり歩いていたと思うんだけど、気付いたら階段の途中を歩いていた。片足を一段上に載せて、すぐにもう片方を持ち上げる直前の状態で、僕はいたんだ。なんだか神社に向かう階段みたいだと思った。階段の横はたくさんの木に囲まれて森になっている。頭の上に広がる空はもう夕焼けだ。横に大きく広がった階段は、一番上は見えない。
どうして僕はここにいるんだろう。ここはどこだろう。
きょろきょろと周りを見渡すけど、状況は何も変わらない。でもとにかくここは僕の家じゃないし、少なくとも学校の友達にこんな階段を登らなきゃいけない家の子はいない。帰ろうと僕はくるりと後ろを向いた。

「―――どこへ行く」

ばっと振り返って階段の先を見る。今まで誰もいなかったのに。僕しかいなかったのに、足音もしなかった。
勝手にここに来てしまった罪悪感と、突然現れた事に対する驚きで僕の心臓はばくばく行ってしまって、このまま爆発するんじゃないかって思うほどだった。
それに声を掛けてきた人が、より僕の驚きを増やした。
階段の先の先、顔なんてわからないくらい遠くにいるし、その人の背中から見える夕日のお陰で、暗くなってどういう姿なのかもわからない。でもその人がこっちを向いてるのはわかったから、僕はそのままよくわからないその人を見つめている。僕は何と言ったらいいのかわからず、あの、とか、えぇと、なんて馬鹿みたいにそんな事しか言えなかった。
気付いたらここにいたんです。ごめんなさい、家に帰りたいだけなんです。ここはどこですか。貴方は誰ですか。
怒られるだろうと思う恐怖と、見知らぬ土地に迷い込んだというまるで漫画のような事に対する好奇心が心の中で相反して言葉は上手く紡げない。でも相手の人は僕が訳わからない言葉を言うたびに、ゆっくりと階段を一段ずつ降りてくる。結局僕が何かを言える前に、相手の人は僕の5段程上で止まってこっちを見下ろした。そこまで近づいて、その人の姿形がようやくわかった。
まず初めに黒いと思った。サッカーをやってる僕よりも数倍は黒いかもしれない。もしかしたらサッカーやってるのかも。それに瞳が僕と全然違う。それこそ、まるで漫画に出てくるみたいな人達の色してる。黄色とも言えない、どちらかというと金色だ。そうして観察していると、その人もこちらを観察するように見た。
その視線の恐ろしいこと!
まるで僕を殺すみたいにじっと見つめて、体は何も動かないのに瞳だけがぎょろぎょろと動く。
僕はその動きが本当に僕の事を見定めている様に見えて、段々僕はこの人に食べられるんじゃないかって思った。だってこういう風に変な人に出会ったら、大半は死んじゃうんだ。ゲームや漫画だとここから特別な力を見出されたりするけど、僕は知ってる。ここは夢じゃないし、現実だって。
だからきっと僕はこの後殺されるんだ。漫画みたいに首が飛ばされるのかもしれない、ゲームみたいに銃で撃たれるのかも。
そう思った途端に、この人の視線に耐えられなくなって足がガクガク震えだした。やだ、死にたくない。そう思っても相手の人は顔色一つ変えないで、小さく息をついた。そのため息だけで僕はもう、限界だった。

「ご、ごめんなさい…!」

ぼろぼろと涙が溢れる。ぎゅっと服を掴みながらひたすらに謝る。怖い、怖い、とにかく怖い。まだ人生を10年も生きていない僕には、本当に怖かった。あまりの恐怖に足を一歩後ろに引いてしまった。
今いる場所が階段だと忘れて。

「え、」
「おい!」

あるはずのない地面を踏めずに、僕の体はバランスを崩して後ろに倒れこむ。なんだかスローモーションみたいに世界が見えて、横目で見る石の階段が遠いのに近いなんて、なんだか変な事を考えながら、すぐに来ると思った痛みに耐えようと知らない間にぎゅっと目を閉じた。
それからすぐ、体が引っ張られる感覚があって、腕がやたら痛くも感じた。

「え、え?あれ?」

慌てて目を開けば、足をついている筈の地面が遠く感じて、それから横を向いて先程までの人の顔が、すぐ横に来てるのに心底驚いた。だって僕が目を開いたら舌打ちしたんだ。
この人が倒れそうになった僕の腕を咄嗟に握って助けてくれたなんて、思いもしなくて、ただひたすらにその怒ったように見える顔が怖くて怖くて。あんまりにも怖い事が多すぎるものだから、結果として僕の脳みそは、

「っふ…!ふうぇ、うわぁ、うわぁあああああああぁあああぁあん!!!!!!」

何が何だかわからなすぎて爆発した。こういうのをキャパオーバーっていうんだって、クラスメイトが言ってたのを聞いたことがあった。

「おい、泣くな」
「やだ!!!やだぁああぁああぁあ!!おうちかえるぅうううぅうぅ!!!おかぁさぁああああぁあん!!!!!」

わんわんと泣き喚き、その人が慌てて僕を抱えて階段を上っていくのも、「だから嫌だと…」ってぶつぶつ言うのも聞こえずに、ひたすらなきつづけた。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -