君と過ごす日々の事 | ナノ



この本丸の主はよく寝る。というか、どこでも寝る。
いや、どこでもだと多少語弊があるな。寝れる所ではどこでも寝る、の方が正しい。
例えば、陽の当たるあたたかい縁側、自室の押入れなどは朝飯前で、短刀達とのお昼寝にちゃっかり参加し、柱に背を掛けて舟を漕ぐことなどもうしょっちゅうだ。
短刀達や、脇差と隠れ鬼をしてどこかに隠れれば、隠れたまま寝るもんだから、最後の方は主を探すのが主体のゲームとなっている。

そんな主を見つけた刀剣男士は、起こし布団を敷きそこに寝かしつけて、時間になったら再び起こしに来る、というのがこの本丸のルールだ。
ルールなのだが。

「大倶利伽羅、入っていい?」

午前中に遠征と出陣のノルマを全て終わらせて、深夜には京都に進軍。それが本日の動きだ。
そして、今は昼過ぎ。
一人、自室で本を読んでいれば、先程の声が掛かった。断る理由もなく許可を出せば、スパン、と素晴らしい勢いをつけて襖が開いた。
穏やかだった声とは打って違い、そのまま大股で入ってきた主は無言で押し入れを開ける。

「おい、なんだ」
「ごめん、ちょっと隠れさして」

その一言で、隠れ鬼とわかる。別の部屋に行け、そう言いたくとももう俺の押し入れの下の段に入っている。布団は上の段に入っているし、下の段には何も入れていない。まぁ隠れ鬼位ならいいか、と言葉を色々押し込んだ。
すっぽりと押し入れに収まった主は「長谷部が来たらいないって言って!」とだけ告げて、襖を開けたのと同じように良い勢いで押し入れを閉めた。

ぴしりと固まった。今、コイツ長谷部って言わなかったか。
静かに押し入れを開ければ、やたら激しく驚いた主と目が合った。

「出ろ」
「ごめんなさいごめんなさい、でも匿ってください死にそうなんですあれに捕まったら本当に死ぬって、助けてくださいお願いしますうぅ!!!!!」

小さくため息をついて、あぁ面倒事の予感がする。なんとなくそう思った。しかもこういう勘は当たるのだ。

「断る。それは確実に俺も死ぬ」
「この世は地獄です…!!!!」

何があった、とはあえて聞かない。聞いたら巻き込まれること確定事項だからだ。
ひとまず面倒事を持ち込んだ目の前の主に手刀を1つ落とす。それから、痛みに身悶える主を再び押し入れに押し込め、すぐにそれを閉める。その前を陣取り先程まで読んでいた本を手に取る。
くそ、どこまで読んだか忘れた。

途端に、先程の主よりも勢いをつけて部屋の襖が開く。お前は一言声をかけろ、とは言わずになるべく常らしい態度をしつつ視線だけを向こうに寄こす。
紫色のカソックは、いつ見てもシワ一つない。

「主を見ていないか?」
「…見てないな。何かあったのか」
「いや。短刀達と缶蹴りをしたらしく、襖に穴があいた。ついでにそのままつまみ食いをした上に、お菓子を盗んでいった。現行犯だ」

…予想以上にやらかしている。
思わず後ろの押し入れの中にいる人物を今すぐ引き渡したくなる位には、やらかしている。

「仲間の脇差とじじぃどもは今、燭台切と歌仙が絞めているが、アイツら隙を突いて主だけ逃がした」

なんという忠臣具合だ。そうだ、ここの奴らはイタズラのことになると団結力は果てしなくなる。もっと別の所に使え。というか、じじいも噛んでんのかこの事件は。それだと相当今頃台所の門番達は相当怒っているのだろう。できれば今日奴らとは関わりたくない。

「まぁひとまずここにはいないようだな…。見かけたら即刻捕まえてついでに伝えておけ、主は今日夕餉抜きだと」

あまりの気迫に頷くしかできない。恐らく盗まれた菓子の中にアイツの好きなものがあったのだろう、長谷部は存外甘いものが好きだ。

というよりも、演練に行ったときなどにも思ったが、ここの本丸の長谷部は大分主に厳しい。口調も割りと砕けているし、そもそも主に怒鳴る長谷部など、他の本丸では聞いたことがない。という風に主が嘆いているのを聞いたことがある。
俺は特殊な方なのだろうな、とは長谷部の自論。でもそれでいいよ、とはそれに対する主の言葉だ。
きっとここの長谷部の様に、どこの本丸の刀剣男士も、周りとは違う一面を持っているのだろう。確かに、会議に繰り出される時などに、ここの大倶利伽羅は大分違うね、などと言われることがある。言われてどうということとないが。恐らくそれが個性というものだ。
そもそも、主の知り合いの審神者の一期一振など、ロイヤルはどこに行ったというくらいには砕けたやつもいる。十人十色だよ、と主は笑っていた。

「では、邪魔したな」

少し思考の波に潜っていた俺を、長谷部の声が引き戻す。
来た時とは逆にゆっくりと襖を閉めて、部屋は再び静寂に包まれた。

気配が完全に遠くへ行ったのを感じてから、押し入れを静かに開く。
そこにいたのは、先程押し込めたままで、膝を抱えて震える主ーーーではなく、口を開けてすいこすいこと寝ている主がいた。恐らく暗闇の中で睡魔が襲ってきたのだろう、完全に寝ている。

こうなるのは予想していたので、特に気にせず頬をペチペチと叩く。「ぅが」と変な声を上げたが、閉じた瞳が開くことはない。

「…おい、起きろ。もう長谷部は行った」
「ぅん?はせべ…?」
「あぁ、もういない」

そっかぁ。よかったねぇ。
まだフワフワした思考なのだろう。よくわからない返答と共に、半分だけ開いた瞳がこちらを向いた。

「…ありがとぉ…」

そのままするりと細い腕が首に回ってきたので、それをしっかりと掴んで押し入れから引っ張る。片腕で主を抱いて立ち上がり、押し入れの上の段から布団を一式引っ張り出す。それを器用に片手で広げれば、一人分の布団が畳に敷かれる。

「…おい、こっちで寝ろ」
「…んん…」

布団の上に優しく載せれば、渋々と言った感じで腕が離れる。しかし、すぐにジャージの裾を引っ張れ、動きが取れなくなる。

「おい…」
「…………」

返事はない。完全に寝たのだろう。これくらいの力で握られた手位、簡単にふり解ける。だが、それをしないのは、俺がそれをしたくないからだ。

「………仕方ないな」

まぁよくあることだからと、布団の上に横になる。そうすると、割と直ぐに眠気が襲ってくる。すぐそこにある顔を抱きしめて、俺の胸に収めれば鼻腔にコイツの匂いが広がった。
コイツの眠気は、夜の進軍を進めるのと、その内容をその日のうちにまとめ、次の戦に備えているからだと皆知っている。だからこそ所構わず昼に寝てしまう主を、咎めずそのまま布団をかけてやる。俺もまた、同じように。
どうでもいいことを考えた、と俺はすぐに瞳を閉じた。



:::



「で?何か言う事は?」
「お腹すきました!」
「俺は関係ない」
「はっ倒すしますよ」

皆が夕餉の時間ということで大広間に集まって、もう食べ始めているのにも関わらず、私と大倶利伽羅は二人揃って、大広間の前の廊下に正座させられていた。
その前には仁王立ちの長谷部。腕を組んで、明らかに怒ってますという雰囲気が溢れている。

大倶利伽羅の腕の中で、気持ちいい夢の中を漂っていた私を現実に引き戻したのは私の首根っこを掴んだお怒りの長谷部だった。
夕餉の時間ですがその前にする事がありますね…?一気に覚醒させられた私は、視線をさ迷わせながら、お腹すいたね!とだけ答えた。手刀が飛んだ。
それから長谷部は、片手に私、もう片方には大倶利伽羅の首根っこを掴んで廊下を引きずった。その間も、DVだ!家庭内暴力だ!と必死に叫んでいたのに、横文字はわかりませんね、と言われて終わりだ。

そして、大広間の前の廊下に連れてこられ、正座されて、先程に至る。
長谷部の足の間から、おいしそうな食事が見える。
今日は唐揚げか、私それ大好きだよさすがだね。と親指を立てて燭台切に向ければ、同じように親指が立てられた。突如、手刀が飛んだけど。

「全く…怒る身にもなって下さい。毎度毎度大変なんですよ」
「そうは言うけど長谷部、少し考えて欲しい」

その言葉にぴくりと長谷部の眉毛が動く。それはもう怒りが最高に近いやつだ、わかってる。

「私は今日、襖に穴を開けて尚且つつまみ食いとおやつを盗んできたけれど、もう一回よく考えて。長谷部だって先週それくらい楽しいことやったじゃん」
「違います、あれはほぼほぼ貴方のせいです」
「なっ、なんだとう!あれは長谷部だってなんやかんや楽しんでた!」

あれ、というのは先週起きた長谷部チェリー缶事件だ。
私が午後、お遊びガチ勢とガチの缶蹴りをやっていた際、たまたま通りかかった長谷部を誘った。そして、どこからか持ってきた缶を設置し、いつもどおり缶蹴りを開始したのはいい。いいのだが、長谷部が持ち前の機動で缶を蹴った瞬間、ガン、とやたらと重たい音がした。それから綺麗な半円を描きながら飛んだ缶からは、水と何か赤いものがポロポロと落ちていた。
そして、美しく天高くぼっしゃん、と水しぶきをあげて庭の池に落ちたのだ。
それを皆で目で追いながら見ていたのはいいものの、まるで道のようにできた缶から溢れた赤い物体と汁は、甘い香りを放ち、そして高く上がった水しぶきは、たまたまその場を通りがかった燭台切光忠を攻撃した。まぁつまり、あの缶詰には中身が入っていたのだ。
そこから始まる燭台切とお遊びガチ勢の鬼ごっこ。正直死ぬかと思った。

「貴方が俺を誘わなければよかったものです」
「責任転嫁だ、そういうのよくないと思う!!」
「主命でしたから」
「いやあれはお願いしただけだもん!」

ギャーギャーと収まらない喧嘩を結構長く続けたところで、後ろで食事をしていた面子が片付けを始めた。
ついでに言うと横にいる大倶利伽羅は寝ている。この野郎。

「3番隊は片付けを終えたらすぐに門に集合。今日向かうところは昨日新しく敵が発見された池田屋内部。落とすは敵陣、狙うは大将首。残りは明日の朝に備えて早く寝ること。酒盛りはそんなにしないでね」

長谷部の隙間から声を出せば、応、と答えが聞こえる。チラリと長谷部を見ると、呆れた眼差しで、でも仕方ないですね、といった顔で見られた。
なんやかんや言っても、彼はどこまでも私を支えてくれるのだ。

「ですが夕餉は抜きですよ」
「この世は地獄です…!!」



:::





時刻としては亥。夜はまだまだ始まったばかり。
昼時に眠ったからか、目の前で戦場にいる奴らに的確に指示を出すコイツの背は伸び、眼はまっすぐと前を向いている。

戦場に主はいけない。だが指示を出す。その中で、今まで戦事に生まれて此の方殉じた事がない主のために、誰か一人だけ執務室で共に戦況を見守る役目を負っている。
最近、それはずっと俺だ。
だが初めの頃に比べ、自身でしっかりと状況を判断し見極める目もついてきた。だから俺は隣にいるだけだ。
それでも、たまに、本当にたまに。コイツは俺の服のどこかを力強く握ることがある。それが無意識なのかそうでないのか、判断付きかねるが、これを甘んじている辺りやはり慣れた、と思う。

そうしてゆっくりと時刻が過ぎた後、いきなりこいつが立ち上がった。帰ってきたのかと聞けば、肯定が返ってくる。慌てて門まで走るコイツを追いかける。
門にはまだ誰も帰ってきておらず、その事にコイツは小さく息をついたようだ。

「帰ってきたな」

ぎぎ、と重たそうな音を立てて門が開く。軽傷が二人、中傷が一人。その一人一人に声をかけながら、怪我人を手入れ部屋に連れていくように指示を出す。そのさまはやはり的確で、一寸の狂いもない。恐らくコイツが良い主として評価される点に、こういった何があっても動じないのもデカいのだろうなと思った。

「大倶利伽羅もお疲れ様、明日は夜戦に出陣だからよろしくね」
指示を出し終え、皆を解散させれば後はもう寝るだけだ。次の日に響くから夜戦は1日に1つの戦場だと決まっている。
言外に自室に戻って良いと言われているのだが、俺はそれを無視してコイツの手を握って歩き出した。最初は何か言っていたが、途中から俺の意図がわかったのか、何も言わなくなった。
そうして執務室に連れてくれば、そこに布団を敷く。執務室の奥にきちんと審神者用の寝室があるのだが、ほとんどコイツはそれを使っていない。奥に行くのがめんどくさい、と言っていたのをかつて聞いた事がある。

「寝ろ」

きっちりと敷かれた布団を指させば、色々とすまん、と謝られた。そんなことどうでもいいからさっさと寝ろ。
のろのろと布団に入ったのを見て、俺も隣で横になる。布団を半分譲られ、入る。狭いため抱き締めれば、隣のコイツはそれに驚いた様子もなく、俺の胸の服を掴んできた。その背中をあやしながら、ぎゅうと抱きしめる。これでもう、顔は見えないが、それでいい。たまに聞こえる嗚咽など、すぐに闇の中に消える。図らずとも、昼と同じ状態になり少しだけ笑った。

どれほど堂々としていようが、コイツはただの女なのだ。血を見れば怯えるし、怪我を見て泣きそうになる。それは全く表面に出ていないが、恐らく今日の久々に怪我したのを見て来るものはあったのだろう。
ダメなところを見せない、優秀な将だと思う。ただ、俺がここに来たばかりの様に、もっと泣き言を漏らしても良いように思う。俺の前でなら、いくらでも。

「大倶利伽羅」

ほんの少しだけ震えていた肩が大人しくなり、ぽつりと呼ばれた名前に視線だけで反応する。

「ありがとう」

あぁ、それでいい。今はただ、寝ればいい。
俺はいつまでも、その背をなで続けた。



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