ヒヤシンスの花畑12 | ナノ



「大倶利伽羅、大倶利伽羅…!よかった、よかったぁ!声聞こえる?どっか痛くない?」

ぼたぼたと頬に何かが落ちる感覚がしてふと目を覚ました。背中に伝わる感覚は冷たい鉄の床。視界いっぱいに広がるそいつの顔を見て、小さく頬を緩めた。

「どこも問題ない、お前どうやってここまで…」

上半身を起こすと、頭の中が少し揺れた感覚がして咄嗟に頭を手で覆った。そこに慌てた声が上からかかる。

「急に動いちゃダメ。さっきまで呪術にかかっててそれがまだ抜けきってないんだよ。今外で皆がここの本丸の刀剣男士と戦ってるから、もう少し待ってて」

格子の外に目を向けると、腕組みした鶴丸がこちらを見ていた。目の前の主はきっと鶴丸に守られながら来たのだろう。こちらを睨む姿は、帰った後が面倒だと思うほどには向こうは機嫌が悪い。だがそれに気づかず、主は相変わらず涙を溢れさせている。それを自分の指の腹で拭えば、突然きっ、と睨んできた。

「どうして一人でいったりしたの?本気でびっくりしたしマジでコイツなんなんだって思うくらいに嫌になった!ケンカ売ってんのかてめぇって思ったしこんな怖い思いもう二度と絶対したくない!私に原因があるんだから勝手に一人でこういうこと二度としないで!わかった!?」
「わかった。…わかったが、素が出てるぞ」
「え、まじで!?あ、まじだ!ちょ、ちょっと待って今すごい焦ってる」

涙がどこかにひっこんだ頬をむにむにと手でこねまわしながら小さく唸る。コイツは普段から言葉遣いに気を付けて使っているが、気を抜くと途端によくわからない言葉を使ってくることが多い。コイツのいた時代ではよく使われた言葉だというが、正直あまり日本語に聞こえないことがあり、通じない者もいるのでなるべく使わないように気をつけている。だが、たまにぽろりとそれが出ることがある。特に焦っていたり、不測の事態に直面したりした時だ。今の様に。
敵陣の中だというのに、その焦る仕草につい口角を上げてその頭を撫でてやる。
頬に当てていた手を下げて、それを甘んじて受けるように少しだけすり寄った。時間の感覚が少しずれている為、どれくらいコイツの隣を開けていたかわからないが、目がほんのりと赤みを帯びている。それを見て、優しく目尻を撫でてやれば、へへ、とあまり女らしくない笑いを上げた。

「なんか久しぶりだねこういうの。やっぱり大倶利伽羅は隣に居なきゃだめだ」
「何を言ってる。今更だろう」

それもそうだ。再び笑うコイツにつられて笑えば、格子の向こうからわざとらしい咳が聞こえた。

「おーい、そろそろいいか?」

若干の苦笑いと共に鶴丸がひらりと手を振った。そういえば存在を忘れていたな、と思えばどうやらそれが通じたらしい、やたら騒ぎながら涙目になっていた。

「あぁ、ごめん鶴丸。もう目的は達成したから戻ろう」

俺が立ち上がるのを待って、するりとその手を握る。別にもうどこにも行きやしないというのに、随分と今回の件で怖い思いをさせてしまったらしい。

「大倶利伽羅を取り戻すのが目的だったからね。さっさと帰ろう」

牢のカギは鶴丸の刀で切られていた。鶴丸が俺の隣に立つと何も言わず背中を叩いた。ばしんと良い音を立てて、すぐに白い刀は主を守るように前に立って、牢のある部屋を出ていった。その後に主、そして俺と続くが、いつまでも背中は痛いままだった。

牢のあった所はどうやら蔵屋敷の中を改造したものだったらしく、扉を開けると本丸の端っこの方に出たとわかる。そのまま三人で周りに警戒しながら走れば、どこかが騒がしくなっているのが聞こえる。急いでそちらに向かえばその騒ぎは門の方から聞こえてくるのだとわかる。

そうしてたどりついた場所は、死屍累々とはまさにこのことと思わせる状況だった。倒れてピクリとも動かない血を流す刀剣男士達、その中心に守られるように男が一人縄で縛られて倒れている。どうやら最後の一人を今倒したらしく、同田貫が刀をひゅ、と振って血を払っていた。
そしてその周り、倒れた刀剣男士の周りには見慣れた奴らが立っている。それが俺の本丸の刀剣男士だとわかるのはすぐで、理由としては全員が全員こちらを見て涙ぐむなり怒った顔をするなりしたからである。後々で行われるであろう事を考えて少し本丸に帰りたくなくなった。

「誰も折ってないね、偉い!」

主ー!と駆け寄ってきた加州とはぐをしながら、主は状況の把握に努める。
他人の本丸の刀剣を折る事はご法度だ。だがこの本丸の刀剣男士は血の気の多い奴が多いため、主はそこを危惧していたらしい。だからこそ敵を全員重症状態で折らないでいたことに感動している。恐らく感動するのはそこじゃない、俺が言う事ではないが。

「…っぅ……」

うめき声と共に、男の上半身が上がる。それだけで先程まで和やかだったのが一変し、一気に殺気が広がる。しかし男は、周りを見渡すや否やわなわなと肩をふるわせて叫んだ。

「お前ら全員死んでしまえ!皆をこんな目にあわせやがって、殺してやる!殺してやる!!」

何とも陳腐な言葉だと思いながら、鯉口を切る。そこに加州の背にかばわれてた主が一歩前に出た。

「貴方が私の刀を連れて行ったのですね」

最初は少しぽかんとしていた男だったが、見る見るうちに顔が喜色に変わりけらけらと笑いだした。それに眉ひとつ動かさず、主は静かに見下げている。

「あぁそうさ新しい戦力にしようと思ってさ!それなのに使えねぇことこの上ない!何を言っても頷かないし術使っても跳ね返してきやがる!お陰で契約もできない、あんだけ苦労して手に入れたのにだ!!何度折ってやろうかと思ったか!!」
「貴方の刀の錬度、随分と低いですね」
「あ?」

突然の話の切り替えに男はついていけないらしい。ぽかんと口を開けたまま主を見上げる。

「随分と戦にも出ていないようで。遠征にだってそうですね」
「何を言って、」
「刀の本分は戦う事です。戦う事は彼らの生き様です。戦う彼らほど美しいものは無い。だというのに、本丸の中で飾られて何もせずのほほんと暮らさせて、あまりにもひどすぎる」
「違う、俺は…」
「違わない。彼らの存在意義を取り上げてまで共に在りたかった?確かに美しい言葉です。ずっと平和でいようね、ということですかね。それで?彼らという存在を殺してまで手に入れた平和は楽しかったですか?」

まるで嘲笑うように主は言葉をつづける。周りにいる刀剣男士は固唾をのんで見守るだけだ。もちろん、俺も。
男が主を見上げる顔がどんどん青ざめていく。言葉の途中で意味のない母音を発してはいるが、主の言葉は止まらない。

「やめろ…!」
「今は戦争中で、こんな内輪もめしている場合でも全くない、いつでも命の危機にある状況で、敵と内通?それで彼らを守ってるつもりですか?どうしてそいつらが襲ってくると思わなかったんですか?まだ報告されてませんが、こないだの演練の時の襲撃で何振りか折れましたよね、ここで伸びてる子たちの人数が報告と違います。わかりますか、貴方は彼らを守ろうとしたどころか、逆に危険な目に合わせているという事に、」
「やめろ!」

言葉を止められて、主の気持ちが爆発する。肩を大きく揺らして、今いるところよりもさらに一歩出る。

「いい加減にしろ!お前がどれだけきれいごとを並べようがお前のせいで関係ない本丸の刀剣男士も折れた、政府の役員だって審神者だって死んだんだ。私の大倶利伽羅だって傷ついた。それなのに正しい事言われたら駄々こねんのか子供じゃねえかふざけんな、刀を刀であると扱えもしないくせに偉そうな事をほざくな!!」

一息で全て言い切って、はぁ、と肩で息をついて主はもう少し何かを言おうとして口を噤んだ。疲れたのだろう、元よりこういった誰かに説教じみたことをするのは苦手なタイプだ。
静まり返った空間の中で、あの、と控えめな声が響く。一斉に視線が行った先には、この流れを静観していた政府の役人が立っていた。

「流れを切るようで申し訳ありませんが…。みなさん、一旦本丸に戻ってください。報告は後々行います。後処理部隊を呼びました、ここに居て面倒になる前に、何卒」

面倒ごと。それは恐らく主の立場が悪くなる方の面倒だ。それをいち早く察した初期刀が、主を横抱きにし門の方へ向かう。
主は男を一瞬見たが、その表情がすぐに前を向いて加州と話し出していた。それにつられて他の者もぞろぞろと門に向かっていく。
男の前に立つ。下を向いてその表情は読めないが、何かを呟いているのがわかる。
殺してやろうと思った。アイツを傷つけて泣かせて。だが今はそんな気にならない。それはきっとアイツがいるからだ。アイツの中できっともう男の事は終わったことになったのだろう。それならば俺ももう終わらせるべきだ。

「大倶利伽羅」

横抱きにされた主が、よく通る声でこちらを呼んだ。

「帰ろう」

その一言が不思議と、とてつもなく大事なものに聞こえて、何かを返すことも無く、他の者と一緒に門に向かう。もう男を見る事もなかった。

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