ヒヤシンスの花畑7 | ナノ



「コウ?今いい?」

そう声をかければ、返事の代わりに襖が開く。浅葱色がはためいたので、彼が開けてくれたんだなと気付いた。

「おーう、どうしたの?ちょっと今手が離せなくて。いずみくんでもいい?」
「あ、うん。いや、何か手伝えることあるかなと思って」

パソコンと向き合いながら片手をあげる。2台のノートパソコンがちゃぶ台の上に所狭しと並んでいる。
襖を閉めて端っこに座れば、狭い客間はパンパンになってしまう。逆に邪魔しに来たみたいだ、と一旦部屋を後に強いようと少しだけ腰を上げる。

「ほらよ」

ばさりと書類の束が目の前に落とされて、浮いた腰を再び戻す。それといずみくんを順に見れば、頭上から呆れたようなため息が聞こえた。

「あの男の今現在わかっている経歴だ。好きに見ろ」
「見ていいの?」
「ダメなら渡してねぇ」
見ていいなら存分に見るが、これでは手伝いにならない。それでも伸びた手が止まらないのだからどうしようもない。ごめんねと内心で謝ってから書類を手にとった。
ごくりと生唾を飲み込んでから、ぺらりと書類をめくる。左上でホチキス止めされた何十枚もの書類を、これまでのほんの数時間でやってくれたのかと思うと、目頭が熱くなった。

薩摩国鳥の間所属。正義感に溢れ情に厚い。
ここまでは先程聞いた限りの事だ。どうやら一枚目は男の履歴書になっているらしい。事細かに男の経歴が載っている。15歳であった8年前に審神者に抜擢され、そこからずっと続けている。現在23歳。家族構成は弟が1人、両親は健在。縁は断絶済み。霊力は一般よりも少し低め。式神能力で特筆あり。
二枚目をめくると、男の8年前からの行動が箇条書きされている。恐らくここの担当がマメな性格なのだろう、出陣遠征演錬、鍛刀刀装刀解錬結、それぞれの回数がきっちりと明記されている。1ページ15日分が横書きでずらずらと。それが8年分だ。これだけの分厚さになるのも頷ける。
1年目、2年目は結構ガンガンと突き進んでいるのがわかる。出陣と遠征の回数がやたらと多い。だがその分鍛刀をほとんどやっていない。バランスを取っているようだ。
ペラペラと続けてめくる。何枚かめくったところで手が止まった。

「刀剣破壊…」
恐らく先ほど言っていた事だろう。審神者を初めて3年目のところで、その四文字が目に付いた。何の刀剣かまでは記載されていないが、その四文字がやたら重々しく感じる。そこから長く空欄が続く。入院したと言っていたから、それだろう。
だが、これは半年程で戻ってきている。そこからは最初ほどの出陣ペースではないものの、しっかりとノルマも達成している。これといって違和感はない。
更にめくる。
もう一枚、と思ったところで手が止まった。

「…なにこれ」
思わず、口に出していた。
そこにあったのは、刀剣破壊の文字。3日続いて、1日開けて、そして今度は5日続けて刀剣破壊。しかも、何日間かは刀剣破壊の文字の隣に数字が書いてある。これは、まさか、1日に破壊された数か?
だとすれば多い時に1日に3振りは破壊されている。それではもう部隊は壊滅だ。当然、他のものも無事では済んでいないだろう、手入れだってなかなか進まないはずだ。だというのに、何故出陣の数が減っていないんだろうか。

「…この多くの破壊が起きたのは、今から3年前だ」
「3年前?」
こくりといずみくんが頷く。どうやら私の手がこのページで止まっていた事を覗いたらしい。あぁ、確かに日付を見れば今から3年前だ。
すぐにはピンと来なかったものの、3年前、そして刀剣破壊というワードに目を開いた。嫌な音を心臓が立てる。

「検非違使襲来と、本丸襲撃事件が重なったのが」
「ちょうど3年前だ」
そうか。点と点が繋がる。ずっと心に残っていた男の言葉。

『守られてばかりのお姫様がよぉ!?』

事実その通りで、人間では戦場には行けない。まず時を超えることが人はできないから。だから私達は常に彼ら、刀剣男士に守られている。歴史も、命も。だから何も言い返せないし、言い募れなかったのだけれど。

あの男が審神者になったのは8年前、検非違使襲来と本丸襲撃が起きたのが3年前。この時点で男は5年目だ。まだ実力があるとは言えなくとも、新人とは言えない年月に、政府は容赦無かったろう。きっと、原因を解明しろ、対策を講じろと言い募ったのだと思う。
だが、即座にアイツらに抵抗できるわけじゃない。
減っていく資材、傷付く仲間、漂う血臭、止まない政府からの連絡、
ーーーーー折れた刀。

男の心を崩すのは、きっと容易だったに違いない。それが、情に厚く正義感に溢れているならば、尚更。

今のようにどれほど検非違使との対策に案が講じられて多少気休めでも落ち着いたとしても、男はきっと笑って刀達を見送ることなどできないのだろう。

再び書類に視線を戻し、ページを進める。どうやらもうほとんどノルマをこなすだけの遠征と出陣になっている。それも厚樫山などではなく、鳥羽などだ。
だが、それもまた急変する。今から半年前、突如厚樫山に出陣している。それもリハビリどころではない、1日に行けるだけ行くというレベルだ。3桁に近いこの数では休みなど無いに等しいだろう。さらに今から3ヶ月前になると、12時間や24時間レベルの遠征にも行っている。その時期に確認された池田屋などにも足を伸ばしている。やはり、その数は異常である。そうして、その異常な進軍が現在まで続いている。これだと、最初の一年や2年の時の多さが、可愛く見えるほど。
だというのに、ここに刀剣破壊の文字はない。

ざわざわと心の中が毛を逆立てているように落ち着かない。
いずみくんが、ゆっくりとこちらに視線を向ける。その瞳は、私が言いたいことをわかったように、少しだけ揺れた。

もし、私の考えがあっているならば、彼は、大倶利伽羅は。


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