ヒヤシンスの花畑6 | ナノ



鈴虫が鳴いている。その存在は小さいが、確かに生きていると声をあげている。縁側だと、そういった小さくとも日々を生きる者たちがより鮮明に伝わってくる。

「…来たか」

足音が近づいてくる。ここは日々戦場を生きるものしかいない、そんな中で足音を立ててくるのは、わざとこちらに存在を主張したいときしかない。口に付けていた湯呑をゆっくりと降ろす。そうして音の立つ方へ向けば、やはりその男が立っていた。

「どうした、まるで般若の様だぞ」
「…俺が般若か。まぁ、今となってはそれも否定できないな」

俺が少し詰めて座れる隙間を開けると、その隣にどかりと座る。その動きがいかにも怒ってるという事を明らかに見せているもので、少しだけおかしく思う。

「何で彼女を見ていなかった」

茶を淹れてやろうと傾けていた体をそのままに、耳だけをそちらに向ける。鈴虫は、まだ小さく鳴いている。

「彼女があそこに来たら悲しむとわかっていただろう。だから不寝番を付けた。だというのに、どうして彼女を部屋から出した」

こぽぽ、と急須から美しい茶が流れる。…いい香りだ。

「まぁ、飲め」
「俺の話、聞いてるか?」

俺の湯呑を受け取って、ゆっくりと飲む。それを見て、俺も自身のお茶に口を付けた。やはり美味いな。

「俺は主には常に選択肢を提示したいと思っている」
「…へぇ、そいつは初耳だ」
「進まなくてはならない、のではなく主自身がそちらに進んだ。そうしてやりたい」

ぴくりと隣の男の眉が動く。器用なものだな、とじっくりと見ていれば早々に顔を逸らされた。

「そうして今回も、主は自分で俺を起こすのではなく自身の足で大倶利伽羅を探すのを決めた。それだけの事だ」
「…それでは彼女は自身の間違えにいつまでも心痛める事になる」

それだけ投げやりにいうと、持っていたお茶をゆっくりとすすった。

「鶴丸、もう少し味わって飲め」
「君、本当に俺の話聞いてるか?」
「俺はお前たちがあれを止めれると思っていた」

大きく金の目が開く。綺麗なものだ。今日いなくなった男も綺麗な瞳を持っていた。だがあれは主の隣にあって、一等輝くと俺は知っている。

「俺らも止めれると思っていたさ。それこそ重傷寸前にしてでもな。…だがくり坊は予想以上に頑固でな」
「子供とは知らぬ間に大人になるものだ」
「ほんとにな。驚いたぜ…アイツ、こっちに向かって、悪いなと言ったんだ。謝る相手が違うだろうに」

彼女を、泣かせてしまった。ぽつりと呟かれたそれは、鈴虫の鳴き声に連れていかれた。

「その分笑ってもらえば問題ないんじゃないか」
「君な…」

鶴丸は少しだけ笑うと、ゆっくりと残ったお茶を飲む。どうやら味わっているようだ、暫くして美味いな、と聞こえた。だろう?
「…刀剣男士の誘拐は、ああいう事だったんだな」
「呪いを主に持たせて、それを刀剣男士が受け持つ事によって本丸を無理矢理出させる。そしてそこを上手く引っ捕える…よく考えたものだ」
だが違和感があるな。そう言えば隣のも同じように思っていたように頷いた。

「今までは気付いたら居なくなっていたと主は言っていたな。だというのに、今回はやたら大仰だ。本丸の全員が目撃しているうえに、政府まで事が回っている」
「随分と相手は焦ってるんだろう」
りーん、と鈴虫が先程よりも大きく響く。よく目を凝らせば、蛍も数匹舞っているようだ。

「まっ、考えたところでやる事は一つか」
大きく伸びを鶴丸が立ち上がる。遠くを見つめてから、すぐにこちらを向いた。

「悪かったな、少し八つ当たりをした。俺は寝るとしよう、君も早く寝る事だな」

それだけ告げてこちらに背を向ける。それに声を掛けると、小さく顔がこちらを向いた。

「保護者というのは、いつでも子供が心配なものだ」
「君もか?」
「あぁ、今日は寝れそうにないな」

ははっ、と明るい笑顔が廊下に響く。やはり彼はこうでなくてはな。

「…ありがとう、助かった。お休み鶯丸」
「お休み鶴丸」

湯呑に残った茶は、既に冷めていた。鈴虫はまだ鳴いている。


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