ヒヤシンスの花畑3.5 | ナノ
真っ白い花畑の中に、私は立っていた。何の花だろう、歌仙とかに聞いたらわかるかな。その場にしゃがんでまじまじと見つめる。小さいけれど辺り一面に広がる様は、美しいとしか言いようがない。
ふと、私の視界に影が出来た。顔をあげると、仏頂面の彼の顔。その表情には、なにやってるんだ、とありありと書いてある。
「へへ、きれいだね、ここの花畑」
ごまかすように笑いかけると、体のどこかが、ちりと痛くなった。それに首を傾げるも、すぐにそれは収まったので、立ち上がって彼の顔を見上げる。浅黒い肌の彼とこの白い花畑が意外と似合っていて、自然と笑ってしまう。それに再び怪訝そうな顔を向けるものだから、内心舌を出しながらその視線を軽く流す。
「戻るぞ」
それだけ言うと、彼は私の手を握って歩き出した。また痛みが走る。しかも今度は収まらない。
「どうかしたか」
「…ううん、なんでもない。それより、戻るって…どこに?」
「どこでもだ」
全く答えになってない。でも彼は私に背を向けてどんどん進んでいく。でもどれほど進んでもあたり一面花畑な事には変わりなくて、逆にどうしてこんなに迷いなく進めるのか不思議に思ってしまう。
「ねぇ、どこに向かってるの?答えて」
「………」
とうとうだんまりときやがった。足を止めて、彼を無理やり止める。でも彼の足は止まらなくて、引っ張られる状態になってしまった。何故か私は裸足だから痛い。仕方なく、また歩き始める。
「ちょっと、なんか変だよ、止まって」
やはり止まってくれない。いつもの彼が、彼ではないように感じる。
…いつもの彼?
自分は何を言っているんだろう。いつもの彼は目の前の彼のはずだ。じわりと痛みが広がる。痛みと同時に違和感が足元から上ってくる。まるで蛇が足にでもいるみたいだ。得体のしれない不安がうずくまっている。
「止まりなさい」
足を止める。言霊を込めたつもりはなかったが、それでもようやく目の前の彼も足を止めてくれた。顔は見えない。痛みはまるで何かの警報のように体中でこだまを始める。
「こちらを向いて、――」
名前を呼ぼうとして、愕然とする。
名前が出てこない。あれほど共にいた彼の、名前、が。
ゆらりと首がこちらを向く。そこにあったのは私の見知った顔―――
「彼は、貰ったよ」
ではなくて、私を切ったあの男の顔が張り付いていた。