ヒヤシンスの花畑2 | ナノ



演練に行く、そういったのは審神者だった。
演練は義務ではないものの、行く事によって自分自身の力を見直せるし、至る所から集まる様々な審神者と情報収集が出来たりするので、そういった方面では非常に役に立つ。だがこの本丸はほとんど参加しない。主の出自から好奇の目で見られること、良くも悪くも目立つのをひたすらに嫌うのだ、この主は。

「この雰囲気もひさしぶりだね」
「最近は来てなかったからな」

今回連れてきたのは二軍。未だに警戒を緩めていない為、一軍は本丸内で不穏なものがないかを見張っていてもらうという事だ。
今回の目的はもっぱら情報収集に他ならない。前々から言われている誘拐騒ぎが、最近本格的に問題となってきている。ただ政府からの情報は無い、警戒しろの一点張りだ。そこで主自身が動いた。他の審神者から多くの情報を得るため、効率的に集められる演練に来たのだ。
本当ならば来たくないこの場所で、彼女は行くと言った。隣に俺がいるならば大丈夫という事で。
演練では、戦うための一部隊と共に、もう一振り護衛役として連れていける事になっている。そのためついてきたというわけだ。

様々な審神者と話して、さりげなく情報を集める。やはりどこの審神者も同じような考えを持つようで、皆お互いに持つ情報を惜しみなく教えてくる。今回は主に注目する輩はほとんどいないようだ。それ程までに切迫した事件という事なのだろう。

そうして演練する部隊を見送ってから、二人で演練上の壁際に立っていれば、一人の男が主に近づいてくるのがわかった。咄嗟に主を背にかばうが、軽く袖を引かれて制止されてしまう。

「えっと、初めまして。今回演練で当たる方ですか?」
「えぇ、初めまして、小桜さん」

審神者名をぴったりと当てられて主の顔がこわばる。だがそれも一瞬ですぐににこやかな表情を作り上げた。相手の方は、主とその間に立つ俺を一瞥するとにこりと笑顔をかけてくる。それにぞわりとした感覚を覚えながら、すぐに視線をそらした。どうにもこの男の持つ雰囲気が嫌で仕方がない。気持ち悪い。

「今日はよろしくね、君とは一度話してみたいと思っていたんだ」
「そう言っていただけるなんて光栄です」
「いや本当の事さ。…ところで君がここに出てくるという事はあれかな、最近流行りの誘拐事件に関してだったりするのかな」
「いえ、単純に腕試しですよ」

さらりと嘘をつく主は、きゅ、と自身の袴の袖を握った。雰囲気は完璧に他所向けだ。主は自身が信用しない相手にはとことん口を固くし、身の内を何も明かさない。強かで賢いが、それは同時に相手を突き放しもしないでお互いの腹の内の探り合いとなる。主の実家から帰ってきたとき、政府に呼ばれたときなど、そういった行動は顕著になる。そしてそういった事の後には必ずと言っていいほどこいつは疲れ切るのだ。

「おい、行くぞ」

ぐ、と腕を引き男から離れさせる。俺を制止する声が聞こえたが知ったことではない。主を守って何が悪い。男に背を向けて歩き出せば、しぶしぶといった感じで主が付いてくる。本気でダメだと思ったらこの時点で俺の腕を振り払っている事だろう。
肩越しにちらりと男を見れば、こちらを見てただずっと立っていた。何をするでもなく、その場に立っている。じっと見つめるその視線が何を意味するのか分からず、俺は主の腕を強く引いてその場を後にした。

そこで男の口がぽつりと動いたことに、気づかずに。


大倶利伽羅に突然腕を引かれて演練上から出てきてしまった。今は廊下のトイレ付近だ。そこで壁に背を預けて二人でぼんやりと立つ。まだ私の子たちの演練まで時間があるから大丈夫だろう。ちらりと隣に立つ大倶利伽羅を見ると顔がこちらを向いた。その表情は明らかに機嫌が悪そうで、眉間にしわが寄りすぎて跡になりそうな勢いだ。
そこを指でぐいぐい押してしわをなくせば、小さくため息をつかれる。

「あれはなに者だ」
「…いつものかなぁ」
「知らない人間か」
「うん、名前も知らないよ」

酷く胡散臭い人だった。これまで多くの好奇の目で見られることはあったけど、こんなにも読めない人は政府にもそういないんじゃないかと、そう思うほどだ。

「出来ればもう話したくない…」

そう項垂れれば、くしゃりと頭をなでられる。それを甘んじて受けていると、そろそろ時間だという事に気付く。慌てて大倶利伽羅の手を引いて演練上へ戻った。
私の部隊はもう一試合あとの様で、まだ控室から出てきていない。演練上のステージ付近で今やっている試合を大倶利伽羅と眺めていれば、先程の男の部隊が戦っているようだった。男が審神者専用の台の上で指示を出している。響きあう声と金属の音。

「…―あれ?」

何かがおかしい、ふとした瞬間に感じる違和感に首をひねる。隣に立つ大倶利伽羅の袖を引っ張れば、どうしたのかと心配そうにこちらを見る。それに返事もできず男の部隊を観察するが、わからない。ただぞわぞわとした違和感が体中を纏う。でも何かおかしい。思わず空いた手で袖を握る。

「…どうかしたか」
「わかんない…なんか変だ」
「変?どういう」

言葉が途中で止まった瞬間に大倶利伽羅に俵抱きにされて走り出す。なんだ、と思うよりも早くつんざく悲鳴があたりに響く。途端に壁が破壊される音。視界に収まるよりも大きい赤い軍勢。
あれは、見覚えのあるあれは。

「敵の襲撃だ!!!!」

誰かの声が反響した。はっとなってからあたりを見るが、私の子たちが見当たらないのに気付く。ぞっとした感覚が体中を覆った。

「大倶利伽羅だめ!!皆がまだ中にいる!!!」
「ダメじゃない!アンタがあそこにいて何になる!」

すごい勢いで走りながら出口に向かう大倶利伽羅の言葉に、何も言えなくなる。それでも何もないなんてできなくて、懐から丸型の紙を何枚か取り出す。それに霊力を吹き込めば、ぼんと煙を立てながら狐が現れる。私の式神、こんのすけだ。

「皆を見つけたらすぐに連れ戻して!!お願い!!」
「かしこまりました」

ぴょんと飛びながら私たちが走ったところを逆走していく小さな背中を見送る。小さく息をついたのも束の間、廊下の曲がり角に差し掛かったところで大きな音と共に巨体が姿を現した。
大倶利伽羅の小さな舌打ちが聞こえながらも、すぐにその相手を切る。一瞬で相手を消すと再び走り出す。至る所で目に入る、どこかが無い体と血の溢れるものを横目に、大倶利伽羅はどんどん進んでいく。だが敵が四方八方から現れる。キリがない、そう呟いた大倶利伽羅の表情は強張っている。

頭上で何か音が聞こえた。空を切るような、つんざく悲鳴がこだまする。はっとして空を見上げた時には既に、数多の弓矢が眼前に迫っていた。
瞬間、視界が暗転して目を見開く。先程まで見えなかった顔が目の前にあった。それから響く地響きのような音。同時に聞こえるうめき声。いけない、彼はまさか。

「やめて!大倶利伽羅ここをどいて!!やめて!!!!」

大倶利伽羅は私の上に覆いかぶさって、弓矢の攻撃から守ってくれている。彼の胸板を押してどかそうとしても、びくともしない。それどころから小さく笑ってまでいる。その口元から小さく血が流れだした。

「いや!このままじゃ折れちゃう!!お願いもうやめて!!!」

ぼろぼろと涙をあふれさせる中、彼がぐらりと傾き私の上にぼすりと乗った。どうやら弓矢の攻撃が終わったらしい。
ゆるりとその背に手をまわして必死に自分の霊力を送る。その背中には無数の弓矢が刺さっていた。パキリ、とどこかで音が響く。その音から逃げるように彼の腰にある刀を抜く。はこぼれが酷い、間違えるとおれてしましそうなそれを優しく抱きしめて必死に霊力を送る。道具もなしに直接自分の霊力をつぎ込むのは危険だと教わったことがある。知ったことか。私は瞳をぎゅっと閉じて、ひたすらに霊力を送った。

「あれ、まだ生きてる」

しん、と静まり返る中で響く声。誰だ、この声は、誰だ。嫌な汗が背中にじんわりと広がる。
目を開けば、視界いっぱいに広がる男の顔。こちらをのぞき込んでいたらしい。慌てて逃げようとするも、それを阻止するかのように首の横に刀が突き立てられた。

「…何のつもり」
「叫ばないのか、すごいね」

刀を抜いて少し残念そうに瞳を伏せた。
この男。先程ちょっかい出してきた奴だ。なんでここでこんなにも悠遊としている。今は敵が襲ってきたというのに。この男の余裕は何だ?この男の刀剣男士はどこだ。そもそもコイツの手に握られている刀は、それは。
こちらの疑問を全てわかっていますとでも言いたげに、男はにたりと笑った。気色の悪い笑顔だった。

「君いいね、あぁ違う違う君じゃなくて、うんそう君の上にいる彼ね」
「なにを、」
「いいねぇ」

男が舌なめずりした瞬間、私の腕を引いた。ずるりと大倶利伽羅の背中に埋もれていた私を引っ張り出すと、そのげひた笑いを一層深くしてぽつりと何かを呟いた。それから持っていた刀を大きく振りかぶりこちらにめがけて―
「う、ぁあ!!」

肩から腹にかけて広がる、熱のような痛み。たまらず膝をついてその場にうずくまると、男の笑い声が上から降りかかる。

「あははは!!惨めだな!守ってもらわなきゃ何もできないお姫様がよぉ!!」

がんがんと蹴られる腹が、何かに耐え切れなくなったように痙攣を始める。上からこみ上げてくるものを耐えながら、男の顔を見上げる。汚い笑い声をあげて、こいつは見境なしに暴力をふるう。
拳が高々と振りかぶられたのを見て、咄嗟に目をつむった。だが、なかなか来ない痛みにそう、と瞳を開く。そこには見慣れた背中が私の前に立っていた。

「大将、無事か!?」
「厚…?」

厚が私の前で、男の拳と刀を受け止めている。その背中に手を伸ばそうとした時、別の誰かにその手を握られた。

「主、しっかりしろ。君はこんな事で心揺らされる人間ではないだろう」
「鶯丸、無事で」

見れば私の刀剣達が周りを囲っているのがわかる。そこにいるこんのすけも。それを見て咄嗟に鶯丸にしがみついた。

「うぐ、おおくりからが、私を、私をかばって」
「大丈夫だ、折れてない、君が守ってくれたのだろう」

ぽんぽんと私の背中をあやすと同時に、誰かが倒れる音を聞いた。そちらの音を見れば厚が先ほどの男に馬乗りになって襲い掛かっていた。
こちらが声をかけるよりも早く、厚のまっすぐな刀が男ののど元に突き刺さる。抜くや否や、返り血浴びた厚がこちらに振り返ってから、すごい形相で走ってくる。

「大将、大丈夫、じゃねぇよな、こんなに切られちまって…!くそ、すまねぇ大将をこんな目に合わせちまうなんて俺は、」
「あつ」

涙にぬれる瞳を引き寄せて、強い力で抱きしめる。血の匂いが私の体中に広がる。それすら愛おしいと、腕に力を込める。大将、とどこかあどけない声で呼ぶものだから、そんな声すらかき消すように強く抱いた。

「ありがとう、貴方のお陰で私はまだ生きてる。こんな怪我、怪我の内入らない」
「主、ひとまず本丸に戻らなくてはならない」

鶯丸の言葉に頷きながら立ち上がる。他の無事だった審神者が何人か見える。それから、扉から入ってくる政府の役人も。ほっとしたのも束の間。その瞬間に熱が走ったように傷が熱く痛くなり、私の意識は泥沼に沈んだ。
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