シザンザスを送る7 | ナノ



それからというもの、本丸は大慌てだった。とりあえず、事情の知らない他の刀剣男士が主の傷を見て泣き喚くレベルで騒ぎながら初期刀に注意され、傷が膿んで熱が出れば通夜レベルに本丸が沈んだ。今剣に至っては主の部屋から一歩もどこうとせず、食事もろくに取らないせいで、逆にそっちが倒れるだろうと思われるくらいになっていた。なんたってまだ手入れができていないのだ。傷は治っていない。
暫く出陣遠征はなしでいいとの連絡は来たから、全く問題はないのだが、何よりも未だに目を覚まさない主に、皆気が気ではない。

そうして4日目の夜、どうにかして今剣に食事を取らせ、少しだけ寝てこいと部屋を追い出した折に、ようやく主が目を覚ました。
先程やっと今剣が寝たとはいえもう深夜帯で皆寝静まっていたため、気付いたのは不寝番していた俺だけだ。
瞳にたっぷりと涙を溜めて、こちらを見た視線は疲れと安堵と、様々なものを含ませていた。
ゆっくりと上げられた手を握れば、嬉しそうに目が細められる。

「夢を、見たよ」
ぽつりと、独り言のように呟かれたそれはきっと確かに独り言なのだろう。俺は、返事をすることなく少しだけ瞳を伏せた。

「あの人は自ら堕ちたんだ。呼んでくれたから、愛していたから、幸せだったからって」
涙が頬を伝って枕に落ちる。それを空いた手ですくえば、くすぐったそうに身を捩った。

「ずるいねぇ…」
瞳が閉じられる。きっと色々な事を思い出しているのだろう。それでも、全てを忘れて今はゆっくりするといい。さらりと心地の良かった髪を、するりとなでた。

「大倶利伽羅」
「なんだ」
「…あいしてるよ」
「…あぁ、俺もだ」
頬に触れる指先に、生温いものが伝った。



:::



「じゃああの本丸はもうないんだ」
『そうなるよ。堕ちた魂はどうにもできないから体と切り離して、体を処分した。刀達はもう刀解したからね。どうすることもできない。また今度改めて説明しに行くよ』
「いや、それはいいよ。同じ事を2度も聞くのは疲れる」
『それもそうだ』

主が誘拐されてから2週間。目を覚ましてから10日。ようやく布団で上半身を起こせる所まで回復した主の元に、一本の電話が来た。
相手は、世話になった和泉守兼定を連れてる役人。ここに来るからいつがいい?という連絡を敬語も使わず軽く聞いてくるくらいには、うちの主と相手は仲が良いらしい。

主いわく、例の本丸は数年前に歴史修正主義者によって壊滅された本丸。そしてその本丸の刀剣男士達が、敵側に寝返った。彼らの願いは即ち、彼の主の生存だ。だがそのように堕ちるよりも先に、彼らの主の方がおちてきた。
人からヒトヘ。魂を死んだ体へ。本来ならば人の輪廻に乗るところを、あの審神者はもう朽ちた自分の体を望んだ。そして放置された本丸で、じわじわと腐っていく体の中で苦しみながら生きた。それを見てか、彼の刀剣男士は体を浄化したいと考えた。
そこで考えたのが、他の審神者の刀剣男士の神格と霊力の摂取。人の霊力だと彼の体と合う人間を探している間に審神者の体に限界が来る。ならば、彼が一度顕現したことのある刀剣男士ならば、霊力は確実に合う。その中でなるべく神格が高い物を、錬度の高い物を得られれば。
そこで目をつけられたのが、ここの本丸だ。最初に今剣で俺達を誘き出し、取って食う算段だったのだろう。主に先に言霊を使って俺達を術をかけたかったらしいが、生憎と主はそこまでやわではなかった。
そうして主の拷問もうまくいかず、更に予想していたよりも俺達に手を焼いたため、主を殺し俺達を消してしまおうと思った。主が死ねば霊力供給が上手くいかず、早々に俺たちは消えるからだ。ただ一つ誤算があるとすれば、ここの主がそういった穢刀の攻撃からひたすらにタフだったということだろうか。

「大倶利伽羅ー」
電話をしていた主に背を向けて書類と向き合っていたため、それを一旦置けば、背中に体重を感じた。
布団から出てきて、背中合わせにぐりぐりしているのだと気付いたが、特に咎める事もせず好きにさせる。こう来たということは電話は終わったのだろう。

「いやぁ、今回は心配かけたね」
「全くだ。いい加減にしろ」
面目次第もない。そう言いつつ笑うコイツに反省してないな、と内心ため息をつく。

「次にああいったことがあったら、殺す」
「物騒だなぁ。ちなみに誰を」
「全員」
「えぇと、私は?」
「当然」
「それ結局私入ってんの入ってないの?」
「さぁな」
わからん、と言いつつ恐らくコイツはわかっているのだろう。

『大倶利伽羅』

主の細い首に刀を突き立てた時を思い出す。
凛とした声だった。常には出さない、緊張と安堵を混じった熱のある声だった。
怒りと苦しみを抑え、嘆きを止める声。お前も俺も、止められるのはお互いしかいないとは、悪くはないがなかなか難儀だ。

演練で何度かあったことがある人だった、と言った。何度かあっていくうちに人となりもなんとなくわかるくらいには親しくなっていたと、主は言った。
人の心とは厄介だ。親しき人であっても、それよりも大事な選択を迫られたとき、人は簡単に相手を捨てる。あの男も、主も、もちろん俺も。

もし、コイツがいなくなったら、と考える。
あの本丸の刀達は、主を失って、取り戻したかっただけだ。
ただ、平和を願っただけ。
また、共に笑いたかっただけ。
一緒に歩みたかっただけ。
小さな幸せを、願っただけ。

アイツらの気持ちがわかるというのが、人の心というものの難点だな。
理解してしまう。願っただけの刀達の気持ちが。どうしても、わかってしまう。

「くり?」
ぱちりとした瞳が、気付かぬうちにこちらに向けられていた。
頭をゆっくりと撫でてから、布団に寝かせる。徐々に微睡んでいく瞳は、わかりやすい。

「なぁ」
「うん…?」
返事は既に夢の中だろう。語尾が非常に覚束無い。

「愛している」
「うん、私も」
ゆっくりと、頭をなでた。昼過ぎの、幸せな時間だった。







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