けんか日和 | ナノ


最初の原因は思い出せない。ただ、酷く下らない事ではあったと思う。些細で、小さなこと。
だがそれは、大倶利伽羅から日常では殆ど聞かない舌打ちを引き出し、審神者から大粒の涙と共に「ばか!」という言葉を吐き出させた。

「ばか! あほ! 大倶利伽羅なんかもう知らない! 勝手にしちゃえばいいんだ! もう知らない!!」

捨て台詞の様に汚い言葉を吐き出し、審神者は部屋を後にした。
勢いよく閉められた襖が、跳ね返って結局閉まらず元の位置に戻る。

「………、……」

残された大倶利伽羅はひとり、顔を覆って息を吐き出した。
先程まで燻っていた怒りや苛立ちは、もう殆ど無い。それどころか、酷く頭の中は冷静だ。
なにせ、審神者の涙を見てしまったから。
今、大倶利伽羅はここで追いかけなくてはならないのだろう。追いかけて、捕まえて、泣き顔を隠すように抱きしめに行くべきだろう。きっとまだ、1人で泣いている。

だが、そんな気持ちと相反して大倶利伽羅の体は動かなかった。

ーーーばか!

審神者が泣いた瞬間、言葉が全て喉の奥に落ち、体が固まった。大粒のそれは、審神者の大きな瞳から容赦なく溢れ、顔をぐしゃぐしゃにしていた。
あの瞬間に動くべきだったというのに。自分自身で審神者を泣かせたという事実は、石で頭を殴られたように大倶利伽羅の動きを全て止めた。

「…クソ……」

自分自身に向けて吐いた悪態は心に渦巻く苛立ちを消すことなく、寧ろ悪化させる。

審神者が大倶利伽羅に大声を上げたのはこれが初めてだった。
出会った時から笑顔を絶やさず、大倶利伽羅がどれほど突き放そうとも後からそっと隠れて着いてくるような人間だった。
その審神者が泣いた。声を上げた。言葉自体は拙くとも、その言葉の中に大倶利伽羅への怒りと悲しみが全て詰まっているのがわかった。

「………はぁ」

ここでそんな事が分かっても意味は無い。相手が居なければ、理解したとてそれは無意味なのだ。それだって、審神者が大倶利伽羅に教えたことだと言うのに。

そうして大倶利伽羅が音もなく立ち上がろうとした瞬間、襖が開いた。

「………」
「………」

そこに立っていたのは、先程部屋を出ていった審神者だった。目からはまだぐずぐずの涙が溢れ、目じりを擦っている。
大倶利伽羅が審神者を見つめていると、相手は何も言わないまま大倶利伽羅の隣に座り、そっと腰布を掴んだ。そう、本当に、そっと掴んだだけだ。
だというのに、胸のうちから何かが溢れる気がした。とめどなく溢れ出すそれがなんなのか、大倶利伽羅は咄嗟には分からなかった。だがそれを抑えるように相手の手に、自分のを重ねた。

「…悪かった」

ぱ、と弾けるように審神者がこちらを向く。驚きで満ちた瞳がすぐに細められ、やがて再びぽろぽろと小さな雫を落とした。

「ううん、わたしも、ごめんね…っ」

大倶利伽羅はそこでようやく、彼女の手を掴み、泣き顔を隠すように抱きしめたのだった。

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