20171008_01 | ナノ

私には幼馴染みがいる。
家が隣同士で、親も仲がいい。物心つく頃には隣にいることが当たり前。彼が右に行くなら一緒に行き、私が左に行くなら手を繋いで歩く。そんな関係。つまるところ、ずっと一緒、というやつだったし、小さい頃の私はそう思っていた。
だというのに、そんな彼は私よりも一年早く小学校を卒業し、中学の制服を脱ぎ、そしてとうとう高校を卒業してしまう。一個上というのは、存外大きな壁として立ちはだかるのだった。

真冬というのは良くないと思う。というより、冬と布団という組み合わせが良くない。抱きしめられているかのような温もりに包まれていれば、起きれるわけがない。
そんなわけで、数度に渡る親からの起きなさいコールにも生返事を決め込み、再び気持ちの良い布団の中で瞼を閉じようとした。その瞬間、布団が剥がされた。
「うっ、な、なに…!?さむ、さむい」
唐突に入り込んだ寒さに身を縮こませるが、どこを探しても温もりは帰ってこない。
「いい加減起きろ」
「うえぇやだぁ……」
頭上にかかったとてつもなく重たいため息に引きずられるように身体を起こす。寒さと眠気に板挟みにされるが、目の前の人間はどこ吹く風だ。
「大倶利伽羅先輩…おはようございます……」
「…早く着替えろ」
「はぁい……」
ふわふわとした返事と共に、瞼が落ちてくる。あぁあ、やばい、これまた寝る。そう思ったのも束の間、ゴスンと手刀が頭に落ちた。ウッと鈍い声が溢れた。
「起きろ、寝るな」
「だ、だからって殴らなくても、うわぁあ」
口答えした瞬間、わしゃわしゃと頭を掻き乱される。これからセットしなくちゃいけないのに! やがて相手の攻撃が終わる頃、私の頭は鳥の巣のようになっていた。
「んえぇ…これから色々するのに」
「目は覚めたか」
「もうばっちりです」
シャキッと立ち上がると、先輩はようやく納得したように部屋をあとにした。それを見てからいそいそと着替え始める。また着替えないでのんびりしていたら怒られてしまう。あの人、当たり前に私の部屋に入ってくるんだもの。母親でさえ扉の前で一言聞いてくれるというのに。
隣の家の大倶利伽羅先輩。生まれた時から一緒にいる、所謂幼馴染みである彼は、朝があまりにも弱い私の為に毎朝起こしに来てくれている。感謝を超えて最早崇め奉るレベル。大倶利伽羅神。彼が居なかったら何度寝坊していた事か。
「すみません、お待たせしました」
諸々の支度を終えて階段を降りると、相手はリビングのテーブルに我が物顔で座っていた。いつも通り、どこか不機嫌で眠たそうな顔。
「学校行きましょ。今日一限テストなんですよ」
「…いい加減その下手くそな敬語をやめろ」
「えぇ。でも先輩ですし。無理」
先に家の扉を開けた私の背中に舌打ちがぶつかる。どうやら今日はめちゃくちゃに機嫌が悪い日のようだ。
「たかが一つだ」
「高校生の一つって大きいと思いません?特に学校一モテモテでカッコイイ大倶利伽羅先輩といるんだもの。これでタメ口きいたら怒られちゃう」
家を出ると、冬独特の乾燥した空気が肌に触れる。ううん、寒い。
「ほら、カッコイイ顔が台無しですよ。眉間のシワ」
シワを指でくりぐりすると、より一層シワが深くなってしまった。肩を落として、小さく笑う。
「頑固だなぁ。敬語で先輩呼びなんて中学からずっとなのに」
「…行くぞ」
「はあい」
手なんて繋がないし、話だっていつものたわいない事ばかり。それでも、隣を歩いているだけでどうしても誤解は生まれてしまう。そしてその誤解の矛先は私だけじゃなくて、隣のこの人にも行ってしまうのだ。
どろどろとした悪意から生まれた言葉は、容赦なく人を傷つける。出来ればそれから避けたいと思うのは当然じゃないだろうか。
「大学生とかになったら、色々気にならなくなるんですかね」
「…浪人したら同級生か」
「ぼそっと冗談でも言うのやめてください」
大倶利伽羅先輩は私では到底行けなさそうな頭の良い大学にもう受かっている。合格を聞いた時は飛んで跳ねて喜んだものだ。この人、昔から頭もいいし運動も出来るしで、前世は神様か何かだったんじゃないかと本気で思うことがある。多分、神様だったか、人をすごく守ったとか、そんな感じ。
「あーあ、先輩ももう卒業かぁ」
「どうでもいいな」
「またボタンが無くなる時期がやってきましたね」
中学の時はボタンの多い学ランだったからまだ良かったものの、高校はブレザーで、ボタンの数は三つ。とてつもない激戦だ。今から先輩方は作戦を立てていることだろう。
「今回もボタン一個もゲット出来てないだろうな」
「…あんなもの必要ないだろう」
「思い出ってやつですよ。せっかくだもん」
そう、せっかく頑張って頑張って同じ高校に入ったのだ。最後に思い出のひとつやふたつ、貰ったって良いだろう。
「……また追いつけなくなるなぁ」
ぼそりと呟いた言葉は、相手に聞こえなかったらしい。何でもないです、と首を振り柔く笑った。
二月。隣の幼馴染は、あと一ヶ月で高校を卒業する。別離が近いのだと、ひしひしと伝わった。

:::

相手を男の子だと思ったのはいつからだろう。
骨ばってきた手に触れた時か、背を抜かされた時か、知らぬ間に低くなっていた声に気づいた時か。
どれにしたって、その瞬間に私は彼を男なのだと理解して、そして自分が女なのだと自覚した。それは、ずっと一緒だと隣にいた自分としては、酷く、ひどく。
「…起きろ」
「んごっ」
ゴスン、と勢いよく頭に手刀が落とされて、無理矢理夢から覚める。机に突っ伏して寝ていたからか、痺れる腕と固まった身体を伸ばしながら周りを見ると、もう放課後のようだ。
「…クラスの皆さんは?」
「とうに帰った」
「帰る時起こしてって言ったのに……」
「俺を呼びに来た」
「明日ジュース奢っておきます」
そこまで御迷惑をかけてしまっていたとは。頭の中に浮かぶ友人達の顔一つ一つに頭を下げながら、隣でこちらを見下ろす人をちらりと見た。
「先輩もすみません。わざわざ二年の教室まで」
向こうは全く気にしないように一つ鼻を鳴らして、私のリュックを持ってしまった。
「あっ、ちょ、いいです大丈夫です、持たないで」
「…昔は散々持たせていただろう」
「昔はじゃんけんしてたと思いますけど」
グリコをして負けた方が相手のランドセルを持って帰る、二人だけのルール。今になって思うと、なんてひどいルールだろうか。
「じゃあ私が先輩のリュック持ちます」
「そら」
ぽいっと投げるように渡されたリュックを持って驚く。
「うわ、めちゃくちゃ軽い!あー…いやそりゃそうか、もう授業も無いんですもんね」
というか、最早学校に来るレベルの重さじゃない。お弁当も入ってないだろう。むしろ何も入ってないのでは?
「ちなみに中身は?」
「スマホ」
「うわぁ。学校舐めてる」
私も来年はこうなるのだろうか。今は教科書とノートで重たいリュックを思い浮かべながら、想像出来ないと首を捻った。
「あ、先輩今日お夕飯食べて行きませんか?さっき、カレーだからヒロくん呼んでって母から連絡が」
私の好物であるカレーを、母は作りすぎる傾向にある。その度に隣の家の先輩にヘルプを頼むのだ。今回もきっと作りすぎてしまったのだろう。
「…構わないが」
「…が?」
上履きから履き替えて外に出ると、空は夕闇に染まっていた。一気に底冷えする寒さに、思わず両手で体を抱いた。
「もう一度、名前を呼べ」
「名前って……、……あ!」
先輩が何を言いたいのかが理解出来て、じわ、と恥ずかしさが溢れる。さっき、ついつい私は「ヒロくん」と呼んでいなかったか。それこそ、まるで昔のように。
「い、いやいや、流石にそれは恥ずかしいしちょっとキツイっていうか」
「…なら食いに行かないぞ」
「ンンン」
ここで先輩を呼ばなくては最低四日は朝昼晩カレーになる。それは勘弁したい。自分の恥ずかしさと明日からの献立を天秤にかけ、すぐさま答えを出した。
「よ、呼びます。呼びますから、耳を貸してください」
先輩が足を止めて、少しだけ体を傾ける。一言、呼べばいいだけ。それで良い。そこまで恥ずかしがる必要も、構える必要も無い、筈だ。そっと耳に近づいて、息を吐いた。
「お、大倶利伽羅くん!」
吐いた、のだが。
「……」
「あ、その、今って、話いい、かな……」
先輩の体が離れて、後ろから走ってきたらしい女生徒に向けられる。赤い頬、緊張していると分かる雰囲気。なんとなく、彼女がこれからしようとしている事が分かってしまった。
ならば、私がするべきことは一つだろう。先輩の手から自分のリュックを取り、持っていた彼の軽すぎるそれを押し付けた。
「先輩、ゆっくりしてきてください。夕飯はまた今度でいいですから」
「おい」
「それじゃ!」
スチャッと手を上げて、早々にその場を離れる。当然だ。あそこにいる方がおかしいだろう。だって、きっとあれは告白だ。二人っきりにしなくては。
殆ど走るように家に帰る道を通りながら、ふと、足を止めた。
「…あぁー……」
先輩への告白を見かけることなんて、一度や二度じゃない。初めて見たのは小学校だったか。それに今は卒業シーズン。皆、思い残しがないよう想いをぶつけるものだろう。
分かってる。分かってるのだが。
「やだなぁ……」
何が嫌かって、フラれてしまえと思っている自分が一番嫌だ。
相手に気持ちを伝えること。それの大変さと苦しさ。そんなの、十分に知っているというのに、それを潰れてしまえと考えている自分が、嫌で嫌で仕方なかった。
でも、だって、好きなんだ。ずっとずっと、隣の男の子が好き。大倶利伽羅先輩が、好きなんだ。骨ばってきた手も、私をとっくに抜かした高い背も、低くなった声も、全部全部、好きになってしまった。その思いは、こんなにも苦しくて、悲しくて、たまらないものだけど。
「…早く帰ろう……」
家に帰って、美味しいカレーを食べて、ゆっくりお風呂に浸かって寝よう。こういう日はそうするのが良いと、長年の経験で悟った。
明日、目が赤くなってないと良いな、なんてぼんやりと思った。

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