シザンザスを送る6 | ナノ



その日は良い天気だった。今までの雨が嘘のような、平和な天気で。長らく雨のせいでままならなかった進軍を、どんどん推し進めるよ!そう笑う主にこちらも笑って返した。

そうして一軍が進軍している頃に、強制退去の命令が下った。歴史修正主義者に襲われた。帰される理由なんて、それだけで十分すぎるほどだった。

急ぎ本丸に戻っても、既に多くの刀がこと切れていた。それでも主は部屋に立てこもり、傷ついた仲間を癒し、抵抗していた。多くの敵を葬りながら、ようやく主のもとへ駆けつければ、主は多くの敵に切り刻まれた跡と共に、息も絶え絶えになっていた。
浅く浅く、まるで嬲られたかのように残る傷に、折れた刀。そしてまさにその瞬間、太刀が主に向かって刀を振り下ろしていた。

『やめろ!!』

即座に敵を切り、主のもとへ駆け寄る。
なるべく止血を、と自分の布を切れば、それを遮るように掌が重ねられる。ゆるゆると動く腕の動きは緩慢だ。

『くにひろ、もう、だめだ』
『やめろ、しゃべるな』
『ごめんなぁ』
『やめろ』
そんな言葉本気でいらなかった。こちらに何かを残そうとするなら、自分の生きる気力に持ってってくれ。
早口にそうまくしたてれば、小さく目の前の相手が笑っている事に気付いた。それから、そのくらいの動きにすら耐え切れず、体の中から血を出している事も。

『くにひろ、おれの、いちばんの、かたな』

掌が、ゆっくりと頬に伸ばされる。指先は、冷たかった。

『あいしてるよ』

あいしてる。

そう告げて主の手は、パタリと落ちた。まるで何も入っていないみたいに。重力に逆らう事もなく、呆気なく。俺はただそれを呆然としながら見て、足元から沸く持ったことのない感情と相対していた。
目の前が、真っ白に変わっていく。その世界の中で、少し離れた所に自分がいた。
いつもの布を被って、こちらに背を向けて立っている。だが、横顔はどこか満足げに微笑まれている。
その隣には見知った背中。俺よりも低い身長で、常にこちらの目を見てしゃべろうと必死に首をあげている。それでも笑っていた。

あぁ、なんだ。

ストンと心の中で何かが落ちた。

アンタ、そこに居たんだな。

ふらりと腕を伸ばせば、アンタがこちらを振り返る。それから慌てて駆け寄ってきた。

アンタ、まだ居るじゃないか。

俺の手を握り、何かを叫んでいる。
それよりも俺の心は、歓喜で打ち震えた。
だって、主はまだここにいる。主は死んでなんかなかった。死んだ過去など存在していない。主はここに居る。ここに居る。隣に居る。存在している。主は、主は、主はまだここに居る。

主ハまダこコに居ル!




国広、愛してるよ。
あぁ、俺もだ。



:::



カラン、ととてつもなく簡素な音だった。それから、息も絶えだえすぎるような、肺で精一杯呼吸している音。

俺の主が、咄嗟に頭突きを食らわして、その拍子に刀は男の手から離れ、二人は地面に倒れ込んだ。俺の刀は即座に相手の腕を狙った。

「大倶利伽羅」

凛とした声だった。常にはそんな声出さないだろう癖に、こういう時ばかりそういう質のものを出す。
俺の刀は、相手の腕は切り落とさなかった。その代わり、主の肩の上、本当にギリギリで止まっている。

急激に止めた体の動きを制御するために、微かに腕が震える。少しでも動くと主の首を切る。それは、それだけはだめだ。

「大倶利伽羅、大丈夫だから」

その言葉を頼りに、ゆっくりと、ゆっくりと首から刀を外す。腕が下に来たところで、ようやく息ができた。

そこでようやく、主はこちらを向いた。その瞬間の、泣きそうな、でもそれよりも嬉しいような表情を見せた。それをすぐに横抱きにして立ち上がる。
背中には切り傷が、腕には数え切れない鬱血と縛られた跡がある。だが、特に酷いのは肩口から腰にかけての刀傷だ。綺麗に開かれたこの傷は、急がないといけない。

主がどいた後に、山姥切が男に駆け寄っていくのが見えて何かを言っているのが聞こえたが、そんなのは知ったことではない。主がここにいる。それだけでもう、十分だ。
部屋を出れば天気はまだどんよりと曇っていたが、光が眩しくて少しだけ目を細める。すぐそこの柱に和泉守兼定が背中をもたれかけて、腕を組みながら待っていた。こちらを一瞥すると、部屋の中に入る。なるほど、この為に連れてきたのか。後のことは任せて良いだろう。あまり揺らさないように、それでも急いでゲートに向かえば、もう意識を飛ばしていると思っていた主がゆるりと瞳を開いた。

「くり」
「どうした」
「……、…ありがとう」
「…気にするな」

そう告げても気にするであろうこの主は、首を縦に揺らして、再び瞳を閉じた。


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