雨のち晴れ、そして虹_4 | ナノ

「おやまぁ」

とある日の放課後。
大倶利伽羅君も部活に行ったことだし、私も帰るかと学校を出る途中。ふと、こないだ大倶利伽羅君と2人で座った校舎裏へと繋がる道の先に、黒くて、美しい金を持つ子がこちらを見つめていた。

「おやおや美人さん。そっちに行ってもいいかな?」

みゃあ。美しい子が返事のように鳴く。なるべく警戒させないようにゆっくりと歩くが、その子は一切警戒しないまま、私をじっと見つめて、むしろ、近付いた私の足に擦り寄ってきてくれる。

「ふおぉ……」

なんて可愛らしい。すぐさましゃがみこんで腹を撫でる。少し硬くて、でも暖かな毛に口がゆるんだ。

「あなたはどこから来たの?ここら辺にいるのかな?綺麗だねぇ、どこの美しい子なのかな」

猫は気持ちよさそうに目を細める。あぁ、本当に可愛い。

「ふふ…可愛いねぇ。あなたのような美しい子がこんな所にいたなんて気が付かなかったなぁ」

ぴくん。猫の耳が一瞬動いてすぐ、起き上がって私が来た道を行ってしまう。
おやおや、意外と連れない子だね。

「……って、あれ、あれあれ?」

猫が歩いていった先。見慣れた人物が剣道部の服装で立っていた。

「大倶利伽羅君……」
「…何してる」
「美しいにゃんこがいたから、戯れていたんだけれど…。この子、随分人馴れしている子だと思ったらもしかして、大倶利伽羅君の子だったの?」

可愛らしい声で大倶利伽羅君の周りをくるくる歩くにゃんこに、大倶利伽羅君は穏やかな視線を向ける。

「…休憩中、たまにだ」

しゃがみ込んで、猫を撫でてあげる手つきは優しい。慣れているというのがよく分かる。

「じゃあよくここに来てるんだね。良いことを知ったなぁ。私が昼寝している間に大倶利伽羅君度々居なくなるから、ここに来てたりするのかな」
「……さあな」
「ふふふ。大倶利伽羅君は猫が好きなんだね」

刀の時と変わらない。小さな子らを愛せる優しい心。彼は、それを持っている。

「あぁ、それにしてもその服素敵だね。道着であってるかな?すごく似合ってるよ」

剣道部の大倶利伽羅君。正直色気が尋常ではない。首筋から溢れる汗なんてもう、視線をどこに向けたらいいか困ってしまう。

「今度試合とか行ってもいい?」
「……」
「うわ、すごい顔だよ。般若みたい」

つまり来るなということだ。
ちぇ、行きたかったのにな。まぁ、それなら内緒で見にいけばいいか。
頭の中でどうやって気付かれずに見に行くかを考えていると、みゃあ、と鳴きながらかわい子ちゃんが近付いてくる。

「おやおや、私が好き?嬉しいなぁ。私もあなたが好きだよ。うんうん、あそこのお兄ちゃんはいいの?」

腹を撫でると、気持ちよさそうに目を細めて体を伸ばす。
なるほど、中々強かな子のようだ。そんな所も愛らしい。

「あ、もう戻る?」

大倶利伽羅君は休憩が終わるらしい。立ち上がってこちらに背を向けた。

「大倶利伽羅君、またここに来てにゃんこを撫でてもいいかな」

にゃおん。足元のにゃんこが鳴く。それに呼応るように、大倶利伽羅君は「好きにしろ」と言って部活に向かっていった。



青い空。暖かな風。ぽかぽかとした空気。どれもこれも心を落ち着かせるものの筈、なのに。

「テストというものが好きじゃない」
くしゃりと手の中にある紙を歪めて、低い声を出す。隣に座る大倶利伽羅君は、私の話を聞いているのかいないのか、黒猫を優しく撫でている。
以前、ここでにゃんこと会ってから。昼休みや放課後、こうして大倶利伽羅君とふたりでにゃんこを撫でる事が日課のようになっていた。
うんうん。にゃんこをなでてる時はいつもに増して表情が穏やかだね。素敵だよ。

「中間テストが終わったからと言ってこうして怒涛の返却ラッシュは良くないよ。主に心に良くない」

唐突に点数が上がることは無いと分かっているが、ここまで上がらないと少し、いやかなり心に来るものがある。

「もうね、登場人物の感情とかね、知るかって感じでさ」
「…本を読んだら良いだろう」
「読んだよぉ。大倶利伽羅君がオススメして下れた本も、今流行りの本もね。どれもこれも素晴らしかった。泣いたのもあった。素敵な時間を過ごしたよ」
「……」
「アッそれなのに何故できないんだっていう視線はやめて。誰にでも得手不得手はあるんだから」
何度も言うが、私の頭はチートでは無い。そもそも審神者の時の最終学歴は小学校卒業だ。勉強なぞ、出来るわけが無かった。

「…まぁ、頑張るけれども」
なにせ、隣の大倶利伽羅くんは大学に進学する気だ。それならば、私も頑張らなくてはならないだろう。
はいそこ、ストーカー行為とか言わない。自覚はある。

「それにどうやら私は数学の方が得意みたいだからそこを伸ばしていきたいんだけど……」
「入試にも英語はあるぞ」
「うっ、知ってる。知ってますともさ」

苦手な事を後回しにするのは私の悪い癖だ。以前だって鍛刀が苦手すぎてやらなくなっていたら政府からお叱りを受けた。良くない、良くない。

「それにしても大倶利伽羅君は全科目得意なんだよね、すごい」
「普通だ」
「学年で10位に入っている人が何言ってるの。それにそんな風に自分を卑下しないで。そんな風に言われると私が悲しくなってしまうし、大倶利伽羅君は本当にすごいんだから」
大倶利伽羅君はすごい。なにせ、全教科ほぼ100点だ。初めて見た時は目玉が飛び出た。一度で良いから取ってみたい。うん、言うならタダだよね。

「次は平均点以上を目指さなきゃ」
「先は長いな」
「ふふ、でもどうやら私もそんなに学ぶ事は嫌いじゃなかったみたいで。知らない事を学ぶのは、心地が良い」
人生二回目でも、こうして改めて分かることもある。スルスルと知識を入れる事がこんなにも楽しい事だなんて知らなかった。

「大倶利伽羅君も、同じだったりする?」
「……どうだかな」
ゆるりと、目尻を穏やかにさせる大倶利伽羅君に胸を掴まれながら、彼は穏やかになったなぁとしみじみ感じる。

前世で彼の表情はほぼ常に一定だった。痛みに顔を歪めることも、穏やかな縁側で雰囲気を緩やかにさせる事もあったけれど、それでも変化は少なかった。
それが今ではどうだろうか。
きっと幼い頃は泣いたりしただろう。友達と喧嘩して苦しんだ事もあっただろう。今だってこの穏やかな時をそのままに受け入れて、眉間のシワを少なくさせている。

「あーあ。大倶利伽羅くんの小さい時が見たかったな」
「突然なんだ…」
「きっとすごく可愛くて、かっこよくて、愛おしかったんだろうね」
刀の時には見られなかった姿。どれほど考えた所で「その姿」は生まれ得ぬ物だった。
それが今はどうだろうか。十数年前、彼はまだ小さな人の子だった。赤ん坊として産まれ、愛され、成長してきた。それがどれほど尊くて貴重な事か。

「大倶利伽羅君のランドセルを背負う姿が見たかったなぁ……」
審神者の時にも同じ事を言った気がする。その時と違うのは、少し時を遡ればその姿を見れたということだろうか。

「大倶利伽羅君はどんな子供だったの?」
唐突な質問に、大倶利伽羅君は困った表情で視線を逸らした。

「小学校はどうだった?」
「…覚えていない」
「あぁ、そりゃそうか。数年前だもんね。じゃあ中学は?あっ、ていうか制服はどんなだった?」
大倶利伽羅君が少し思案するように目を伏せる。

「…学ランだ」
「エッ!?学ラン!?!」
私の声ににゃんこが嫌がるように声を上げる。
あぁ、ごめんよ。びっくりしてしまって。いや、でも学ランって。学ランって。

「お、大倶利伽羅君、お願いがあるんだけど」
げんなりとした表情がこちらを向く。きっともう私の言わんとしている事がわかるのだろう。流石大倶利伽羅君。

「大倶利伽羅君の学ラン姿が見たいです!!」
「却下だ」
「ンアアア」
頭を抱える。オーマイゴッド。なぜ私は大倶利伽羅君の学ラン姿を見れていないのか。学ラン姿の大倶利伽羅くん。密かな夢だった。だと、いうのに。

「何故このような悪魔の所業を……」
あぁ、今だけ歴史修正したい。大倶利伽羅君の学ランが見たい。いっそ歴史修正するなら彼の生まれた瞬間まで遡って彼の成長をひとつひとつ見ていきたい。話がそれた。

「あっ、獅子王君に聞けばいいんだ。写真持ってるかもしれないよね」
大倶利伽羅君の幼なじみ獅子王君。そんでもってやっぱり私の元刀。当然、彼も何も覚えていないけれど。

「アンタに何か言われても無視しろと言ってある」
「この世は地獄じゃないか……」
根回しが早すぎる。本当に流石すぎるよ大倶利伽羅君。そういう所大好き。

「……まぁ、残念だけど仕方が無いよね。頭の中で大倶利伽羅君の学ラン姿を想像させて貰うよ」
目を瞑って考える。
今より身長は少し低くて、目元も幼い。でも少しだけ男性らしさが出てきた中学生大倶利伽羅君。

…………いける、いけるぞ…!!
「おい、気持ちの悪い事をするな」
「仕方ないじゃない。大倶利伽羅君が学ランなのが悪い」
「どういう理屈だ……」
「あぁ、でも今の制服も素敵だよ。萌え袖?というんだよね?最高だと思う」
大倶利伽羅君はカーディガンの色をころころ変える。白だったりブラウンだったり紺だったり。ただ、それのどれもこれもサイズを大きめで買うらしく萌え袖になっているのが、恐ろしい程の萌えをもたらす。かなり目の毒だ。

「今度は赤のカーディガンとかどう?プレゼントしても良い?」
「校則違反だ」
「守ってないくせに」
「アンタも毎日パーカー着ているだろう」
「ブレザーは肩が凝るんだよ」
仕方なく無い?そう言って笑うと、大倶利伽羅君の口角もほんの少しだけ上がる。

余りにも穏やかすぎる放課後のこと。さわさわと春の風が吹いた。

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