雨のち晴れ、そして虹_2 | ナノ

とある教室の、一番後ろの席。
そよそよと窓から入ってくる穏やかな風と、暖かい陽の光を浴びながら、体を机へと突っ伏す。
あぁ、なんて穏やかな春。こんな日は昼寝するしかない。というより、起きていられない。授業何ていつでもできるもの。でも今、こうして気持ちよく寝るのは今しかできない。

「……おい、起きろ」
そんな私の夢見心地を終わらせるように、ぺし、と頭の上に何かが乗る。顔を上げると、一枚の紙が落ちた。

「あぁ、プリント」

寝起きの頭と視界の中、前の席の大倶利伽羅君を見る。
また寝ていたのか、と表情にしっかり表れている彼は今日も美しい。

「ありがとう大倶利伽羅君。ラミネート保存して大事にさせてもらうね。もう授業は終わった?」
「とっくだ」
「んん…。通りで周りが騒がしいと思ったよ」

私の言葉に、大倶利伽羅君は先ほどよりも呆れた眼差しを向ける。

「大倶利伽羅君、今日も良い熱い視線をありがとう。でもそんな風にみられると照れてしまうなぁ」
「呆れていただけだ」
「そうかもと思っていても貴方の視線だけで私はちょっと心臓の進みが早くなってって…。あれ、今日はもうお帰り?部活は?」

いつもなら荷物を教室に置いて行くはずの大倶利伽羅君が、今日は全部を持っている事に目を丸くする。

「休みだ」
「えぇ、じゃあもう少し放課後のトークをしようよ」
「馴れ合うつもりは無い」

ううん、相変わらずつれない。でもそんな所が好きだよ。大倶利伽羅君のそのセリフが好きすぎて、私はついつい構いたくなってしまう。審神者だった時からそれは変わらない。

さて、突然だけれど、私は元審神者である。前に座って常に私をおかしいものを見る目でいるのは、私の元刀であり最愛のひと、大倶利伽羅君。
色々あって死んだが、こうしてどこかの戦争の無い平和な時代に生まれ変わったという訳である。いやぁ、事実は小説より奇なり。

「慣れあうつもりは無くとも、私と話してくれる大倶利伽羅君は優しいね」
「……いきなりなんだ」
「ふふ、こうして大倶利伽羅君と話せるのが嬉しくて、つい。入学式以降は滅茶苦茶避けられてたからね」
「……普通は避ける」

入学式の日。彼を見つけた私は、がっつり叫んだ。門の前で。

…―――大倶利伽羅君。大倶利伽羅君だろう!ずっとずっと会いたかったんだ。あぁ、こんな所で会えるなんてなんて軌跡だろう!
…―――誰だ。

ううん。今思い出しても酷い初対面。

彼は刀だった頃を全く覚えていなかった。おかげで私は「初対面の人を誰かと勘違いして抱きついた変な人」として覚えられているらしい。

「でもなんやかんやで話してくれる大倶利伽羅君が大好きだよ。ありがとう」

神様のいたずらで、まさかの同じクラスだった私達は、まさかの席も後ろと前だった。いやあ、運命って怖いね。

「人違いだったとはいえ、かなり恥ずかしい思い出だからね。申し訳ない事をしたよ」

決して人違いでは無いのだけれど、そうしておいた方が良い事もこの世の中には沢山ある。今回もまた然り。人生二週目は中々しっかりと人の世というものを見据えられているのでは?うんうん。

「おっ、というかこのプリントこないだのテストじゃん。ハハ、なんて酷い点だ」

人生二回目とはいえ、頭の方は残念ながら十割方大倶利伽羅君のことで埋まっている。おかげでテストは決して良い点数とは言えない結果を取りまくっている。困った困った。

「また赤点をとってしまった。補習だね」
デカデカと一桁の点数が書かれた紙切れ。
全く、こんなプリント1枚で私の何がわかるというんだろうね。

「ん?どうしたの大倶利伽羅くん。私の赤点テストに何か気になる事でも?」
珍しく彼がじっと私の方を見ていた。あいにくと、視線は私ではなくテストの方だけれど。

「…アンタ、しっかりやれば出来るだろう」
「えっ!?大倶利伽羅君にそんな事言われたらやるしか無いじゃん。今日からしっかり勉強するよ。私は生まれ変わった」
「何を言ってるんだ…」
途中式、書けてるだろう。
長い指が私の紙を指し示す。

「でもこれ公式を書いてそれに当てはめただけだよ?」
「…アンタのは大半が計算間違いだ」
「…………つまり?」
「問題は理解しているが頭が追いついていない」
「し、辛辣ぅ…!」

だがしかし。それは私が計算ミスをしなくなるくらい数学をやり込めば点数は上がるということだろうか。

「ね、ね、大倶利伽羅くん」
視線だけがこちらを向く。彼と視線を合わせる時、私はいつも胸が大きく高鳴ってしまう。

「もし私が勉強教えて欲しいなぁって言ったら、いかがでしょう…」
「予備校に行け」
「ウッ、ド正論…その通りだね。行きます、親に土下座するよ。私勉強に目覚めた。頑張るよ」

刀の時から変わらない馴れ合わなさ。うんうん、最高。
しかし大倶利伽羅君は唐突にスマホを開くと、とある画面を私に見せてきた。

「…予備校のサイト?」
「俺が行っているところだ。…悪くない」
「そ、それはもしや私もそこに通っていいよっていうアレですか…!?」
「そんな事、アンタが決めろ」

大倶利伽羅君が通っているということはきっとかなりレベルの高い予備校の筈だ。果たして私が入ってついていけるか。
いやしかし。大倶利伽羅君と同じ予備校に通うという事は、学校以外の時間も一緒にいられるという事になる。

放課後の、およそ数時間。


彼と、一緒。

「行く」
「そうか」
「うん。こんな素敵な誘い、受けないなんておかしいもの」
「予備校の話だろう……」

決めた。私は本気で勉強する。大倶利伽羅君の、隣で。

そう、大倶利伽羅君の、隣で!
「大変。いまから勉強が楽しみになってきてしまった。こりゃあメキメキ伸びる気がする」

早く帰って親を説得しなければ。予備校は決して安い金額ではないというのは知っている。

「バイトでもしようかな…」
「勉強の時間が減るな」
「OK、やめる」

「OK」なんて軽く言うと、あの隻眼の彼が「もっとかっこよく言ってくれないかなぁ」なんて軽く笑ってくるのを思い出す。
今そこにそれを言ってくれる彼はいないけれど、目の前の大倶利伽羅君は軽く鼻を鳴らして「好きにしろ」とだけ言った。

「大倶利伽羅君と勉強できるの、楽しみだなぁ」

これから起こるであろう、彼との日々を思って、自然と上がる口角をそのままに緩く笑った。

私と大倶利伽羅君はクラスメイトである。
審神者と、刀剣男士ではない。どこにでもいる、普通の、クラスメイトである。

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