お昼寝ともだち | ナノ

「大倶利伽羅、大倶利伽羅ー」

穏やかな昼過ぎ。短刀達の遊ぶ声が遠くから響く中、廊下を歩きながら目的の相手を探す。きっと、この時間帯ならここら辺の部屋にいるはずだ。
静かだけど、無音では無い。本丸の中でも時間がゆったりと流れるこの辺りの部屋は、彼のお気に入りだから。

「大倶利伽、あ、いた」

何個目かの部屋に彼はいた。腕を下にして、丁度陽の光が当たる所で横になっている。見慣れたその姿に、自然と口角が上がる。

「お邪魔します…」

そろりと足音を隠して部屋に入る。隣に座ってもその体はぴくりとも動かない。相変わらずの寝付きの良さだ。

「…おやすみなさい」

そっと隣で丸くなる。ほんの少しだけ触れた指先が、じんわりと温かくなるのを感じてすぐに瞼を閉じると、彼の温もりも相まって穏やかな眠りはすぐに訪れたのだった。



お昼寝ともだち



私と大倶利伽羅は、時折昼寝を共にする。
そう言うと、初めて聞いた刀は大抵怪訝そうな顔をするし、慣れた刀達の視線だって随分と呆れたものだ。
それでも、この昼寝は私にとってはとても大切な事であるし、きっとこれが無くては今の本丸は無かったに違いない。

―――寝ろ。

本丸が始まったばかりの頃。多くの書類や仕事、戦への準備と本丸での作業に追われろくに食事も睡眠もとれていなかった時、大倶利伽羅ははっきりと怒りの滲ませて、私にそう告げた。

―――大丈夫だよ。もう少ししたら寝るから。

確か、そう返したのをうっすらと覚えている。当然、寝るつもりなどさらさらなかった。何せ、私が寝たら本丸が回らないのだから。本丸が軌道に乗るまでは、自分の事を顧みる事は無理だろうと確信していたし、当然だたと思っていた。
しかし、その答えに大倶利伽羅は明らかな不服を示した。

―――もう一度だけ言う。寝ろ。

眉間の皺が酷く深かったのも、良く覚えている。とはいえ、私の方は大倶利伽羅がしてくれた初めての意思表示に、どこか呆然としていたのだけれど。

―――寝ないなら、寝かせるだけだ。

何も発さなかった私にしびれを切らしたのか、大倶利伽羅は部屋に入り込み、無理矢理私を抱えた。当然、お姫様抱っこなんて可愛らしい物では無い。俵担ぎだ。

―――待って、まだ仕事が終わってないの。大倶利伽羅。
―――いい加減にしろ。

私の言葉にぴしゃりと返して、大倶利伽羅は寝室に私を連れ込んだ。
驚くほどにきつい言い方だったのにも関わらず、彼は酷く優しく私を布団に降ろしてくれた。その手つきと、ふかふかの布団に、途端に隠れていた眠気が暴れ出す。

―――寝ちゃう、これ寝ちゃうよ大倶利伽羅。ダメ。
―――寝ろと、言っているだろう。

倒れたいなら止めないが。
突き放すような言い方とは裏腹に、またも大倶利伽羅は優しい手つきで私の頭を撫でた。それは、子供にするような穏やかなもので、眠気は一気に私を襲い、それに抗う事も出来ずに瞼を降ろしてしまった。

―――大倶利伽羅、ここにいて。

寝る直前、そんな事を口走ったのも、良く覚えている。
きっとあの時の私は共犯者を増やしたかったのだと思う。皆も大変な時なのに、一人睡眠を貪るという罪悪感を大倶利伽羅にも押し付けたかったのだ。今思えば、なんて酷い主だろう。
しかしそれでも、数時間経って目を覚ました時、大倶利伽羅は隣で寝てくれていたのだから、彼には頭が上がらない。
しかも、しっかり睡眠を取った事で戦や仕事の効率が上がり、結果的に仕事が楽になったのだから、足を向けて寝れないとはこのことだろう。

それからというもの「しっかり睡眠をとりましょう」というルールを本丸内で新たに作り、率先して昼寝制度を取り入れた。当然、忙しい時は出来ないが、つい暇があると大倶利伽羅を探しては昼寝をしてしまう。
理由なんて分からないが、彼の隣は酷く心地が良い。陽だまりのような温かさも、月明りのような心地よさもある。大倶利伽羅の隣は、とても寝やすかった。



「……おい、起きろ」
「んん……」

体を揺すられ、目を覚ました。まだ覚醒しきらない体を起こして、瞼を擦る。部屋の外が暗くなってきている。どうやら今日は少しだけ長いお昼寝をしてしまったらしい。

「おはよう、大倶利伽羅」
「もう夜だ」
「そうだけども」

段々はっきりしてきた意識を大倶利伽羅に向ける。昼寝したお陰で大分すっきりしている。

「夜の書類の前に夕飯の時間だね。皆もう集まってるかも」
「とっくに過ぎている」
「えっ」

大倶利伽羅は、くあ、と大きな欠伸をしながら「夕餉の時間はとうに過ぎた」ともう一度説明した。

「そっ、そんなに長く寝てましたか私は…!」
「さあな」
「ぐうぅ、お夕飯残ってるかな…皆、起こしに来てくれなかったのかな…」
「来ていた」
「えっ」

本日二度目の「えっ」である。起こしに来てくれていたのか。というか、それを大倶利伽羅が知っているという事は、彼は皆が来てくれた時に起きていたという事か。

つまり、大倶利伽羅は私のせいで夕餉を逃したと。理解した瞬間、サッ、と体から血の気が引いてくる。

「ごめん!私そんなに深く寝ちゃってたなんて…ご迷惑を……」

しかも、きっと他の皆も私を起こすために苦労した筈だ。それでも起きなかったのだから中々である。謝罪しに行かなければ…。

「本当に申し訳ない…。とりあえず夕飯に」
「起こしていない」
「へっ」

ぱちくり。目を瞬かせ、間抜けな声を漏らす。金の目が、ゆっくりとこちらを向いた。

「…良く寝ていたから起こさなかった」
「……えーと、それってつまり、大倶利伽羅はもしかして、相当長い間、ずっと、起きて………?」

口角がゆるりと上がるのを、スローモーションのように見る。大倶利伽羅は頬杖をついて、どこか悪戯を仕掛けた子供の様に目を細くさせた。

「…随分と、間抜け面だったな」

ぼひゅっ。顔に熱が集まるのが分かる。この大倶利伽羅は、一体何時から起きていたというのか。それも、ずっと見ていたというのか。それは、なんというか、かなり恥ずかしい。

「お、お、起こしてほしかったなぁ!」
「なら自分で起きるんだな」

圧倒的正論に何も言えなくなる。その通りです…。項垂れていると、大倶利伽羅は立ち上がってこちらを見下げた。

「夕餉に行くんだろう」
「ううう、行きます……」

私ものろのろと立ち上がり、大倶利伽羅の後に続く。とっぷりと暮れた夜空を見上げて、熱くなった顔を冷やした。

「今度はどこでお昼寝しようか」
「…アンタに見つからない所」
「ひどいなぁ」

けらけらと笑いながら、隣を歩く。こうはいっても、明日も明後日も私はこの人の隣で昼寝をしているんだろう。だって、この人は陽だまりの様に暖かいから。


::::


その日は、大倶利伽羅が遠征だった。朝から夜までの長い遠征。そうなってくると、当然昼寝は自分一人になる。だだっ広い部屋で一人、大の字に体を広げて天井を見上げた。

「……寝れない」

何てことだ。全く寝れない。目を閉じていても眠気がやってくる感覚すらない。大倶利伽羅が隣に居る時は五秒で寝れるのに。

「今日は昼寝無しかな…」

ごろりと体を丸めてもう一度目を閉じる。やはり睡魔はやってこない。どうしたものかと悩んでいると、廊下の方からこちらにやってくる足音が聞こえた。
はて、こんな昼とも夜ともつかない時間帯に誰だろう。
自分で言うのもなんだか、執務室の方には余り刀はやってこない。私が皆の方に行く事のが多いというのもあるし、執務室は本殿からはとても遠いのだ。
耳を澄ませていると、静かな足音はやがて執務室の前で止まった。何故か意味も無く、寝たふりをしていると、足音が私の方に近づいてくる。

「…帰ったぞ」

―――大倶利伽羅だ。

どうしてこんなに早く。遠征は夜までじゃなかったっけ。
多くの疑問を一度に発生し、すぐに起きようとした。の、だけれど。

「……寝てるのか」

するりと、大倶利伽羅の指先が、私の頬に触れた。

?…え、な、なんだ、何が起きている?

頭がパニックを起こす。触れられている頬がくすぐったい。が、起きられない。余りにも何が起きているのか分からなすぎるからだ。つまるところ、起きるタイミングを失ったのだった。

「……」

暫くの沈黙の後、彼は指を離した。それから布きれの音。私のすぐそばで動く気配がする。

目を閉じている為全く状況は分からないけれど、大倶利伽羅がとても近くにいる事だけは確かだった。

「……、…ぼさぼさだな」

武骨な手が、私の頭に触れた。

(―――!?)

再び頭は混乱を捲き起こす。大倶利伽羅は、私を起こさないように、そっと撫でてくれている様だ。
な、なんだ、今日は何が起きてる。
混乱は収まらないが、それでも必死に起きまいと努力した為か、どうやら大倶利伽羅に狸寝入りはばれてないらしい。音もなく頭から手が離れたのが分かる。

そろそろ部屋を後にするのか。そう思った瞬間、彼はゆっくりと、私の頬に触れた。

「んっ…」

思わず驚いて声が出る。気合で目は開けなかったが、大倶利伽羅は一瞬指先を離し、再び指を近づけた。
ふわりと触れるだけのそれは、まるで壊れ物にでも触るかのようで。余りにもその動きが丁寧過ぎて、くすぐったくなってしまう。
しかし、今度は掌で頬を撫でられる。私の体温を確かめるように大倶利伽羅は優しく触れた。

―――そうして、優しく撫でられてどれくらいだろうか。初めは緊張していたものの、段々人間とは慣れてくるもの。穏やかな時の流れと、彼の優しい掌にすっかり心は落ち着き、遠くから眠気すらやってきそうに感じる。

大倶利伽羅も隣で寝てくれないだろうか。そうしたらきっと、ぐっすり寝れるだろうに。

なんて、そんな事を考えたからだろうか。彼は、今までと違う事をしてきた。

唐突に触れていた指先に力が篭った。なんだろう、と思うよりも早く気付く。

―――息が、近くなってる、気がする。

先程まで彼の気配は確かにすぐそこにあった。だけどそれはあくまでも向こうが座ってて、こちらは寝転がっているほどの高低差と距離があってこその話だ。それが、今はどうだ。まるで、彼がすぐそこにいるように感じる。本当に、それこそ、目と鼻の先に。

(…え…、…...え?)

コツンとおでこに何かが当たる。まさか、これは大倶利伽羅のおでこだとでもいうのか。呼吸がすぐそこで聞こえてくるというのに、私は思わず息を止めた。

大倶利伽羅の、息遣いが、すぐ、そこで。

「起きろ」
「あだっ!」

ごつん!
頭にとてつもない衝撃が走る。
まさかのまさか。されたのは頭突きである。それもとてつもなく強い物。予想以上に痛いそれに、涙目になりながら目を開けた。

「ひ、酷くない…?頭突きしなくても良かったじゃん…酷くない…?」
「狸寝入りしていたアンタに言われたくないな」
「アッ」

ばれてたんかい。
ぎぎぎ、と錆びついたロボットの様に鈍い動きで大倶利伽羅の呆れた視線から逃げる。

「い、いやだってさ、こんなに早いと思ってなかったし、それにいつも通り寝るのかなとか色々考えてたら起きれなかったって言うか、起きるタイミングを見失ったっていうか、その」
「静かにしろ」

ふに。
彼の長い指が、私の唇に触れる。
目の前の大倶利伽羅は、呆然とする私を見て酷く楽しそうに口角を上げた。

「…期待したか?」

何への期待か、なんて彼が私の唇に触れている事で十分に伝わってくる。一気に熱が体中を駆け巡り、勢いのまま言葉を吐きだした。

「しっ、してな―――」

開きかけた唇。突然離された指先、狙ったように近づく大倶利伽羅の、顔。
ちゅ、と可愛らしい音を立てて、相手の唇が離れた。
驚きと混乱と、何が起きたのかすら分からない衝撃で、はくはくとまるで鯉の様に口を開けては閉めてを繰り返す。それすら面白がるように、大倶利伽羅は喉の奥を鳴らした。

「…寝る時は、俺が居る時にしろ」

初めて聞くような彼の穏やかでいて、心底楽しんでいる声に、喉がようやく機能した。

「しっ、暫く大倶利伽羅と寝ない!」

半泣きになって叫んだところで、翌日には一緒に昼寝したのだから何も言えないのだった。

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