嵐の日にはお家にいよう | ナノ


嵐が来た。
最寄り駅の電車は止まり、窓はガタガタと揺れ、雨と雷の音は家中に響く。
こんな日は家の中で停電しないように祈りながら、猫を抱いて寝るのが常だ。クロと名付けられた黒猫を抱いて、雨よ早く止めと祈る。
雨は嫌いだ。足元から全てを奪い去るような、大事なものを流していくような、わけのわからない悪寒が全身を走るから。

だから今日も、寒気と恐怖を押さえ込んで、クロを抱いて寝ようと思った。あの温もりに顔を埋めて、ひとりではないのだと感じながら、ひっそり祈ろうと。
思って、いたのに。



「クロー!クロ、どこ!」

全身を叩きつけるような雨が、右から左から方向を変えて私にぶち当たる。視界なんて風と雨で埋まり、数歩先すら見えない。踏ん張っていないとまともに立つことも出来ない。

「クロ、出てきて!クロ!」

そんな嵐のなか、必死に探しているのは黒猫のクロだ。
嵐が来る前に昼寝していたら、まさかのまさか。クロが家からいなくなっていた。
慌てて探している間に嵐は到着し、ずぶ濡れのままもうどれくらいだろうか。少なくとも、芯から冷えきって、震えが止まらず身体中が疲れきっているくらい前から探しているが、どこにも見つからない。

「クロ、クロ!」

雨の中、返事なんてどこからもしない。それでもきっとクロはこの寒い中震えてるだろう。帰る場所もわからず、小さく泣いているかもしれない。
そう考えたら、探す足を止めることは出来なかった。

「クロ、ク……」

人ひとり歩いていない商店街の真ん中。ふと、足を止めた。

「…………クロ?」

目の前に、クロがいたからだ。
しかし、道にいたのではない。誰かの腕に抱かれていた。

「クロ!!」

それでも無事であった喜びと安堵のまま駆け寄り、相手に頭を下げた。

「あの、ありがとうございます!その猫わたしのーーー……」

後に続く言葉を、不自然に喉の奥に押し込んだ。
なにせ、目の前の人の腰にある、「それ」を見てしまったから。

「か、かたな……?」

雨ではっきりと全ては見えないが、間違いない。これは刀だ。

「うわっ!?」

途端に雨が強くなり、立っていることも危うく、私の言葉を書き消した。それでも、相手をよく見ると見たことがない格好をしている。下から上までを、無意識に見ていってしまう。
腰布に鎧の様なものを纏っているのに、上は学ラン。白いシャツの真ん中に、梵字のネックレスが光っている。

「…あ、の」

風の音がやけに強い。
どこか恐怖を感じた私の声など、一瞬で消されてしまう。

「……アンタの猫か」

低く、それでもはっきりとした声が耳に届いた。

「そ、そうなんです、だからその、あの」

返してください。
続けようとした言葉は、再び喉に落ちた。相手が、私の頬に掌を寄せたからだ。
冷たく、人のそれとは思えぬ指先が、頬に触れる。

「……いつまでこうしているつもりだ」
「……え?」

何の話だ。疑問のまま顔をあげると、冷たい指が離れ、唐突にクロを渡された。

「そら」
「あっ……ク、クロ……!」

腕の中に戻ってきた温もりに頬釣りする。みゃあ、と可愛らしく鳴いた猫に涙が出る溢れた。

「うん、うん早く帰ろうね、寒かったね」

未だに風と雨は強い。クロを抱き治してから、目の前の人に頭を下げた。

「あの、ありがとうございまし…」
「アンタも、早く帰ってきたらどうだ」
「へ…」

また何のことか分からぬ言葉に顔を上げて、目の前の光景に間抜けな声を漏らした。

「…いない……」

先程まで確かにいたのに。刀を持った人はもうどこにもいなくなっていた。

ーーーアンタも、早く帰ってきたらどうだ。

頭の中で声がこだまする。どこに帰ると言うのか。今から帰るのは私の家だ。幼い頃からクロと育った、私、の。

「……だめ、早く帰ろう」

ふるふると首を振って、思考を霧散させる。早くお家に帰ろう。帰って、鍵をかけて、窓もカーテンも全部閉めて、今日は寝よう。クロを抱いて寝よう。
この胸の中に現れたざわめきと、焦りと、恐怖を抑えるために。


そうして、足早に家に帰った私の背に、先ほどの刀を持った人がいた事など、気づくはずもなかったのだ。

「…もう少しか」

ぽそりと呟かれた刀の言葉だって、分かるわけがなかった。


※歴史修正主義者によって記憶と力を改竄されて「ごく普通の少女」として現世に閉じ込められた審神者ちゃんを助けに来た大倶利伽羅くんのお話でした
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