迷子審神者1 | ナノ

真っ白い壁に囲まれた施設の中、信じられない状況に背中に冷たい汗が垂れる。右見ても左見ても同じ景色の中で、私は呆然と呟いた。

「…迷子だ……」

自分の居場所が分からない。ここがどこかもわからない。これは、間違いなく、迷子。

「三日月ー?」

近侍の名を呼んだところで返事はない。
ちなみにここは演練会場。つい最近改装工事という名の迷路への変身を終えたばかりである。やめてくれ。

「どうしよう…」

ジュース買ってくるね、からのコレ。笑い話にもならない。
迷子の時は動かない方が良いと分かっているけれど、動かなくては皆の元に帰れない。このジレンマ。まるで恋。ふざけてる場合じゃない。

「い、行くかぁ」

気合いを入れて軽く駆け出す。
確かずーっと右を曲がって来た気がする。ならばその道を辿れば戻れるはずだ。
ーーーはず、なのだけれど。

「うぇっ!」

何個目かの角を曲がった瞬間、何かにぶつかって尻餅を付く。
な、なんだ何があった。というか鼻が。鼻が。絶対鼻折れた、超痛い。

「…何している」

その声にハッとした。
なんということだ。私がぶつかったのは壁ではなく、1振りの刀剣男士だったらしい。鼻の痛みも忘れ、慌てて立ち上がり頭を下げる。

「す、すみません!私すごく勢いよくぶつかってしまって!どこかお怪我とか!」
「…何をしているのかと聞いたが」

向こうの視線に少したじろぐ。
金の目、褐色の肌、龍の刺青。当然知っている。知らない方が珍しいだろう。刀剣男士、大倶利伽羅だ。ただ、その視線には慣れていない。
思わず顔を俯かせた。

「あ、えぇと、演練に来たんですけど迷子になってしまって、今必死に戻ってる最中で…。もしかして入っちゃいけない所でしたか…」

慌てて言い訳しながら尋ねるが、向こうは特に興味無さそうに視線を逸らした。

「…演練会場の番号は」
「578です」
「来い」

スタスタと歩き始めた刀剣男士の後ろを慌ててついていく。もしかして会場まで連れてってくれるのだろうか。それはとても有難いが、とても申し訳ない。
だって、ここに来てるということは彼も演練に来ている筈だ。コンディションの調整とか、色々ある筈なのに。
そうは思うものの、1人で戻れる自信が一切無く、大人しくついていくしか出来ないのが辛い現状である。

そうして幾つもの角を曲がって曲がって階段を下りた先。やがて、先ほど見た扉が見えた。

「おぉ、主。さがしたぞ」
「三日月!」

扉の前でこちらに向かって手を振る私の近侍を見て、一気に肩の力が抜けてくる。ホッとした気持ちのまま、隣に立つ刀剣男士に頭を下げた。

「本当にありがとうございました。あの、演練のお時間とか大丈夫でしょうか…。もしも遅刻の時間でしたらそちらの審神者さんに土下座を…!!」
「おぉ!嬢ちゃん見つかったか!」

バタン!と扉が勢いよく開かれて、肩を跳ねさせる。
現れたのは体格の良い男性。刀剣男士ではない、私と同じ人間だ。

「心配してたんだ!大倶利伽羅、お前が見つけてくれたのか!」
「…偶然だ」

言いながら大倶利伽羅は中の部屋に入っていく。中の部屋は私と、男性が行う演練会場。そこに入れるという事は彼は。
大倶利伽羅の背を呆然と見ていると、それに気付いたのか、男性がまたも豪快に笑う。

「紹介が遅れたな。俺が今日の演練相手の審神者。それで、大倶利伽羅は俺の近侍だ。よろしく!」
「えっ、あっ、よろしくお願いします!」

つまり私は彼の刀剣男士である大倶利伽羅に助けられたという事だ。なんという恥ずかしさ、なんという申し訳なさ。
ひえぇ、と口から漏らしながら、三日月に手を引かれ中に入る。

「大倶利伽羅に君の捜索を頼んで正解だった。アレでいて周囲に敏感だからな。誰かいたらすぐに分かるだろうと踏んだ」
「本当にすみません…」

今度からジュース買いに行くのは止めよう。持ってこよう。結局買えてないし。
そう心に決めながら広々とした部屋の中に入ると、中央付近に私の刀剣男士が集まってるのが見えた。
どうやら私待ちで始まっていなかったらしく(それに対しても罪悪感で潰れそうになりながらも)すぐに演練は開始された。



演練はそんなに広くない部屋をバーチャルで広く見せている世界だ。戦場に似た空気感と緊張感を出せるようにと細かい所まで作られている。技術部の気合の入り具合がすごい。

そして、皆がこの部屋の真ん中で戦ってる間、審神者とその護衛の為の近侍は端っこで見ている。大抵は今日戦う審神者と談笑しながら見ていられるので、各々お菓子を持ち寄ったりする。ちなみに今回私は煎餅を持ってきた。美味い。

「嬢ちゃんの所は近侍三日月なんだな」

煎餅を食べながら男性はこちらを見やる。私の隣に立つ三日月が「俺か?」ときょとんとした顔を見せた。

「はじめて来た刀が彼だったので。そのままなんです」
「最初から来たのか!運が良いなぁ」
「いや?主は寧ろ悪い方だろう。なにせ、特定の刀が来ないからな」
「あっ、こら三日月」

三日月の言葉に男性が不思議そうに首を傾げる。それに曖昧に笑った。

「実は、伊達に纏わる刀が1振りも来ないんです」
「…たしか、資料見る限りじゃそんなに短い審神者期間じゃなかった筈だが……」

気遣うような視線に、決して折れたとかでは無いですと、慌てて手を振った。

「私の血筋が伊達家に敵対していた家と関係があるんじゃないかって言われてます」
「あぁ。そういう事か。聞いたことあるな。俺の知り合いも織田の刀が来ないと言っていた」

審神者の中でも、まことしやかに流れている、審神者の血筋によっては来ない刀があるという噂。真実は分からないが、私の所に来ないという事が噂を何よりも証明しているように思えた。
ある程度説明をすると、納得したように男性は頷いた。

「なるほど。なら、せっかくだ。話したい事があったら話すといい」
「えっ」

男性は自分の位置と大倶利伽羅を無理矢理交換させて、私の隣へと置く。大倶利伽羅はこういった事に慣れてるのか、興味無さそうに試合を見ている。が、困ったのは私の方だ。

「あ、えぇと……」

何を話せば良いものか。

大倶利伽羅は伊達に名を連ねる代表の刀で、当然、私の本丸にはいない。話をしてみたい気持ちはいくらでもある。
だがしかし、果たしてこれは話しかけても良いのだろうか。すごく迷惑じゃないだろうか。だってこんなにも興味無さそう。心の中で葛藤していると、後ろにいた三日月が1歩前に出た。

「先程は主が世話になったようだなぁ。主はとにかく方向感覚が無くてな、護衛が加州でない時はいつも迷子になる」

すごくさり気なく心を爪楊枝で刺された。すごい、的確に人の心をぷすりと刺した。地味に痛い。

「いやなに、とにかく助かった」
「…もう目を離さない事だ」

もう良いだろうと、大倶利伽羅は先程の場所に戻っていく。三日月もまた戻り、最初の立ち位置へと皆戻っていく。

「ううむ、愛想のないやつでスマンな」

申し訳なさそうに謝る男性にとんでもないと首を振る。

「むしろこちらの都合に先ほどから合わせてもらってばかりで…。すみません」

小さく頭を下げると、唐突に怒号がこちらまで響いた。どうやら試合が佳境の様だ。

「あっ、兼さん!がんばれ!いいぞー!同田貫そこだ!」

響き出す金属同士の音。怒号、叫び、高まる熱気に、一気に体の温度が上がる。
皆の戦いを見るのはとても好きだ。いつだってかっこよくて、きらきらしている。
今は隣で護衛してくれている三日月だって、 戦う時は表情が変わる。皆が刀だと再確認させられる、戦が好きだった。
勿論戦争なんて無いのが一番だと分かっているが、どうしたって高鳴る胸は隠しきれない。

「やっぱりかっこいいなぁ……」

皆の戦う声が、私の心臓の高鳴りを表しているようで、見入っている間に戦いは終わっていた。



結果は負けだった。惜しいところまで行ったが、あと一歩が届かなかったのだ。それでも、そんな事関係ないと言わんばかりに私は皆に駆け寄った。

「皆かっこよかったよ!すごい、きらきらしてた!」

駆け寄りながら皆に声を掛けていく。冗談抜きでかっこよかった。やっぱり皆が戦う姿は世界一輝いている。

「帰ったら反省会して、美味しいもの食べよ。皆の好きなものつくるよ!」
「おい、嬢ちゃん。少しいいかい」

ぱっ、と後ろを向くと男性がこちらを手招きしているのが見える。駆け足でそちらへと近付く。

「今日は本当にありがとうございました」
「いや。こちらこそいい経験が出来た。また頼むよ」

男性は1枚の紙を袂から取り出して、私に手渡した。中を読むと数字の羅列。しかし、これが何を表すかなどすぐに分かる。これは、男性の本丸へと繋ぐための番号だ。

「いっ、いいんですか…!」
「良いも何も、最初からそのつもりだった。こんな世の中だしな、何かあったら連絡しな。少しでも助けになってやる」
「ありがとうございます!!」

90度にお辞儀をして、私の審神者番号も渡す。ちらりと男性の後ろに立つ大倶利伽羅を見たけれど、興味無しと言った表情がで遠くを見ていた。もう少しお話出来たら嬉しかったなぁ、なんて思いながら、今日はお開きとなったのだった。


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