おくすりのんで。 | ナノ


「そらよ大将。頼まれてたもんだ」

コトン、と机に置かれた人差し指サイズの小さな瓶。
毒々しい赤色の液体が詰まったそれは、見るからに異様な雰囲気を醸し出している。が、私はそれを待ち望みにしていた。

「薬研、ありがとうございます!本当に出来るなんて。すごく嬉しいです」
「まぁ大将から頼まれちゃな。使い時、気を付けろよ」

はぁい。と、返事をして部屋から薬研を見送る。執務室に残された私は、改めて小瓶と向き合った。

「つ、ついに出来てしまいましたね…」

ごくり。喉が鳴る。あとは作戦通りにいけばすべて上手くいく筈だ。とうとうここまで来た。いや、ここに来るまで私は何もしてないけど。やったのは薬研だけど。とにかく。

「よし、行きましょうか!」
「どこにだ」
「ヒエッ」

小瓶を持ったまま、中途半端に腰を上げた状態で固まる。なんだこの格好。どこかの光忠が見たら「せめてもう少しかっこよく固まって!」と怒られるところだろう。やかましい。
固まる私に、無断で襖を開けた大倶利伽羅は再び口を開いた。

「…どこに行くんだ」
「え、え〜と、その、あっ、そう!こんのすけ、こんのすけのところに!」
「それはなんだ」

大倶利伽羅の視線が、私の手の中の小瓶に向かう。
そりゃそうですよね、見るからに怪しいもの。

「え〜〜〜〜っと……」

汗をダラダラと流しながら言葉に詰まる。
近侍としてこの怪しい物に警戒を顕にするのは正しい反応だ。私の近侍マジ優秀。

駄菓子菓子。だがしかし、だ。

何事にもタイミングというものがある。そして、今はその近侍としての警戒を解いて欲しいタイミングだった。
そうしてどれ位経ったか。何も言わない私に大倶利伽羅は少しだけ目を伏せて息を吐いた。

「…言えないような物なのか」
「違います!私が薬研に言って作って貰っ………………あ……」

しまった。
最早冷や汗すら止まる。
薬研に言って作って貰って。その言葉の瞬間、大倶利伽羅の視線が、先程の倍以上の鋭さを持った。

「アンタ、またおかしな事をやっているのか」
「違う、今回ばかりは違います。すごく真面目なものです!」
「アンタのそれは信用ならない」
「くうっ、いままでの行いのせいで……!」

過去の自分のせいでこんなピンチに陥るなんて誰が想像できただろうか。今だけ過去改変しに行きたい。「馬鹿な事をするなー!」って今までの諸々を止めに行きたい。無理だけど。

「でも今回ばかりは譲れません!この小瓶を飲ませるまでは!」
「誰にどうやって飲ませるんだ」
「そりゃ勿論大倶利伽羅のお茶に混ぜーーー……」

…………………………あ。

「あーーー……」

いや馬鹿だろう。今のは馬鹿だろう。なんでこうなってしまうんだ。そこ言ったらダメだろう。

「……今の、聞かなかったことに」
「出来ないな」
「ですよねぇ……」

ハハハ。自分の乾いた笑いが部屋に響く。

……ヤバイ。

先ほどの比では無いほどの汗が穴という穴から溢れている。控えめに言ってヤバイ。控え目じゃなくともヤバイ。
しかし大倶利伽羅は一つだけため息をつくと、いつも通りの呆れ混じりの視線を向けた。

「…なんの薬なんだ」
「…言ったら飲んでくれますか?」
「………………」
「無言しんどいィ……。いやもう、仕方ない。これは仕方ないです。大倶利伽羅が忘れた頃にこそっと入れます。今度はこんな馬鹿なこといわないようにします」
「寄越せ」
「もう二度とするなって言うんでしょ?分かってます、分かってますって…………………ん?」

んん?
首を捻って相手を見る。
目の前の刀から聞こえるべきでない言葉が聞こえたような。

「今、なんて言いました?」
「寄越せ。飲んでやる」
「小瓶を?」
「そう言っている」
「ワッツハプン!!」

何が起きた。わずか10秒程度で、彼の思考回路に何があったんだ。
必死に頭をこねくり回すが、私如きの頭では答えになんて行き着くわけが無い。それどころか、待ち時間にイラついたのか、大倶利伽羅に小瓶を奪われてしまった。

「あっ、ちょっと!」
「どうせ俺が飲む予定だったんだろう。今も後も変わらない」
「男前過ぎませんか?いやでも、って、あー……飲んじゃった……」

ためらうこと無く大倶利伽羅は小瓶の中身を全て飲んでいく。勢いよく減っていく赤い液体。やがて、一気飲みした大倶利伽羅がこちらを向いた。

「…アセロラか」
「あっ、アセロラだったんですか。道理で赤いと…。えっ、ていうか待って。大倶利伽羅、大倶利伽羅、こっち向いてください」

大倶利伽羅の頬を両手で挟んで、じっと見つめる。金の両目と視線を交錯すること、約三十秒。

「…………体、何ともありませんか?」
「無いな」
「何かこう、動機が激しくなったり、胸がきゅってなったりしませんか?」
「…毒だったのか?」
「違います惚れ薬です!」
「は?」
「あっ」

まただよ。またやっちゃったよ。今日だけで何度目だ自分。流石にもう我ながら許容できない馬鹿さ加減。

「えっと、そのう……」

大倶利伽羅から手を離して、視線を一切合わせることなく、そろそろと後退していく。踵がコツンと襖に当たった瞬間、逃げるように襖を開いて部屋を後にした。
こういう時は逃げるが勝ちだ、怒られる前に!
そう思って全速力でダッシュをした。

…ーーー筈だったけれど。

「待て」
「ぐえっ」

襟首を引っ張られ、前に進むのを無理やり止められる。
見上げると、こちらを見下げる大倶利伽羅の視線の冷たいこと冷たいこと。体温のないそれに、再び冷や汗が溢れてくる。

「お、おおくりから…」
「来い」
「やだやだ絶対怒られるじゃないですかやだぁ!」
「自業自得だ」

再び執務室へと戻された私は、逃げないようにと壁際へと追いやられる。それを見下ろす様に立つ大倶利伽羅の恐ろしさと言ったら。

「ヒッ、お、怒ってらっしゃる」
「…何故怒られないと思ったんだ」
「いや、バレないかと思って」
「……アンタじゃ無理だろう」
「……無理でしたね」

二人揃って遠い目をする虚しさよ。頭の悪い審神者で申し訳ない。もう少し隠すってことを覚えたい。

「いやでも何で効かないんですかね。薬研に頼んだから刀でも効くと思うんですけど。何でですか大倶利伽羅」
「知るわけないだろう」
「う〜〜ん。アレですかね、失敗だったんですかね?いやでも薬研に限ってなぁ」

これまで幾度となく、多くの訳分からない薬を(私に頼まれて)作ってきた薬研だ。ピンポイントでこれだけを失敗するとは考えられない。というか、薬研が失敗作を渡すとは思えない。

「せっかく大倶利伽羅といちゃいちゃ出来ると思ったのになぁ」
「……それが狙いか?」
「チ、チガイマスゥ」

大倶利伽羅の重苦しすぎるため息が頭上にかかる。

「すごい。呆れが三乗されたみたいなため息ですね」
「アンタのせいだ」
「…すみません」
「……どうしてこれを作ったんだ」

その言葉に、小さく俯く。
ううん、おかしいなぁ。私の計画では、今頃はこんな暗い雰囲気じゃなくて、大倶利伽羅と仲良くいちゃいちゃ出来ているはずだったのに。

「理由、言わなきゃダメですか?」
「我儘に付き合って飲んだからな」
「ウグゥ…正論……」

肩を落として、息を吐いた。
言わないという選択肢は無いだろう。覚悟を決めて、顔を上げる。

「…大倶利伽羅のため息と眉間のしわが三倍になってるって気付いてます。それが私が馬鹿すぎるせいだってことも」
「……」
「だから、どうにかして気持ちが楽になったりしたらなぁって。薬のせいだよってしちゃえばきっと後々思い出してもそんなに大丈夫かなって、思ったんです、けど……」

言葉尻が萎んでいく。ついでに、せっかく上げた顔も再び俯いていく。

「それがこんな事になるとは…。本当にすみません」
「…反省しろ」
「非常にしてます…。もうしません」
「本当にか」
「…………た、多分」

再度大倶利伽羅からため息。またさせてしまった。どうしてこうなってしまうのか。

「でも、決して大倶利伽羅を大倶利伽羅を疲れさせる事が目的ではなかったんです。本当に。言い訳みたいになってしまいますけど……」

大倶利伽羅は何も言わない。そりゃそうだ。呆れているに違いない。

「ごめんなさい。でもとりあえず手入れ部屋に行きましょうか。何も無いとはいえ、怖いですから」
「……」
「大倶利伽羅?」

立ち上がろうとするが、大倶利伽羅が動かない。あれ?と、首を傾げた。

「どうしました?あっ、もしかして体調悪くなってきた、」

とか。言いかけの言葉は喉の奥に落ちた。
何故かって。大倶利伽羅が、私を抱きしめてきたからだ。

「?……?ンェ……?なに…?何が起きてるんです……?」
「逃げろ」
「へっ」

肩を押されて、距離を取らされる。そうして分かる、彼の苦しげな表情。
唇を噛み、汗を流し、正常ではない息をしている。明らかに、おかしいとわかるそれ。
慌てたのは、こちらだ。

「お、大倶利伽羅!どうしたんですか!?なんでこんな……と、とにかく手入れ部屋に行きましょう!」

確実に私のせいだ。あの薬の。だってそうとしか考えられない。嫌に奔る心臓を置いて、彼に距離を詰めようとした、その瞬間、彼の眼光が私を貫く。

「逃げろと言っている…!」
「なにを…っ」

言っているのか。そう、言い募ろうとした、筈だった。

「うわっ!」

突然、視界が回転する。叩きつけられるように背中を畳にぶつけると、そのまま貪るように唇を奪われた。

「っは、ん……」
「は……っ」

昼間からするとは考えられない、深い口付け。ぴちゃ、といやらしい水音と、お互いの息の荒さが、静かな部屋に響く。
引っ込みかける舌を、追い回すように絡みついてくる。顔を避けたくとも、後頭部には大倶利伽羅の大きな掌がある。固定されてしまえば、動くことすら儘ならない。

「…このまま、だと」

やがて、頭の端が焼ききれるようになった頃、彼の舌が離れ、絞り出すような声が、再び鼓膜を刺激した。

「…このままだと、アンタを、壊す」
「…」
「その前に、逃げろ」

止まらなくなる。
それだけ告げて、最後の力を振り絞るように、大倶利伽羅は私の上から退いた。ずるりと壁に背を預け、苦しげに息を吐く。
壊す、がそのままの意味でないことくらい、言わずとも分かる。恐らく、薬の影響だろう。興奮剤が入っていたのかもしれない。大倶利伽羅が自制できなくなるほどのものが。

「…なにをしている」

動かない審神者に、早く出ていけ、と声なき声がはっきりと聞こえてきたような気がした。
ここでの正解は、部屋を出ることだった。ほかの刀剣男士を呼んで、大倶利伽羅を手入れ部屋に入れる。それが最善であり、最良だった。

…ーーだが、審神者はそれが出来なかった。それ、どころか。

「…大倶利伽羅」

名前を、呼んでしまった。
大倶利伽羅の視線が突き刺さる。金の目にあるのは、ただひたすらの非難の眼差しだった。

「大倶利伽羅、大倶利伽羅」

しかし。
審神者には、非難の眼差しの中に、燃えるほどの熱が見えた。見えてしまった。
それだけでもう、その熱を受け止める理由も、意味も出来てしまう。

「薬のせいってことでいいんです、そうして欲しいって思ったのは、私です」

一歩近付く。彼の吐く息が近くなる。どくどくとやけに早く走る心臓に気付かぬふりをして、彼の金を見た。

「私でよければ、いくらでも」

金の目が荒々しく光る。いつもでは決して見ることの出来ないその余裕のない視線に、自身の中に熱が集まるのをはっきりと感じる。
そっと腕を伸ばして、相手の頬に触れた。

「大倶利伽羅になら、壊されて良い」

彼の舌打ちが聞こえた、気がした。



薬研「そういや言い忘れてたが。あの薬、通常の状態で使うと確かに惚れ薬になるが、惚れた状態で使うと、ただの興奮剤になるぜ」
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