花びらの散る頃にさようなら | ナノ


ふわりと、息を吐き出すとそれは空気の中で存在を白く示し、ゆらり消えていく。その様を見届けてから、空を見上げた。青く広がる空は、冬独特の寒さがある。

「…さて、困ったなぁ」

眼前に広がるのは大きな本丸。恐らく、私の所の倍以上はあるだろう。しかしそれでもどこか閑散と感じるのは、酷く、しんとしているからだろう。

「うぅん……」

唸ったところで解決策は出てこない。仕方なしに、足を一歩踏み出した。
果たしてここは、どこだろうか。


:::


余りにも突然の有給だった。
審神者になって早数年。ある事すら知らなかった有給を消化しろと、政府からお達しが来たのだ。そうして消化した休暇の後、いざ帰ろうとゲートを通ったらまさかのまさか。見知らぬ本丸に来ていた。冒頭に戻る。

「ごめんください」

玄関先から声をかけるが、中から返事はない。ここがどこかわからなければ、ゲートを指定して開くこともできないため、中の人や刀との接触は必要不可欠なのだが。

「んん……仕方ない…。緊急事態だもの、仕方ない…すみません……」

謝罪してから、そっと玄関を開く。鍵もかかっていない玄関は容易に開き、私を招き入れる。

「おじゃまします……」

きょろきょろ周りを見るが、やはり人の気配も声もない。ここは本当に本丸なのだろうか。

「…大きいところ」

玄関先で既に私の執務室くらいの大きさがあるんではなかろうか。靴を脱いで廊下に上がると、埃で足跡がついてしまった。どうやらもうだいぶ長いこと掃除がされていないらしい。小さくため息を吐き出した。

「…もしかせずとも、やばいところに来ちゃったかな」

これ、奥で誰か死んでたりしたらどうしよう。シャレにもならないことを思ってしまって首を振る。

「と、とにかく早く帰らなきゃ」

今回のお土産はナマモノが多い。というか、およそ肉だ。ほんの少しだけ良い肉。普段の皆への感謝も込めて。出来れば早めに冷蔵庫に入れたい。

「誰かいませんかぁー…?」

ひとつひとつ、部屋を見ていくがやはり誰もいない。刀剣男士の姿すら無い。
広間らしきところも、厨もトイレも、どこにも誰もいない。余りにも広すぎるここだが、こんなにも誰もいないのは流石におかしいだろう。

「ううう困ったなぁ。誰もいないなんて」

日も落ちてきてしまった。昼には帰ると言っておいたから、さぞ皆は心配しているだろう。

「誰かぁー……」

疲れた足で奥へ奥へと進む中、ふとひとつだけ隔離されたような部屋があるのを見つけた。自然と足がそこに向かう。本丸とその部屋は、外廊下で隔たれておりここまで奥まったところならば早々行かないだろうな、などと思った。

「失礼します…」

そろりと襖を開いて、心臓が、跳ねた。

「か、かた、刀…!!」

部屋の真ん中に、横たわるようにして置かれた刀に駆け寄る。

「刀、刀だ…!あぁ、良かった……!」

これで彼を顕現させて、事情を話して帰らせてもらえる。ホッと胸をなで下ろして、私は喜々としながら刀に触れた。途端、ぶわりと光る刀とまい起こる花びら。思わず目を閉じるが、やがてその光が収束する頃、声が聞こえた。

「…大倶利伽羅だ。馴れ合うつもりは無い」
「……え…」

呆然とした。相手もまた、同じように驚いた目を見せている。たらりと、冷たい汗が背中を伝う。

「え、えっと……」

頭の中では違う、有り得ないと告げている。だがそれ以上に今顕現した感覚を、私はよく覚えている。知っている。

「あなた…」

何よりこの刀は、私と「同じ匂いがする」。

「私の大倶利伽羅、だよね…?」

はらりと、最後の花びらが落ちた。




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